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悪役令嬢と金の髪の王子様  作者: 東 万里央
「悪役令嬢と金の髪の王子様」
13/27

13.傾いた天秤

 それからどれだけの時が過ぎたのかーーアンドリューに圧倒された謁見の間に、一人の貴族の不自然に明るい声が反響した。更にはいくつかの拍手が重なる。


「いや、いや、さすが陛下でいらっしゃる。我らには思いも付かぬ策を立てられる。これまですっかり謀られておりました!」


 セリフの主は講和派の貴族であり、調印式にも出席していた一人だ。更に数人の貴族が口々に陛下を褒め称えた。


「正当な王太子殿下をお守りするためだったとは」


「ダニエル様もまことに忠義の方であらせられる。兄上のために身を張られるとは素晴らしき兄弟愛だ」


「これまでの褒美を差し上げるべきであろう。そうだ、愛する方とのご結婚と新たな領地などはどうだ? 多少相手の身分が低かろうと構わぬではないか」


 その中には呆れたことに元開戦派の貴族もいる。


 少なくとも調印式の場にいた講和派の貴族は、ダニエル様の「死んだはずだ」と言う悲鳴で、暗殺未遂の黒幕の見当など既についているはずだ。けれども、一切追求しようとはしない。恐らくお父様が脚本と舞台を用意した、この芝居の役者に徹しようとしている。


 なぜなら、この場で重視されるべきは真実ではない。現在と今後の国内の力関係の変化と、ベルフォールの未来なのだ。彼らは一瞬で目まぐるしく移り変わる情勢を読み、アンドリューとお父様に分があると踏んだ。


「馬鹿な。そんな馬鹿なことがあってたまるか!!」


 リリアンの取り巻きらが必死の形相でお父様に詰め寄る。


「ならばなぜ我々がその事実を知らなかった。私が、俺が、僕がその事実を知らなかった。我々の父上は陛下の側近なのだぞ!?」


 お父様は目を細めると涼しい顔でこう答える。


「敵を欺くにはまず味方からと申します。それ以前に、陛下の側近はあなた方ではない。あなた方の父上であろう?」


 虎の威を借るだけの狐が何を勘違いしているーー?とお父様は言外に含ませた。


 その間、陛下の身体は小刻みに震えていた。陛下の頭の中は混乱の真っ最中に違いない。


 お父様はそんな陛下に容赦なく告げた。


「陛下、アンドリュー様にねぎらいのお言葉を」


「……」


「どうぞ、王太子殿下復帰の宣言をしていただきたい」


 お父様は陛下に暗にこう迫ったのだ。


ーーこの場でダニエル様を廃嫡しろと。


 この世で最も愛する者を、他でもない自分自身の手で、表舞台から葬り去れと。


 ダニエル様の王太子としての地盤はまだ弱い。恐らくリリアンを有力貴族の養女とし、その貴族が後ろ盾となる予定だったのだろう。それまでの繋ぎとして私と婚約し、お父様が後見人となっていた。ところが新たな後見人が決まる前に、ダニエル様は私を断罪してしまった。


 私との婚約破棄は各方面に知れ渡っており、公式の手続きも既に進められている。お父様は二度と後見人を引き受けないだろう。あのような陛下の裏切りを許すほど、お父様も寛大ではない。


 ダニエル様を今支えるものは陛下の寵愛だけだ。もしもダニエル様がこの六年間で努力し、実力をつけ、貴族らに味方を増やしていれば、情勢はまったく違っていただろう。ところがダニエル様は面倒なことから逃げ回るばかりだったのだ。


 後ろ盾も実力も血統もない、陛下が寵愛するだけの王子がどうなるか。


 よからぬ思惑を持つ者に利用されても困る。そのために今後は出来る限り中央から遠ざけ、自由を奪い、生かさず殺さずの扱いとなるのだろう。私ですら簡単に予想できる。何の力もない男爵令嬢・リリアンとの結婚は、むしろ力を削ぐために歓迎されるだろう。


 アンドリューとダニエル様の立場が再び入れ替わるーー。


 いいえ、それだけで済めばまだいい。ダニエル様は「新領地」で「行方不明」となるかもしれない。「うっかり」崖から足を滑らせるかもしれない。「不運にも」氾濫した川に飲まれるかもしれない。


 陛下はその事態だけは避けたいはずだ。どうにかしてダニエル様に王位を継承させたいはずだ。ところが既にアンドリューの健在はアルザンにも知られている。再びアンドリューを廃してしまえば、今度こそアルザンが黙ってはいないだろう。締結された条約の今後も二国間関係も再び悪化する。


 また、正妃の息子であるアンドリューを、廃嫡する大義名分ももうない。アンドリューはまったく健康なのだと、公のこの場で証明されてしまった。更には、アンドリューがどのような証拠を握っているのかもわからない。


 陛下に追い討ちをかけたのが、謁見の間に飛び込んで来た騎士だった。


「……何事だ」


 息を吐きようやく尋ねた陛下に、騎士が片膝をつき答える。


「は、はっ! アルザンよりアンドリュー様復帰祝いの書状が先ほど届けられました」


「……!!」


 陛下の青い目がーーかつてアンドリューと同じ色だった目が大きく見開かれる。


 アルザンの牽制だとさすがに理解できたのだろう。陛下は膝の上の拳を血がにじむほど固く握り締める。一方で、お兄様は薄笑いを浮かべていた。


「皆の者、ユーインの……ウエストランド公の述べた通りだ」


 陛下が呻くように呟く。


「アンドリュー、大儀であった。以降は、王太子として力を尽くすよう」


 陛下の声は小さく嗄れており、もはや老人のようでもあった。

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