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悪役令嬢と金の髪の王子様  作者: 東 万里央
「悪役令嬢と金の髪の王子様」
10/27

10.迎えに来たよ

 条約の調印式は国境線から程近い、砦の街の市庁舎の広間で行われた。ダニエル様と私はお父様や従者に付き添われ、先方の外務大臣を初めとした、アルザンの代表団と挨拶を交わした。どちらも総勢数十人に上っていた。


 互いに手を左右に広げ指を開く。これは武器を持っていない、敵ではないと示すものだ。続いて自分たちの身分を宣誓する。まずはダニエル様が腕を掲げた。


「我が名はベルフォール王国、ジョン五世の第二王子にして王太子、ダニエルである。この度父王に代わり調印に参った」


 慣例通りならば、ここでアルザン側が「承知した」、といっせいに答える。ところがアルザンの代表からは、どれだけ時が過ぎてもその返答はなかった。皆、白けたようにダニエル様を眺めている。


「おい……?」


 さすがに違和感を覚えたのか、ダニエル様が眉をひそめた。


 アルザンの外務大臣がやれやれと首を振る。


「我々も舐められたものですな。こちらには王太子殿下を派遣すると聞いていたのだが、なぜ妾の子に過ぎない第二王子が来る? 第一王子のアンドリュー殿下はどうなされた」


 ダニエル様が「何を言う?」と不快を露わにした。


「連絡は行っているはずだ。アンドリューは病のために寝たきりとなっている。政務を行える状態ではないのだ。よって私が正当な王太子となった」


 アルザンの外務大臣がくく、と笑う。


「寝たきり、寝たきりか。ならば、我々が先ほどお会いした、あちらのお方はどなたなのだろうな?」


 外務大臣がダニエル様を通り越し、背後にある開け放たれた扉を見た。ダニエル様と私もその視線を追い、同時に人の気配を感じて振り返る。


「……久しぶりだな、ダニエル」


 一人の青年が広間に足を踏み入れた。ざわ、とその場の皆がどよめく。ダニエル様は「……お前は誰だ?」と尋ねるばかりだ。青年は皮肉げに笑うと、私達に一歩一歩近付いて来る。


「俺が分からないのか? 無理もない。昔の俺は髪も、目も、お前と瓜二つだったからな。……弟よ、あの地獄の底から帰って来てやったぞ」


 ダニエル様はひっと息を呑んだ。たった今亡霊に出くわしたーーそんな顔をしていた。


「アンドリュー、なぜお前がここにいる。なぜ生きている!?」


 ダニエル様のらしからぬ悲鳴に、私以外の全員が凍り付いた。


「お前は、死んだはずだ……!!」


 その人の背は私ですら見上げるほど高かった。


 その人の顔は青年らしく引き締まって端正だった。


 その人の頬にはすぐにそれと分かる傷跡があった。


 その人の髪は大地と同じ温かいブラウンだった。


 その人の瞳は青に悲しみを混ぜたブルーグレーだった。


 「おお……」とお父様の年配の従者が感極まった声を上げる。


「リチャード先王陛下……!!」


 そう、その人は肖像画にある若かかりし頃の先代の国王、私のお祖父様に生き写しだったのだ。


 お父様、従者が揃って胸に手を当て片膝をつく。


 けれども、私にはそんなことなどどうでもよかった。ふらりと勝手に足が動く。一歩、二歩とその人に近づくごとに、心臓の音が大きくなって行った。


 前に立った私をブルーグレーの瞳が見下ろす。


 ああ、私は知っている。姿形は変わっていても、このひたむきな眼差しを知っている。


 私は震える声でその人の名前を呼んだ。


「……ダニエル? いいえ、アンドリュー?」


 ダニエルの、アンドリューの目が一瞬見開かれ、そのひたむきな眼差しがふと和らぐ。


「君は分かってくれたのか……」


 アンドリューは私の手を取り優しく微笑んだ。


「迎えに来たよ、サンドラ」

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