第五話
またずいぶん長いこと放置しました、申し訳ありません。
全ては第三次Zがいけないのです。新作が出るのと前作の周回を増やすのに集中しすぎてそれ以外何もしてなかったというかなんていうか
次回はもう少し早く更新できるように頑張ります
「う、ううぅ、かなり怖かったです……。頭の位置はほとんど揺れないのにぐんぐん前に移動するのが、ここまで怖かったなんて、初めて知りました……」
「あー、今度からは頭じゃなくて別の場所に入っとくか? とは言え、手頃な場所は早々無いけど」
「確かに、今のドランツ様の服装だと、胸ポケットとかないですものね……」
街道を道なりに真っすぐ進み、スズランが行っていた休憩所に到着。ドランツの方は軽く息を整える程度ですんでいるが、ドランツの頭上にいたスズランは疲労が深いらしく、ぜぃぜぃと荒い息をしていた。どうやら、ドランツの頭の上にいたのが予想以上に怖かったようである。
「で、結局道中なんも説明を聞けなかったわけだけど、街道にモンスターが入ってこない理由って何だったんだ?」
「ぁー、はい。そうですね、せっかく休憩所にたどり着いたわけですし、実際見て頂いたほうがわかりやすいので、休憩所の中に入りましょう」
案内します、と手をあげたスズランの後について休憩所の中へ。木で出来たベンチがいくつか置かれているだけの簡素なスペースだが、その中央に青く光を放つ水晶体が存在している。
「……綺麗だな。これは?」
「これが、街道にモンスターが入ってこれない理由、結界水晶です。モンスターを拒絶する無色透明の結界を作ることが出来ます。この水晶を親として、街道には子となる小さな水晶が一定間隔で埋め込まれています。結界水晶の効果範囲は10メートル程度なんですけど、親となる水晶を中心として半径10キロメートル程度までは子を介して効果範囲を延長することが出来るんです。だから、街道には等間隔でこの結界水晶が設置された休憩所が設けられてるんですよ」
「なるほど。これ、ダンジョンの中とかにもあるのか?」
「別の種類になりますけど、ありますね。一般的にセーフエリアと呼ばれる場所には、範囲を限定することで結界を強くしている結界水晶が設置されてます。フィールドにも天然の結界水晶が偶にあるので、その周りはセーフエリアになってますよ」
モンスターが寄りつかないなら、自然とそうなるのだろう。ふむ、と頷きながら会話をしつつ、休憩所の外に出る。
「さて、スズランが元気になるまで、ちょっと狩りでもするかね」
「い、いえ、ドランツ様? 私のことは気にしないでも――っていうか、本当に戦うんですか? この辺りのモンスター、最初に行った北の街道にいるモンスターとは比べ物にならないくらい強いですよ?」
「あ、そうだ。それについても聞きたかったんだ。同じアインザムの周りだってのに、そんなにモンスターの強さが変わるのか?」
アインザムは円形をしている街で、街の周りには同じく円形の平地が広がっており、農場や農地が随所随所に点在している。その場所を囲むようにして深い堀が回らされており、四方に外の街道へ繋がる橋が掛けられている。位置関係を考えれば、その周囲は全て同じ生物の生存圏内だと考えて問題なさそうなものだが、どういうことなのだろうか。
もちろん、『それはゲームの仕様です』と言われてしまえばそれだけなのかもしれないが、どうせならばきっちりとした理由で設定づけされていて欲しいものである。
「ああ、それはですね、モンスターが生まれたり生存するために必要な魔素が異なるからですね。一般的な話になりますが、魔素が濃ければ濃いほど、その地域にいるモンスターの強さが上がります。魔素事態はどこにでもるあるものですが、より魔素の多い場所に集まろうとする性質があります。なのでダンジョンなどにいる強いモンスタ―、ボスとか、主とか呼ばれる存在により、ダンジョンには魔素が集まりやすいんですよね」
「なるほど。ボスがダンジョンにいるから魔素がダンジョンに集まり、より強いボスがいるダンジョンの周りにも魔素が濃い場所ができるわけだ」
「そうですね。西は今ドランツ様が向かっている鉱生の森がありますし、南には試龍の洞窟がありますから。第二の街がある北側にはゴブリンの狂宴場がありますけど、そこのボスは鉱生の森や試龍の洞窟にいる八大龍王の一角に比べてしまうと、なんていうか、比べるまでもないというか、比べるほうが失礼というか、それほどまでに強さがかけ離れてますから。それだけ西や南の街道に出てくるモンスターは強いわけですけど――やっぱり辞めるつもりはないんですよ……ね?」
「ああ、ないな。ならば余計に実力を確かめるのにはちょうどいい。折角死んでも問題のない世界なんだ。全力で戦える場所を見つけるのは重要だしな。僕はそもそも、自分の技を振るいたくて、その技で命を奪いたくてこの世界に来たんだ。頭のおかしい主張に聞こえるかもしれないけど、これが僕で、こんな狂った価値観を持ったのが僕だ。まぁ、僕のサポートになっちゃったので、そのあたりは諦めてもらうしかないなぁ」
その言葉を聞き、スズランは表情を強張らせる。自分は狂人ですと、自分の主がなんでもないように告白してきたからだ。今日この場に至るまで、行動がいくらか突拍子もない人だというのは感じ取れていたが、まさかここまでぶっ飛んでいたとは。生まれてからの経験が殆ど無く、色々なものを知識としてしか有していないスズランから見ても、そのスタンスは異常の一言でしか言い表せない。
そしてそれは同時にスズランをして、生後まだ一ヶ月と立っていない未熟な精神性を持つAIをして、とある心配を持つに足りる言葉だった。
「ドランツ様は……そんな考えで、生き辛くないんですか? 現実世界で」
「そりゃ生き辛いさ。現実の人間なんて、僕がほんの少し力を入れて攻撃するだけでたやすく死んじゃうからな。これは冗談でも誇張でもなく、事実として僕が収めている流派は本当に簡単に人を殺せる流派だ。人を、ただ殺す相手としか見ないような技術がたっぷりと熟成された、そんな阿呆な流派だよ」
スズランを休憩所の椅子に座らせ、ゆっくりと街道の外に出ながらドランツは独り言でも呟くような口調で答えを返す。
こういう部分はゲーム的な要素が強いのか、少し離れても近距離で話しているように声が聞こえる。
「今の御時世、そんな物は流行らない。そんなことはわかってても、継承せずに入られなかった人たちの末裔が僕で――頑張って父さんや爺ちゃんが表に出さないようにしていた業ってやつを体現しちまったのが僕だ。だからこれはどうしようもなくて、でもこんな御時世になったからこそ丁度良かったのかもしれないけど」
こうやって、仮想世界で一般社会の倫理観を笑いながら捨てて技を振るえる世界が出来たような御時世だからこそ。ドランツは、己の業に焼かれて家族やその他の人に迷惑をかける未来に進まなくて済みそうなのだから。
「さて、辛気臭い話はヤメヤメ。まぁ、僕はそんな馬鹿なやつだからこれからも僕についてくるなら覚悟は必要だろうけど、でも刺激的な人生は約束するよ、スズラン」
「あ、はい……。確かにドランツ様は変ですけど」
「変ってストレートに言うな。いや、確かに僕は一般的に言って色々変なやつだけれども、流石に人に言われるとくるものがある」
「それでも、この先を側で観ていたいと思うに足る、仕え甲斐のあるご主人様だと思いますので――。このチュートリアルが終わった後も、引き続きよろしくお願いします!」
「あー、はいはい。こちらこそよろしく頼むな、スズラン」
「はい! あ、契約自体はチュートリアルの一番最後で行いますので、それまではこれまで通りによろしくお願いします!」
「なんか、そこでその説明ない方がすんなり終わった気がしないでもないけど……。まぁいいか」
よろしくな、と和んでいるとドランツの前方から草を踏みしめるような音が響く。誰もいない空間だからか、その音は小さいながらも妙にはっきりと聞こえた。
「さて、お客さんか。ふむ――最初に斬った兎の親戚か?」
「ツインドリルホーンラビットですね。ホーンラビットの上位種です。実際には間に何種類かいるんですけど、アインザムの周りに出てくるモンスターの中ではかなり上位に位置する強さを持ってます」
現れたモンスター、ツインドリルホーンラビットは、3つの角が捻じれ寄り合った角を2本持っている巨大な兎だ。
鑑定をしてみる。
ツインドリルホーンラビット ランク3
ドリルホーンラビットの上位種。魔力を帯びた4本の角が2本ずつ絡まり合ったより固くより強い2本の捻れた角を持つ。通称「双角兎」。
草食性だが動物を殺して食事となる草花の肥料にする性質を持っており、鋭い角で獲物を刺し殺す。
「ふぅん、なるほど。ちなみにこのホーンラビット系で一番強いのって何?」
「えっと、確か、試龍の洞窟にいるハイドホーンラビットですね。一見角がなく小柄なのでただの兎にしか見えないですけど、油断して近づいたところを隠されている鋭利な角でぐさりと刺して獲物を捉える肉食獣です」
「えげつないな……。しかし、あれの上位種なのに見た目は普通の兎なのか?」
「力強さが小さな兎の体に凝縮されているので、物凄く強いらしいです」
そういうものなのか。少し釈然としない物を感じないではないが、今はそれよりも目の前の敵だ。ドランツの方を警戒しながら、しかし明確な殺意を持って近づいてくる巨大な兎。とりあえず、アイテムボックスから思考操作で不壊の木刀を取り出すと、それを青眼に構える。
「さて、あっちの兎は素直に斬れてくれたけど、お前さんはどうかな?」
木刀を構えたドランツを見ていたスズランは、ドランツの姿が一瞬で消えたのを見た。
「……え?」
次の瞬間にはガキンッ、と固いもの同士がぶつかり合うような音が響き、ドランツの姿が見える。その位置はツインドリルホーンラビットの真横で、木刀を振り切った姿勢だ。
「ちっ、やっぱり最初の兎みたくはいかないか」
タンタン、と今度はスズランにも見える速さで――しかしそれでも相当速い気がするが、そんな速度でバックステップでモンスターからドランツは距離を取る。
そのまま何度か試すように木刀を振ると、今度は大上段に刀を構える。
「峯岸流――梅枝」
鋭い踏み込みからの一閃。ザクン、と音がしたと思えば、今度はしっかりと捻れた角の片方が根本から斬り飛ばされていた。
「返しの一閃」
次いで流れるような動きで木刀が跳ね上がり、ツインドリルホーンラビットの首を斬り落とす。
「ふぅ――こんなもんか」
「いやいやいやいやいや!? なんで鉄くらい堅いって言われる捻じれ角を綺麗に斬ってるんですか!?」
「ああ、やっぱり鉄並に固かったのか。最初の手応えしてそんな感じだったから、ちょっと力入れて斬ってみたんだけど」
「そんな、ちょっと切れ味悪かったから力入れて包丁ふるいました、みたいな言い方されても……」
がっくし、と言った様子で肩を落とすスズラン。そんなに異常な光景なんだろうか。
「まぁ、確かに峯岸流は冗談みたいな、漫画みたいな技術が多いからなぁ……。一般的な感性持つ人からすれば異常か。でもこの世界じゃこの程度は誰でも出来るようになるんじゃないのか?」
「そりゃ、最終的にはというか、各流派を極めたり色々なスキルを極めることで同じようなことは出来るようになりますよ? それこそ、ドランツ様が使っている峯岸流だって、この世界のシステムが認知している以上何処かの道場で習える流派の一つですから」
「じゃあ、何の問題もないんじゃないか?」
「だ・か・ら、流派やスキルを極めなくちゃいけないって言ってるじゃないですか!? チュートリアルからこんなこと出来る人なんてほとんどいないはずですよ!?」
「ほとんどってことは皆無じゃないんだろう?」
「ドランツ様という例外を知らなかったら私だってそんな人いないって言い切るくらいにはいないです!」
「そんなもんかねぇ」
「そんなものですっていうかドランツ様は少しこの事態がどれだけ異常かを認識されたほうがいいんじゃ……」
まぁ、現実世界と同程度には異常だという事で認識しておく。とりあえず、今はまだ。
「追々気をつけるよ。んじゃ、とりあえずさくさく進もう。このまま街道沿いに走ってれば獲物も出て来るだろうし、道を間違えることもないだろうしな」
「街道には戻らないんですね……まぁ、いいですけども。じゃあ、また失礼しますね」
一度街道の中に戻ってスズランを頭に乗せると、再び街道の外に出て走り始める。目指すは、鉱生の森。真っ直ぐ迷わず、雑魚を蹴散らして突っ走るとしよう。
「ここが鉱生の森、か。本当に木も鉄なんだな……」
「鉄樹ですね。植物ではあるんですが、物凄く豊富に鉄分を含んだ土壌から栄養を吸い上げているので、組織の半分が鉄で出来ています。鑑定、してみたらどうでしょう?」
街道沿いに走り続ける事40分。道中結構な頻度でモンスターが出てきたが、それらは丁寧に鎧袖一触しておいた。
出てきたモンスターは休憩所のところで撃破したツインドリルホーンラビットに、アサシンウルフという不意打ち特化の狼、グラスタイガーという小型で緑色の虎だ。鑑定してみて驚いたのだが、全部草食らしい。
どうやらアインザムの周辺、少なくとも各街道を抜けるまでは草食獣しか出ないらしい。
なのに何でプレイヤーを襲うのかとスズランに聞いたのだが、それは単純に肥料にするためなのだとか。なんでもモンスターがプレイヤーを倒すと、ドロップとしてプレイヤーの肉が手に入るらしい。
プレイヤーがプレイヤーを倒した場合は所持アイテムからランダムにドロップするらしい。というかその説明でこのゲームには普通にプレイヤーキルが出来るという事実に思い当たったが、ドランツとしては喧嘩上等なので問題はない。
それはそうと、スズランの提案に従い鉄樹を鑑定してみる。
鉄樹 ランク4
鉱生の森の中にある鉄樹の森にしか存在しない植物。豊富な鉄分を含む鉄土、鉄土の影響を受けた鉄水から栄養を吸い上げており、表皮や葉、花などが鉄で出来ており、実も表面が鉄で覆われている。
鉱物でもあり植物でもあるという特性のため、上手く採取できれば木工、鍛冶どちらでも使用することが可能。
「予想以上にランクが高いな。というか、こういったオブジェクトにもランクって設定されているのか?」
「そりゃ、本来チュートリアルで来るような場所じゃないですからね……。オブジェクトというか、この世界では全ての物にランクが設定されてますよ。そのアイテムのレア度や扱いやすさを示す指標だと思ってくれればいいです。そこは武器と同じで、ランク0が最低、ランク10が最高です」
詳しく話を聞いてみると、レベルが高ければ高いほどレア度が高く、入手するのが難しいらしい。
例えばこの鉄樹。ランクが4もあるが、ここに来るまで倒してきたモンスターのランクが2か3であった事を考えると、その高さがわかる。
ちなみに最初チュートリアルを行った北の街道にいるモンスターはランクが0か1である。
鉄樹事態は攻撃力を持たないが、アイテム化するには当然切り倒さなければならない。表皮さえ超えれば後は植物部分も多くなるという話だが、それにしたってこの木を切るには普通の斧じゃムリだろう。
木を切り倒す前に、斧が壊れる。
最も、魔法を使えるようになるとあっさり切り倒せたりもするようなので、アイテム化するのが不可能というわけではない。ただ、通常の手段だとアイテム化出来ないためにランクが高いらしい。
「素材アイテムだと、加工の難しさを示してたりもします。モンスターからのドロップアイテムも物によっては特殊な調理が必要だったり一定の手順を踏まないと直ぐにゴミになったりするので気をつけてくださいね」
「製造スキルで相応のレベルがないと扱えないって認識で問題ないか?」
「そうですね、それで問題ありません。素材を扱うに足るレベルに達していると、自然とスキルのサポートによってその方法がわかるようになります」
「便利というかなんというか……」
「ちなみにスキルレベルが足りなくても、書物なんかで加工方法を調べてたりすると扱えたりしますよ?」
「そこの辺りは現実と一緒だな。と、こうしてスズランとおしゃべりしているのも楽しいが、そろそろ森の中に入ろう。時間は有限だしな」
「そうですね。本音を言えば引き返してアインザムでまったりしたいんですけれども、ドランツ様は引き返さないでしょうし」
その通り。少なくとも一度も戦わずに買えるということはありえない。
先ほどの鉄樹もそうだが、この森は鉄で溢れかえっているのだろう。きっと、土を持ち帰っても鍛冶に使用できるに違いない。
だからこそ、ドランツは引く訳にはいかない。今後安定して毎日鍛冶をしたいし、そのために必要な材料が取れる場所の難易度は早めに知っておきたいのだ。
「さて、それじゃあのんびりと進んでいこう」
周囲を警戒しつつ、森の中へ足を踏み入れる。
最初に感じたのは、鉄の匂い。濃厚すぎるほどの鉄臭が鼻孔に広がり、思わず咽そうになる。というか、スズランは実際咽ていた。
「けふっ、けふっ、なんていうか、すごい匂いですね……」
「鉄樹の森、というだけのことはあるな。鍛冶場に負けないくらい強い鉄の匂いだ」
これは少しワクワクする。
街道の延長なのか、ある程度踏み鳴らされた道ができていたので、そこを通って先に進んでいく。
カチャリ、カチャリと鉄の落ち葉や石がぶつかり合う音が耳に煩い。それにしても、足元に落ちている落ち葉やら何やらを拾って帰るだけで鍛冶の材料に出来そうである。
もっとも、砂鉄から玉鋼を作る時のように莫大な量が必要になる気がするので、それをやるのはもっと鍛冶のレベルが上って精鉄する施設などを使えるようになってから。まぁ、そういう施設があるのかどうかも不明なので、そもそもそういうことが出来るのかどうかすら分からないが。
時々落ちている鉄樹の枝などを拾ってアイテムボックスに仕舞いながら進んでいると、少しだけ開けた場所に出た。
「お、なんか開けた場所に出たなぁ」
「鉄樹がすっぽり無いんですね。こういう場所も、もしかしたら結構あるのかもしれません。私も鉱生の森に来たのは初めてですから、なんとも言えない部分ではあるんですけど」
「と、言うと?」
「各ダンジョンには道と広場、あるいは広間という概念があります。意味合いとしては言葉通りなんですけど、そうですね……RPGで言うところの通路と部屋でしょうか」
「ああ、通り道と宝箱とかモンスターが出てきたりする場所ってことか」
「そう、そういう事です。で、この場所は広場に当たりますね。ただこの世界はもちろんRPGのように行ける場所が限られているというわけでもないので、ダンジョンもフィールドも割りと自由に歩き回れますし、場所によっては前に来た時にあった広場がなくなったりもしますし、別の場所に増えてたりもします」
「時間経過で地形が変わるのか。凝ってるというかなんというか……」
「森なんかだと顕著だったはずです。植物が育つ速度や、モンスターが餌として食べらた場所とか、でかいモンスターが降り立った場所が広場に変わったりもしますしね」
「改めてリアルだなぁ……」
「それが売りですから!」
元気に言うことか。
そんな風に話しながら、ドランツはとりあえず当たりに生えている植物や落ちているものを鑑定し、適当にアイテムボックスへ仕舞いこんでいく。
さすがは鉄樹の森というだけあり、アイテムはほとんどが鉄に関するものだ。というか、上手いこと生成すれば良い鉄に化けるだろう。もっとも、それをするのにどれだけの量が必要になるか考えたら嫌になるが。
「……と、来たな」
「え? なにが来たんですか」
「そりゃ、ダンジョンアタックしてるんだ。出て来るのは自分と同じプレイヤーか、モンスターだと相場は決まってるだろ? ほら――お出ましだ」
何やら薬の原料になるらしい植物を採取していると、自分たちが来たのとは別方向の道からドタドタと勢い良く走ってくる音が聞こえてきた。
短い間隔で、4つの音が規則正しく並ぶことから、四足のモンスターだと推測する。
果たしてその推測はあたっており、現れたのは銀の毛並みを持った猪だった。
大きさがドランツの腰上ぐらいまである大型の、という言葉が枕につく巨大な猪だ。
「でっかいなぁ……。リアルでもこれくらいのサイズはあんまり見ないものなんだけど」
とりあえず、鑑定を発動。
アイアンボア ランク5
鉱生の森にある鉄樹の森に生息する鉄樹や鉄草といった鉄分を含んだ植物性のものを食べる草食動物。通称『鉄猪』
鉄分を多く含んだ体毛と表皮を持ち、防御力が高い。また『銀の弾丸』と表現される高速の突進を得意とし、その一撃は鉄樹を折り砕くほど。
強い。
道中で出会ったどのモンスターよりもランクが高い。
「これは、手強いかもしれないなぁ」
「そ、そりゃそうですって。そもそもこの森、チュートリアルで来るような場所じゃないんですからね!? 何度も言ってますけど!」
「だが、それがいい」
「ダメだこのご主人様。早く何とかしないと……」
そんな軽口を叩きつつ、アイテムボックスから不壊の木刀を取り出して構える。
とりあえず、どうやらこの森に出て来るモンスターは大概鉄の硬度を持っていると考えたほうがいいんだろう。
なにせ、鉄を主食にしているようなものだ。アイアンボアの説明文にもあったが、防御力は基本高い。
「さて、斬れるかな……?」
木刀を正眼に構え、アイアンボアの動きを見る。
来る。
何度か地面を蹴るような仕草をすると、一直線に突っ込んできた。
動き自体は非常にわかりやすい。リアルでも猪と戦ったことはあるが、こいつらはとにかく敵対する相手にたいして直線にしか進んでこない。
もちろんタイミングを外して避けると急停止からの方向転換で逃げる間もなく追撃が来るくらいには反射神経もいいが、そのあたりは過去の経験で心得ている。
「ふっ――はぁっ!」
気合一閃。
アイアンボアの体がぶつかる寸前で体を開き、直線上から移動。通り過ぎる瞬間を狙い、木刀を振り下ろす。
「――――っ!?」
カァンッ、と甲高い音を響かせて、木刀が弾かれる。
理由は簡単だ。単純明快にアイアンボアの防御力が不壊の木刀を用いたドランツの攻撃力を上回ったのだ。
ドランツに攻撃をかわされたアイアンボアはそのまま鉄樹へと突っ込んでいき、破砕音と共にブチ折る。
大層な攻撃力を見せつけた鉄の猪は、衝突のダメージなど無いとばかりにドランツの方へと振り向き、前足で地面をこすりながら敵意のある視線を向けてくる。
「なるほど、木刀じゃこのクラスの敵は無理か」
手強い。
ただ硬い鉄の塊なら、ある程度斬撃痕くらいは残せる自負はある。
だがこの敵は、鉄の硬度を持つ毛皮を持っているのだ。
生態としての柔らかさが斬撃の威力を吸収し、鉄の硬度がダメージを弾く。
今の一撃でそれを読み取ったドランツは、木刀をアイテムボックスへ仕舞いながらアイアンボアに体を向けて体術の構えを取る。
「ド、ドランツ様? あの、今の攻防の結果選ぶのが徒手空拳とか、遠回しに言いますけど自殺したいんですか!?」
「あはは、何を言ってるんだスズラン。手持ちの武器が通用しないんだったら、一番信用のおける五体を武器にするしか無いだろう?」
「いやその理屈はどう考えてもおかしいですよドランツ様!?」
「まぁ、見てるといい。直ぐ終わらせる」
スズランに宣言し、ドランツの方を向いているアイアンボアに手招きで挑発をする。
それに乗ったのか、はたまたタイミングを図っていたのかは分からないが、再び突進してくるアイアンボア。
ドランツも合わせるように踏み出すと、両者の距離はあっという間に近づき――ぶつかる、とスズランがドランツの頭上で悲鳴をあげようとした瞬間。
「――――え?」
よくわからない内に、アイアンボアが頭を下にしながら宙を舞っていた。
ドランツはしゃがみこんでおり、左手を下に降ろし、右手を何かを持ち上げたかのように上にあげている。
「な、投げたんですか!?」
驚愕の声を上げるスズランを無視し、まだ宙に浮いているアイアンボアへ向かい半身の状態から右足を鋭く踏み込む。
「――――ふっ!」
掌底一閃。
アイアンボアの胸部へ指だけを曲げて手のひらを押し出した状態――所謂猫の手、のような形を取った手を押し当てる。
本来であれば打撃力がそのまま推進力に代わり、アイアンボアは吹っ飛ぶはずだが、そうはならない。
それは重量的な問題というわけではなく、単純に推進力に変わる打撃力の余剰がどこにもないからだ。
「峯岸流・澪標――――これで死んでくれると嬉しいんだけどな」
浸透勁とか、鎧通しとか呼ばれる技がある。
澪標もそれに類似する技で、打撃力を打撃した相手の内部へ浸透させる技だ。
今はアイアンボアの胸部へ打撃を与え、その衝撃を恐らく心臓があるであろう辺りで炸裂させている。上手く行けば、心臓が潰れ一撃必殺だろう。
もっとも、そのあたりの構造というか急所が、現実世界と同じであればの話だが。
打撃が当たった瞬間にビクリと震え、しばしの滞空時間を経て地面へと落ちるアイアンボア。
暫くもがくように脚を動かした後、次第にその動きが緩慢になり、やがて光となって消えていく。
撃破だ。
「――――よし」
「よしっ、じゃないですよ!? アイアンボアを素手で倒すとか、ドランツ様本当に人間ですか!?」
「人間だってば、一応ね」
「一応!? やっぱりどこか一部分異種族だったりするんですか!?」
「しないしない。純粋にまじりっけ無しの人間だよ、僕は。ただちょっと武道を囓っていて漫画みたいな技を出せるってだけで」
「絶対ちょっとじゃないです……」
少し前にもこんな感じのやりとりをしたような。
そんな事を考えつつ、ドランツは気にせずに森の奥へと足を踏み入れていく。
「とりあえず、今の敵だったら何体出てきても何とかなりそうだな。以外に、腹は柔かった。体の構造もリアルの猪とあんまり変わらなかったしなぁ」
「リアルの猪って……。ドランツ様、狩猟とかされてたんですか?」
「いや、山ごもりしてる時に襲いかかってきたんで、斬って牡丹鍋にしたことが何度かあってな。解体も自分でしたもんだから、構造は大まか把握してたんだ」
「山ごもり……。なんで現実世界でそんな事してるんですか?」
「毎年の恒例行事みたいなものだからなぁ」
「本当にマンガやゲームの世界にいる人みたいな生き方してるんですね、ドランツ様」
しみじみと引き気味に言うスズランに、そういえばそれも普通じゃなかったんだよなぁ、とドランツは遠い目をする。
家族含め周りの道場生もそれを普通としてたし、ことさら学校でその話もしないから忘れていた。
「まぁ、気にせず先に行こう。出来れば、この森のボスっぽいのとかと戦いたいなぁ」
「今の装備で鉄樹の森のボスと戦いたいとか……。やっぱりどう考えてもおかしいですよ、ドランツ様!」
頭の上でスズランが騒ぐが気にしない。
いろんなモンスターと戦いたいなぁ、などと思いながら、ドンラツはどんどん森の奥へと進んでいった。
鉄樹の森を歩み進めていくと、でかい広場が先に見え始めてきた。そしてそこに続いている道に、郵便ポストくらいの大きさがある灯籠というか、そんな感じの人工物が置かれているのを見つけた。
「……これは?」
「あ、これはゲーム的に言うとセーブポイントです! 実際に記録をつけたり死亡後の復活場所として設定はできませんが、所持品を宿の倉庫に送ることが出来ますよ」
「ここを登録しておくと一瞬でここまで移動できたりはしないのか?」
「そういう機能はないですね。でも、宿の倉庫にあるものを取り出すことは出来ますよ」
移動に関してはずるを許さないらしい。
もっとも、魔法などがあるという話だから転移魔法やら移動手段は何かしらありそうなものだが、とりあえずそれはそれとしておいておこう。
「それにしても、セーブポイントがあるということは、そろそろボスかな? ゲーム的に考えて」
「いや、たしかにそうですけど――ってドランツ様? なに、やってるん、ですか?」
「え? いや、ほら――ボスに挑むんで、道中拾ったアイテムとか木刀とか初期装備以外全部倉庫に預けとこうかなって」
「挑む気満々ですかぁーっ!? いえ、予想通りですけど!」
セーブポイントに近づいて触れると、ウインドウが出て来たので、それを操作して倉庫にアイテムを預ける。
道中色々なモンスターを殴り殺してきたので、それなりに鉄の元になる素材が溜まっていたのだ。ボスの強さがどれくらいかは分からないが、やられてアイテム全損とかは勘弁して欲しい。
「まぁ、この世界だとデスペナルティは教会で復活した時にランダム決定されるって話だからそうは心配してないけど――アイテム没収系のもあるんだよな、確か」
「ええ。アイテム没収系だとイベントのキーアイテム含め、所持しているアイテムを全てなくす、ランダムで数種類なくす、とかそういうのがありますね。でも数々あるペナルティの一部なので、確実にアイテムロストするとは限らないですけど」
「だとしても、倉庫に預けてその可能性が低くなるならしておいたほうがいいだろ? 武器とか装備だって、初期装備のままなんだし」
「それはそうですけど……。やっぱりやめません? こう、何も正式運用が始まる前から死の体験をする必要はないような……」
「違うよ、スズラン――だからこそ、さ」
そう、だからこそ。
今のうちに、死んでおきたい。
今まで、当たり前だが死んだことはない。
生き物の命は奪ったことはあるが、人の命まで奪ったことはないし、奪われたこともない。
だから。
「僕は、さっさと一度死んでおきたいのさ。そうじゃないと知れないこととかがきっとあるから」
そうしてきっと、今のうちに死んでおけば、正式運用からの過ごし方に変化があると信じている。
「ま、そういうわけで――行くか」
頭の上にいるスズランの頭を軽く人撫でし、道の先へと脚を進めていく。