街から果物が消えた
一度踏み入れれば、方向感覚を失う程の深い森林の中。一枚の絵画から飛びでたような牡鹿が、寝ている少女の傍に佇んでた。近くには、落ち葉を被った靴と小型拳銃が無造作に置かれている。
風がひと吹きすると木々は大きい摩擦音を立て少女の髪をくすぶり去っていく。風にさらわれた枯葉は滑らかな曲線を描きながら、地へと落ちていく。
牡鹿が自身の雄々しい角で少女を傷つけぬよう注意しながら、少女の体を揺らす。しかし少女が目覚めることはない。
それでも牡鹿は諦める事なく体を揺らし続けていた。
太陽は沈み、昼間の暖かい風は今では肌寒さを感じるものになっている。
腰に拳銃嚢を下げた少女は、舗装されていない土道を歩いていた。
前方に停車した荷車と二頭の馬が徐々に見えてくる。近づくと、男が路肩に腰掛け汗を拭っていた。
「やぁ、お嬢ちゃん。林檎はいらないかい?とびっきり甘くてうまいよ」
髭を生やした中年の男は、ひとつ手に取りこちらに向けてきた。
「……いらない」
「金はいらないさ。どうせこれは処分するんでね」
ほら、と男が艶やかな林檎を再び勧めてくる。渋々手に取ってみれば真っ赤に熟した上等の林檎だった。
「処分?」
「嬢ちゃん知らないのか?今、林檎や葡果の果物が売れなくなっちまってるのさ」
大きくため息を付いて、荷台から林檎をひとつ手に取りかぶりついた。荷台に目を向けると山のように林檎が積み上げられていた。どれも上等の林檎ばかりだ。
「なんかよ、『鎮魂の森』って言ってたかなぁ。その森から果実を盗んでる奴がいるんだとよ」
男は果汁で汚れた口元を袖で拭う。林檎の甘い香りが立ち込めた。今は日が落ち気温が下がったとはいえ、歩きっぱなしの体は水分を欲している。少女は生唾の飲み込み喉を鳴らした。
「……『鎮魂の森』ですか」
「まぁ、他所の俺にはわからんが……あんまり良くない森なんだろ?」
男は食べ終えた林檎を路肩に投げ捨てる。
「そう、言われていますね」
少女は手にもつ林檎を見つめ、手の中で転がした。
「その森の果実を街へ持ち込めば、大災害が訪れる。そう言われてな門前払いされたよ。どの果実か区別がつかないからな、しばらくは持ち込み禁止らしい」
男は荷台に積まれた大量の林檎を見て、再び大きなため息をついた。
「……さて、話に付き合わせちまってすまないね。ほら、もう一つ貰ってくれ」
おもむろに男は立ち上がり、一際大きく美味しそうな林檎を少女に半ば無理矢理手渡した。
「俺はそろそろ行くよ。またな嬢ちゃん」
荷馬車に乗り込み、手綱をもつとそのまま男は風のように走り去っていった。
空を仰ぐと、月が見え始めていた。
街に着いたのは、それから1時間後のことだった。
目の前には数百メートルの高さのある鉄製の門、両端には小柄な男と、そばかすの目立つ青年が騎士の格好をして立っていた。
少女は懐から、和紙で作られた身分証明書を取り出し小柄な男に手渡した。
「島里 明日香だな。よろしい通行を許可する」
そばかすの青年が鉄製の扉を数回叩くと、門がゆっくりと開く。滑りの足りない門は不愉快な音を立てながら、街の姿を晒していく。
明日香は門番に小さく会釈をすると、街へと足を踏み入れる。
まず街に入って目に入るのは子供だ。15歳ほどの者もいれば、5歳ほどの幼い者もいる。幅広い年齢の子供たちが道に座り込み暗い顔をしていた。
次に商店街。様々な分野の商店が並んでいる。確かに男の言う通り、果実類の商店は全て閉店されている。
シャッターに貼られた紙には『しばらく休業させていただきます』との一言が書かれていた。代わりに売れるのは、燻製された肉や新鮮な魚だ。肉屋には鹿や羊、猪などの様々な燻製肉が干されていた。魚屋には生簀に入れられた魚が、のんびりと気ままに泳いでいた。
商店街を抜け、ひと通りの少ない町外れに入っていく。
迷路ような道をひたすら歩き続けていくと、古びた館が見え始めてきた。




