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悪役令嬢と金の髪の王子様  作者: 東 万里央
「悪役令嬢と金の髪の王子様」
16/27

16.九年後の花園

 どこへ行くのかも教えられずに馬車に乗せられ、しばらく揺られて着いた先は王宮だった。

 

 アンドリューは裏口から密かに王宮に入り、馬車から降りたところで、「少し目を閉じていてくれ」と私に頼んだ。


「目を、ですか?」


 意図が掴めずに戸惑う私に、アンドリューは「臣下なんだろ? 命令には従わなければな」、と端正な顔立ちで微笑む。


 こんな時に主従関係を持ち出すだなんてずるいわ……。


 私は頬を染めながらも言われるままに目を閉じた。アンドリューは私の手を取り、見えなくてもついていけるよう、気を遣ってゆっくりと歩き出した。


 夏の暖かい風が私の流した髪を撫でる。そのそよ風に覚えのある香りが混じり始めた。


 この香りは――。


「もういい。目を開けてくれ」


 私が恐る恐る目を開けると、見覚えのある花園がそこにあった。


 私達が真下にいるアーチには、色とりどりの夏咲きのつる薔薇が、今が盛りと美しさを競っている。白、黄色、オレンジと、陽の光を思わせる明るい色が多かった。


「ここは……」

 

 九年前にアンドリューと遊んだあの花園の入り口だった。このアーチを抜ければ、いつも遊んだくさむらに辿り着くはずだ。けれども、あの頃とは違ってどこも手入れがされている。あのくさむらも今はもうないのだろう。


 だったらと私は思わず西側の壁に目を向けた。けれどもそこにはもう何もなく、石レンガが無機質に並ぶばかりだ。


 アンドリューが私の視線を追い、残念そうにぽつりと呟いた。


「あの穴はもう埋められてしまったのか」


 あの穴と聞き、私は驚いてアンドリューを見上げる。


「あなたもあの穴をくぐっていたの?」


「何だ。君もだったのか」


 アンドリューは私を見下ろし、ブルーグレーの瞳に優しい光を浮かべた。


「初めはたった今薔薇の花から生まれた妖精かと思っていた」


 私はアンドリューにエスコートされ、花園のあちらこちらを見て回った。昔は大きく見えた鳥籠のような東屋も、隠れん坊によく使った茂みも皆小さく見える。


 私達は成長し、こうして大人になったのだと改めて実感した。


「ああ」


 アンドリューの足がとある木の前で止まった。九年前にはまだ丈の低かった木だ。成長が早い木なのか、今は見上げるほどになっている。


 アンドリューと私はこの木で背比べをしてはしゃいでいた。僕の身長はここ、私の身長はここと浅く傷をつけたのを覚えている。驚いたことに、二つの傷は木の幹にまだ残っていた。


 その頃は二人ともまったく同じ背丈だったらしい。二つの傷は今はアンドリューの頬の傷跡と、それほど変わらない高さにあった。


 私は寸分の狂いもなく凛々しく整った美貌に、斜めによぎるくっきりとした傷跡を見つめる。


――それは恐らく一生消えない傷跡だった。


 えぐり取られるようにして切り付けられたのだろう。


 私が痛ましげに見つめるのに気付いたのだろうか。アンドリューは頬の傷跡を指でなぞり苦笑した。


「この頬の傷は……昔ダニエルにつけられた」


 「そんなに痛くなかったけどな」、とアンドリューは肩をすくめ、ダニエルとの因縁を語り始めた。

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