第四話
3/1 第三話、戦闘に関するチュートリアルにバトルの表現方式についての設定を追記しました。
鍛冶屋にある応接用のテーブルで親方と向かい合うように座りながら、スズランと共に番茶をいただく。ゆっくり説明してやるよ、と親方がお茶うけの羊羹と一緒に用意してくれたのだ。
「うわぁ、この羊羹、昔ながらの作り方してて美味しい……。周りが砂糖でさっくさくだ……」
「それなのに中はしっとりふわふわですー。はぁ、幸せ……」
「まぁ、喜んでもらえて何よりだ。んで、ファフニールのことだったな。さて、何から話すべきか……」
「とりあえず、名前だけは聞いたことがあるレベルで知ってますけど、じっさいどんな龍なのか、知ってることがあれば教えてくださると嬉しいです」
ファフニール、あるいはファーフナー。現実世界では北欧神話、あるいはそれをモチーフとして描かれたニーベルングの指環に登場する悪龍の名前だ。様々なゲームや小説などでもよく見かける名前で、鍛錬、鍛冶、料理の生活に根付いている事以外でドランツは読書やロールプレイングゲームなどを趣味にしていた為、それなりに知識としては知っている。
しかし、小説やゲームなどそれら多種多様な物語に置いて、当たり前だが同じ名前を冠するとはいえ全く同一の存在などありえない。ある程度モチーフとしている伝承から引っ張ってくる設定がかぶることはあるが、情報を得ておくに越したことはない。
「知ってる事ねぇ。とりあえず住処だが、ファフニールは鉱生の森に住んでる。鉱物が主食なんでな。ただ、少なくとも鉄より希少な鉱物をメインで食べてるはずだからまず出くわさないと思う。思うが――もし出会ったら、ご愁傷様としか言い様がない」
「そんなに強いんですか?」
「世界最強の一角だよ。あーっと、スズランの嬢ちゃん。その辺り、どの程度まで説明していいんだ?」
「んふぁ!? ――んぐっ、んんっ!?」
「スズラン!? 水、水――って熱いお茶しか無いっ」
「おお悪い、水だな、ちょっと待ってろ」
ポリポリと頭を掻きながら親方がスズランに助けを求める。
チュートリアルの段階で出せる情報に限りがあるのかもしれない。あるいは、初心者冒険者に言えない内容があるのかもしれない。
たくさん味わえる、という理由でマスコットモードのままドランツのと同じくらいの大きさに切り分けられた羊羹を頬張っていたスズランが、親方から急に話を向けられて喉に羊羹を詰まらせる。
慌てて親方が用意してくれた水を飲ませ、背中を擦ってやる。
流石にまだ湯気が出てる熱いお茶を飲ませると火傷するだろうし良かった。、
「――――ぷはぁ。お見苦しいところをお見せしちゃいました」
「ああいいや、俺の方こそいきなり水向けて悪かったな」
「いえいえ、親方さんは悪くありません。私が悪かったのですから。で――ファフニールのことですね。でじゃ、おおまかな情報は私からお伝えしましょう!」
お任せください! と胸を張るスズラン。そしてそのまま服を教職風にチェンジしてメガネまで掛けて説明を始める。というかそんなこと出来るのか。便利というかなんというか、関心と呆れが半分半分のドランツである。
「ファフニールは、『八大龍王』と呼ばれる龍の一体ですね。ざっくり説明してしまうと、この世界にある属性の中で代表的な八属性毎に存在し、強さは属性毎のトップレベルに位置します」
「ランクでいうと一〇だな。つまりこの世界での最強ランクに位置する存在だ」
親方の補足に、スズランがありがとうございますと頭を下げる。
「八属性はそれぞれ地・水・火・風・木・金・光・闇ですね。木火土金水の五行と地水火風の四大、光闇の二極ですね。五行と四大でかぶっている属性はひとまとまりで考えているので、合計が八属性になっています」
「で、ファフニールはその中の……土とかか? 鉱龍なんて呼ばれてるくらいだし」
「えっと、残念ながら違います。ファフニールの属性は金ですね。土属性は『地龍メルトセゲル』が担っています」
「なるほど。ちなみに、他の属性の龍はなんて名前なんだ?」
「そいつは俺から教えてやろう。住んでる場所からおおまかな特徴も交えてな」
俺は龍が好きなんだ、と笑う親方から、八大龍王と呼ばれる龍についておおまかな説明を受ける。
鉱龍ファフニール。金属性を司る龍で、その住処は鉱生の森。詳細な巣の位置までは判明していないが、森のどこかにいるのは間違いないらしい。ありとあらゆる鉱物を操ることができ、体表も鉱物に変えることができるらしい。
地龍メルトセゲル。土属性を司る龍で、その住処は『果ての荒野』と呼ばれる場所。見渡す限り不毛の荒野で、地上を生きる生き物は数少ない場所なのだとか。属性通り土を操ることができ、普段は地中を泳いでいるらしい。
水龍オロチ。水属性を司る龍で、その住処は『静寂の大海』と呼ばれる巨大な地底湖。この世界にも海があるようなのだが、『ありとあらゆる場所からありとあらゆる種類の水が集まり集う場所』とまで呼ばれている場所なのだとか。水の龍なので水を自在に操ることができ、体を水に変ずることもできるらしい。
炎龍ヤマタ。火属性を操る龍で、その住処は『無限火山連峰』と呼ばれる極悪な火山地帯。恒常的にマグマの川が流れ、特殊な装備やスキルが無い人間は近づけないのだとか。火を操り、体を火に変ずることができるらしい。
樹龍イツァムナー。木属性を操る龍で、その住処は『拒絶の樹林』と呼ばれる大森林。ありとあらゆる植物に体を変ずることができるらしく、これといった弱点を持たないのだとか。
風龍テュポーン。風属性を操る龍で、その住処は『大気の裂け目』と呼ばれる大渓谷。風に変化することができ、物凄く素早く動くらしい。
光龍ケツァルコアトル。光属性を操る龍で、その住処は試龍の洞窟。全ての試練を超えて出会える最後の試練を担っているのだとか。体は光で構成されており、物理攻撃を受け付けないらしい。
闇龍ザッハーク。闇属性を操る龍で、その住処は不明。闇があるところならばどこにでも現れるとされている龍で、特定の場所には住んでいないらしい。体は闇そのものであり、ケツァルコアトルと同じく物理攻撃を受け付けないらしい。
「以上をもって八大龍王ってわけだ。まぁ、この街から直で会いにいけるのはファフニールかケツァルコアトルぐらいだろうな。どっちもこれから冒険者になろうって駆け出しには荷が重すぎる相手なのは確かだから、まぁ、出会ったら諦めろ」
「そうですねぇ。出会ってから考えるとしますよ、とりあえず。今日のところはこれで。僕らは、この後も散策なんかを続けますので」
「おう! ま、明日になったらまた来るといい。そん時は屑鉄売ってまた武器を作らせてやるよ。ああ、そうそう、説明忘れてたんだが、基本的に鍛冶場は生産ギルドで借りることが出来る。まぁ、お前さんは見込みあるし何より気に入ったから、ここに来りゃ俺の鍛冶場を使わせてやるけどな」
屑鉄、売り物だったのか。
それはそれで問題ないが、続く言葉にドランツは驚く。
「え? いいんですか?」
「良いってことよ。お前の作る武器、一人の鍛冶屋としてその到達点を見てみたいしな。それに俺もそろそろ弟子を取らにゃいけないから、丁度いいし」
「……僕は実家の流派があるんで、親方の弟子には慣れませんが」
「なんだ、そうなのか? それでもまぁ、いいさ。お前を気に入ったのは事実だしな。些細な問題だ」
「そこまで言ってもらえるならお言葉に甘えますけど……。あ、そうだ、僕が打った刀なんかは店に置いたりできますか?」
「出来る。俺の店は武器屋も兼ねてるからな。まぁ、最初のうちは二束三文にしかならないだろうが、俺が許可出せる刀だったら店に置いてやるよ」
「わかりました、ありがとうございます。それじゃあ、とりあえず僕らは次に行きますね。また明日、挨拶位に来ます」
「おう。じゃあな」
望外の幸運に喜びつつ、親方と別れて再びアインザムの街へと出る。スズランはドランツの肩に腰掛けてごきげんだ。
「で、次はどこに行く? スズラン。時間はそろそろ、昼っぽいけど」
「そうですねー。冒険者ギルドが始まるのは明日……つまり正式運用が始まってからですし、それ以外となると後はフィールドとか……。あ、そうでした。教会にまだ行ってませんでしたね」
「教会?」
「はい! 教会は、フィールドで死亡したプレイヤー様方が復活する場所です。また、同時にペナルティーを負ったり、呪いの解呪、精霊からの祝福なんかも得られますよ!」
教会への道すがら、ペナルティーなどについても詳しく聞く。本当の詳細は教会で質問して欲しいと言いながらも、スズランは丁寧に説明してくれた。
まず、ペナルティー。他のゲームでもよくある、デスペナルティーというものだ。RPGなんかだと目の前が真っ暗になった後でセーブポイントまで戻されて所持金が半分になったり、セーブした時点から死ぬまでに所得した経験値が未所得になったりする。アイテムなども同じだ。また重世界のようなMMORPGだと、プレイヤーが死亡時にアイテムを周囲にばら撒いたりする。MMORPGにかぎらず、今妹がドハマリしている箱庭系のゲームだと、ゾンビや骨のモンスター、爆発する緑の物体なんかに殺されると所持アイテムすべてがばら撒かれる仕様になっている。そして大体、ばら撒かれたアイテムは時間経過で消失するので、セーブポイントから離れた位置で死ぬと大変だ。
話がそれたが、この重世界でもそういったデスペナルティーがあるようだ。その詳細については教えてくれなかったが、事前に得た知識だと例に漏れず所持金と経験値が減るようだ。出来ることなら、あまり死にたくないものである。もっとも、死力を尽くした上で死ぬのであれば、ドランツとしては問題がない。それもまたひとつの経験だからだ。勿論、リベンジはするが。
次に、呪い。これはアンデット系モンスターがかけてくるバットステータスで、ステータスが一時的に下がるらしい。この世界だと攻撃力などのステータスはマスクデータとなっていて閲覧が出来ないが、体がだるくなったりする形で影響が出るのだとか。アンデットに掛けられる以外にも、宝箱に仕掛けられたトラップでかかることもある。厄介なことこの上ないので、罠師とかのスキルを取っておいたほうがいいとスズランは薦めてきた。
最後に精霊の祝福。これは言葉通りで、この世界に存在する精霊と呼ばれる存在の力を借りれるようになるらしい。精霊といっても十把一絡げ。いろんな場所にいろんな精霊がいるらしく、その数は誰も把握していないんだとか。運よく精霊に出会い、仲良くなれれば教会でその祝福を受けることができるようになる。
「もっとも、精霊に出会うには精霊眼や、それより上位の眼に関するスキルが必要になりますけどね。そうじゃないと、精霊を見ることも出来ないですから」
「なるほど。まぁ、そのあたりは追々かな。僕としては、まず戦いに比重を置きたいし。暫くは戦いと鍛冶一辺倒かなー」
当初の予定がそれだ。戦い、金を稼いで良い鉄を買っていい刀を作り、それで戦い、金を稼ぎ――その繰り返し。存分に自分の武を試し、現実世界ではいろいろな制約があってあんまり打つことの出来ない刀を心行くまで打つ。ドランツが重世界に求めているのは、そのくらいである。
「ドランツ様だったら、なんとなくかなり早い段階で今実装されてる全ての街を制覇しちゃいそうですねぇ……」
どこか呆れたようなスズランの言葉に苦笑を浮かべていると、ドランツたちの前にこれぞ教会、というような建物が現れる。その中に入ろうとドアを開けようとするものの、鍵がかかっているのか押しても引いても扉が開くことはなかった。
「なんだ、ここも留守なのか?」
「あれ、おかしいですね。教会は常に誰か居るはずなんですけど……。えっと、じゃあどうしましょうか?」
不思議そうに首をかしげるスズランからの問いかけに、さてどうしたものかと考える。ウインドウを呼び出して時刻を確認すると、一三時を回ったところだった。
「これで、現実の一五分ちょい経過、か。なんか違和感があるなぁ……。まぁ、慣れるんだろうけど。んじゃ、お昼にしようか。朝狩ったのがまだ残ってるし、部屋に戻って食べよう。似たようなメニューになるけど、いい?」
「大丈夫ですよ! あんな美味しいご飯ならどんどんウエルカムです!」
わぁーい、と喜びの様子を魅せるマスコットを肩に載せ、ドランツは部屋に戻ることにした。
一角兎の肉に衣をつけて揚げてからあげのような料理をお昼ごはんにした後。ドランツ達は自分の部屋でぼんやり窓の外を眺めながらこれから何をするかを話し合う。
「さて、とりあえずひと通りのチュートリアルは終わったと思っていいのかな?」
「はい! ばっちりです! あとは、時間まで各プレイヤーが思い思いに過ごす形になりますね。ドランツ様はどうします? 鍛冶をしますか? 木工をしますか? それともまた北の街道で狩りでもしますか? 北の街道だったら食べられる野菜も採取出来ますし、お勧めです!」
「いや、さっきも親方の所で言ったけど西の街道を進んで鉱生の森に行こうと思ってる」
「え!?」
昼食を食べ終えてマスコットモードに戻ったスズランが、ドランツの言葉を聞いてびしりと固まる。ギギギギ、とでも擬音語が突きそうなぎこちない動きでドランツの方へと振り向くと、あわあわと手を上下に振りながら否定の意見を出す。
「ちょ、ちょーっと待ってくださいドランツ様!? 改めて聞きますけど本気ですか? 親方はああ言ってましたけど、駆け出し冒険者が行くところじゃないですよ!? 折角お昼ご飯食べてリフレッシュしたんですから気分を切り替えて採取行きましょうよ!」
「それでも行く。ちょうどいい腕試しというか、僕の実力が今の殆ど素、みたいな状態でどこまで通じるのか確かめておきたいしな。それに、採取は西の街道や鉱生の森でも出来るだろ」
「敵の強さが段違いですよー!」
「それがいいんだ。正直、北の街道で出てくるのがホーンラビットレベルなら、敵じゃないしなぁ。腕試しにならない。だからまぁ、駄目で元々、という感じで一度行っておきたいんだ」
「ううぅ、意思は堅いようですね……。鍛冶屋でもいいましたけど、ドランツ様がそうおっしゃるなら仕方ないですね……」
がっくし、と行った感じでテーブルに膝と手をついて失意を露わにするスズランの様子に、流石に可哀想になってきたドランツ。どうしたものか、と困ったような微笑みを浮かべつつ、スズランを持ち上げて手のひらに乗せて視線を合わせる。
「まぁ、スズランが絶対に嫌だっていうなら、北の街道でもいいけど……」
「いえ! そのお言葉は魅力的ですが、私はドランツ様のサポートをするための存在ですから! ドランツ様が行きたいところについていって、出来る限りのアドバイスをさせていただきます!」
ぶんぶんっ、と首を振った後でドランツの手の上に立ち上がりはっきりと宣言するスズラン。その様子にほっと一息つきつつ、それじゃあ、とドランツは立ち上がった。勿論、手の上のスズランを肩へ移動させることを忘れずに。
「じゃあ、とりあえず西の街道へ行こうか。どうせ今は大したアイテムも持ってないしな。刀もさっき作った木刀も持ってくとして……不壊の木刀は……無くなったりするのか?」
「大丈夫ですよ。もしなくなったとしても、チュートリアル特典で同じものがゲーム開始前にゲットできますから!」
ならばよし、と初期装備に先ほどまでの生産チュートリアルで作った武器数本、そして最初に貰った不壊の木刀をアイテムボックスに入れて部屋を出る。目指すのは西の街道だ。
街を歩いていると、ちらほらとドランツ以外のプレイヤーを見かける。誰も彼も楽しそうに眼を輝かせ、自分のサポートAIと仲良くやっているようだ。
そんな光景を眺めながら、スズランのナビに従って街を南へと移動する。元々ドランツ達がいた初心者宿は街の南側にあるので、南門までは直ぐに到着した。
「いいですか? ドランツ様。西の街道も北の街道も、その他街と街を結ぶ全ての街道に言えることですが、均されている道にはモンスターが一切入ってきません。だから戦う場合は、必ず道の外に出る必要があります」
南門を出てまっすぐ歩くと、北の街道に出た時と同じように深い堀と、それにかかった橋に出る。橋を渡りながらスズランの説明を聞き、ドランツは首をかしげた。
「しかし、北の街道でスズランがモンスターを召喚したのは均された道じゃなかったか?」
「あれは召喚したからですね。今言ったとおり通常はモンスターは街道に入ってこれません。例外はモンスターが人にくっついて街道の中に侵入してきた場合と、召喚術を持つ人が喚び寄せた場合だけです。えっと、どうして入ってこれないかは道すがらお教えしますね!」
では行きましょう! とドランツの頭の上によじ登るスズラン。その位置が、どうやらお気に召したようだった。
「ん、わかった。えっと、鉱生の森へ行くにはこの街道をまっすぐ進めば良かったんだよな?」
「はい、そうです! 丁度半分くらい進むと休憩所があるはずなので、そこまで頑張っていきましょー!」
「半分っていうと10キロメートルくらいか。だったら30分かからないくらいで行けるかな?」
「――――へ?」
「よし、スズラン。振り落とされないようにしっかり捕まってろよ? でも髪は抜くなよ、痛そうだから」
「え、アレ? いやいやいや、ドランツ様? 歩いて行くんじゃないんですか?」
「20キロメートル位なら余裕で走れるから、走ってく。途中、街道の外でモンスターを見かけたら斬ってくつもりだから、30分超えるかもしれないけど、まだまだ夜まで時間あるしな」
それじゃ、と1つ声をスズランにかけると、一般的に言うとかなり早いペースで走り始める。頭上にいるスズランが時々小さく悲鳴を上げるが、必死になって髪を掴んでいるのが引っ張られる頭皮を通じてドランツに伝わってくる。
「速い、速いですよドランツ様! も、もう少しゆっくりお願いしますー!」
「これでもだいぶゆっくりなんだけどなぁ」
「これでゆっくり!?」
はっはっは、と軽く笑いながら走るドランツと、その頭上で騒ぐスズラン。他のプレイヤーがいない街道を、2人はまっすぐ駆けていく。
一ヶ月以上放置することになってすいませんでした。少しずつは書いているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
お読み下さり、ありがとうございました。