第二話
門を出ると、そこには平らな平原がまっすぐ広がっていた。しっかりと石が敷き詰められた道が続いており、その脇にはどこまでも続くような原っぱが広がっている。少し遠くには農業地のような物が見える当たり、芸が細かいというかなんというか。
「ここは一応、まだアインザムの敷地内という扱いになります。さっきも説明したとおりアイザムは円形の形をしていて、街を取り囲むように大きな堀があります。東西南北に堀を渡るための橋が架けられてまして、そこまではこのように石で整地された道が続きますが、橋を渡ったらもうフィールドです。橋を渡るまではモンスターは出てこないので、注意してくださいね」
「了解、っと――これが橋か」
会話を続けながら歩く事数十分。一〇メートル位の幅を持った堀の深い川と、そこにかかる橋に出くわす。この橋は中央で別れる跳ね橋になっており、何かあった際は上げることが出来るんだとか。何かあった際って、一体何を想定しているんだろう。モンスターの大量襲撃とかだろうか。
「これが北の街道、か。広いなー。辺り一面草原だなぁ」
「アインザムの周りにある東西南北の四街道はどれも同じ感じですよ。でも生態系が結構異なっているので注意が必要ですけどね。さて、では戦闘のチュートリアルを始めていきましょう――召喚!」
スズランの体が一瞬光ると、ドランツの前に一メートルくらいの大きさをした兎のような何かが現れた。大きすぎる上に、何やら立派な角が生えてらっしゃる。
「何、これ?」
「ホーンラビットですね。一角兎とも呼ばれます。草食の獣で、繁殖力が非常に高いのが特徴です」
「兎なのか、やっぱり。にしてもでかい……」
「この世界のモンスターは基本的に大型ですよ。特に街道周りは草食、肉食問わず大型のモンスターが多いです。迷宮や森なんかには小型のモンスターも多いですよ? さて、それはさておいて、戦いましょう! 刀と徒手格闘、どちらを試しますか?」
「じゃあ、とりあえず刀で」
「わかりました! あ、そうそう、アーツの会得方式はどうしますか?」
「もちろん、修行方式で」
「あと、戦闘表現にはリアル方式とゲーム方式がありますが、どちらにしますか?」
「多分リアル方式にすると思うけど、具体的な説明をよろしく」
「わかりました! では簡単に説明すると、リアル方式は現実と同じようにダメージを受けますし、ダメージを与えられます。具体的に言えば腕を斬られれば腕が飛びますし、急所を攻撃すれば確定クリティカルになりますね」
「つまり現実世界で普通死ぬ攻撃を受ければ体力が一気に無くなるって事か」
「そうですね、そうなります。血が出るダメージを受ければ流血しますし、出血死もありえます。逆にゲーム方式だとダメージエフェクトだけが飛び散り肉体欠損は起こりません。ただ瀕死に近づくに連れて視界が赤く染まっていくようになります」
体力値がマスクになっているのだから、ゲージみたいなのを出す訳にはいかないらしい。
とりあえず、その二択であるならばやはりドランツの選択肢は一つしか無い。
「じゃあ、リアル方式で」
「分かりました、設定しますね! では――どうぞ!」
手元が光ったと思ったら、細長い何かが現れる。木刀だ。
「まずは基本として、武器の鑑定を行ってみましょう。木刀を見ながら鑑定と念じてみてください」
言われたとおりに念じると、木刀のステータスが表示される。
不壊の木刀 ランク一〇
絶対に壊れない、という奇跡の宿った木刀。木刀ゆえに攻撃力はあまりないが、それでも壊れないという事実に修行で愛用する物が多い
攻撃力1 耐久力無し 武器種別:刀 攻撃属性:打撃 特殊能力:金剛不壊
「なにこれ凄い」
「初心者練習用の武器です! チュートリアルで使う武器には全てこの金剛不壊という特殊能力がついています。実践では攻撃力が低すぎる上に攻撃属性が打撃なので刀としても使えないという性能になってしまいますが……。それでも、ホーンラビットを倒す分には全く問題がないです。ちなみにドランツ様は鑑定を持っているので今の方式ですが、鑑定がなくてもシステムウインドウから所持品の詳細は確認できますので、後でそちらも試してみてください」
「そうなのか。ちなみに、これはもらえたりするの? あと、ランクって何?」
「はい! チュートリアル参加記念として、差し上げます! ランクは武器の等級を示していて、最低がランク〇、最大がランク一〇です! この不壊の木刀については、金剛不壊の特殊能力がついているからランクが一〇なんですよね。ちなみにこのランクっていうのはモンスターや素材なんかにも適応されます」
「なるほど……。っていうかそんなのポンと渡していいのか……? まぁ、とりあえず序盤で刀を使う時はしばらくこれ使うかなぁ。壊れないっていうのは魅力的だ」
「でも、攻撃力かなり低いですよ? 渡せるのも、攻撃力が低いからですし」
「そこはほら、腕でカバーするさ。差し当たっては――試し斬りと行こうかな」
召喚されたまま、ドランツ達の方を気にせずにもしゃもしゃと草を食んでいたホーンラビットへ向かって一歩踏み出す。召喚されてから今まではスズランの力で行動を縛っていたようだが、これからは違う。合図をすれば野生の状態に戻り、外敵であるドランツへと向かってくるだろう。
「じゃ、よろしく頼む」
「了解しました! では――解放!」
スズランの言葉に合わせてホーンラビットが光り、それが収まったタイミングでその瞳がドランツを捉える。どうやら、敵として認識されたようだ。
「んじゃ、まずは軽く――ひと撫でするか」
タン、と軽く地面を蹴って駆け出し、ホーンラビットへと肉薄する。それを見て相手側も額の角をドランツに向けて動こうとするが、しかしもう遅い。軽く呼吸を整えてから腕を振り上げ、ホーンラビットの横を抜けつつその首へと向けて木刀を振り下ろす。
「――――ええ!?」
木刀がホーンラビットの首を断ち斬り、宙に舞う。そしてその情景を見たスズランが、信じられない物を見たという風な声を上げた。
「んむ……まぁ、こんなもんかな。木刀だし」
「いやいやいやいや!? ドランツ様何言ってますか!? 木刀ですよ木刀、なんで打撃属性の武器でモンスター斬ってるんですか!?」
「そりゃぁ、木の刀と書いて木刀だ。刀だったら斬れるに決まってるだろう」
「斬れないですよ!?」
だが実際に斬れるんだから何の問題もない。第一、木刀自体はしっかり刃となる部分が作られているので、斬ることは確かに難しいかもしれないが出来ないほどじゃないと思う。それを伝えたらスズランから信じられない物を見るような視線を向けられたんだが、どうしたものか。
それはさておき、初めて生き物をこの手で殺したわけだが……。正直なところ、何の感慨も沸かない自分が不思議でしょうがない。きっと何かしら気分の高揚だったり、命を奪ったことに対する喜びだったり、あるいは罪悪感だったりを抱くものだと考えていたんだが、その予想に反して正直それよりもしっかり自分の技を振るえた事の方に喜びを感じている。
人を斬りたい、命を奪いたい、というより技を使ってみたいという欲求のほうが高かったのだろうか?
しかし、それにしてはまだ、ドランツの中には斬りたいという欲求が燻り続けている。だからきっと――まだ答えは、出ないのだろう。この燻りが、欲求が何なのか。もっともっと斬って殺して見ないと、わからないことなのかもしれない。
「ま、まぁ、いいです……。ドランツ様が規格外だということは良くわかりました。ではどうされます? 徒手格闘術の方も試されますか?」
「いや、そっちはいいや。木刀振りつつ、蹴りなんかも同時に試していくことにする」
「わかりました。では引き続き戦闘のチュートリアルを行っていこうと思います。では、先ほどドランツ様が倒されたホーンラビットを見てください」
言われ、視線を向ける。そこには首が斬られて横たわるホーンラビットの姿があり、見ているとその死体が光となって消えていった。
「モンスター、あるいはプレイヤーの皆様方もそうですが、死亡した場合あの様に光となって消えてしまいます。これはリアル方式もゲーム方式も一緒です。ドロップアイテムは自動的にアイテムボックスの中に入りますが、何を獲得できたかは実際にアイテムボックスを確認するか、システムメッセージを見るまでわかりません。では、システムメッセージを見てみましょう。システムウインドウを開き、システムメッセージのタブを選んでください」
指示通りにシステムメッセージの画面を開くと、つらつらとメッセージがウインドウ上に流れていく。とりあえず一番先頭にあった、【戦闘結果】というメッセージを開いて確認する。
【システムメッセージ:ホーンラビットを撃破しました。アイテム、『一角兎の頭部×1』『一角兎の肉×2』『一角兎の体毛×1』を手に入れました】
なるほど、こんな感じで表示されるわけかと感心のうなずきを一つ。とりあえず操作方法は覚えたのでそのメッセージを閉じようと押すべきボタンを探す。と、その下に【習得条件を満たしてないアーツを習得しました】というメッセージを見つけた。
「スズラン、これは何だ?」
「はいはい? え、んー……これはあれですね、本来なら取れないアーツをゲットした、という事ですね」
「それは見ればわかる」
スズランもよくわかってないようだったので、とりあえず開いてみる。
【システムメッセージ:『峯岸流表式・御法』を使用したのでアーツとして登録します。しかし前提スキル『絶刀』『見極め』『剛剣』を覚えていないため、システム的バックアップを受けられません。上記スキルを自動習得しますか? YES/NO】
【システムメッセージ:『峯岸流裏式・若紫』を使用したのでアーツとして登録します。しかし前提スキル『操気術』『纏気術』を覚えていないため、システム的バックアップを受けられません。上記スキルを自動習得しますか? YES/NO】
「これは……って、ドランツ様、何をナチュラルにイエスを押そうとしていますか!?」
「え? 押しちゃ駄目だった?」
「ちょ、ちょっと待ってください! チュートリアルには本来ない事象なので、ゲームマスターへ問い合わせを行います」
スズランがシステムウインドウを呼び出して何やら操作を初める。というか、あれか。この世界、AIでも関係なくシステムウインドウを呼び出せるようだ。プレイヤーとの区別が非常に付けづらい気がする。
そもそも、今チュートリアルでこうして過ごしている中でも、スズランが非常に人間臭く感じる。人間臭いというより、人間そのものだ。喜怒哀楽の感情を持っているようにも見えるし、驚くリアクションや会話に対する反応がリアル過ぎる。彼女は――というよりもこの世界で生活するであろうノンプレイヤーキャラクター、即ちNPCは第何世代のAIなんだろうか。かなり失礼な質問になってしまうが、後でスズランに聞いてみるのもいいかもしれない。
VR関係の技術が生まれて以降、破竹の勢いで成長したのがAIの分野だ。それまでは本当に簡単な応答やプログラムに応じた行動しか取れなかったのが、瞬く間に人間のような受け答えができるようになり、つい最近の話になるが、第九世代とされたAI達に日本で市民権が与えられたことが世界規模のニュースになった。一部の訓練されたオタク達は『さすがは技術大国日本!』と褒め称えたが、世界中の主なリアクションは『さすがが技術大国日本……』とかなりドン引きしていたのを覚えている。同じ言葉でも言葉尻の『……』一つでこうも受ける印象が違うものかと驚いたものだ。
まぁ、それは置いておき、先ほどのシステムメッセージについて考えてみる。 峯岸流表式・御法、及び表式奥義・真木柱。どちらもドランツが身に付けている峯岸流の刀術にある位階の一つだ。
峯岸流は刀を主として武器を扱う表式、肉体のみで戦う裏式、双方の技術を全て収めた後に進む終式に分かれており、全部で五十四の項目に別れた技術体系をしている。その全ての項目に源氏物語の各帖の名前が冠されており、源氏流なんて別名も持っている。先ほどシステムメッセージに出た御法は、斬鉄の技術に関する項目の名前だ。先ほど木刀で斬撃を放てたのもその技術の応用である。
若紫は所謂『気』という不可視の力を肉体や武器に纏わせる事によって刃を作る技だ。気を操る術だから、操気術。漫画のような技だが、峯岸流はそんな技が非常に多い。
しかし、峯岸流。峯岸流だ。このメッセージを見ると、どう考えてもこの世界に峯岸流が存在していることになる。
考えられるのは、この重世界をプレゼントしてくれた時に爺ちゃんが言っていた一言。
「開発者に融通させた」
つまり、爺ちゃんは開発者とコンタクトが取れる立場にいたわけだ。そこから導き出される結論としては、爺ちゃんがゲーム開発に参加し、この世界に峯岸流を存在させたということになる。
「……まぁ、考えてもしょうが無いか。この世界でも問題なく峯岸流が使えるって事がわかっただけでも十分だし」
現実世界と同じことができる、という歌い文句であるとはいえどこまで再現できるのかが不安だったので早めに確認できてよかった。
ともあれ、他のそんな事をつらつら考えていても暇なので、他のシステムメッセージに目を通す。ほとんどがこれまでのチュートリアルについての完了メッセージだ。名付けやらスキル習得やらのメッセージがずっと流れている。
次に、アイテムボックスをメニューから選んで表示させる。そこには先ほどゲットしたばかりのアイテムが並んでおり、ドランツが今持っている木刀もあった。とりあえず、これを取り出すにはどうすればいいのだろうか?
「スズラン、アイテムボックスの中身はどうやって取り出せばいいんだ?」
「ああもう、運営、対応が遅――は、はい!、ええっと! アイテムボックス欄にある『アイテムボックスの可視化』を選んでください。そうすれば、腰にアイテムボックスの出入り口になる袋が出てきますのでその中に手を入れて出したいアイテムを想起してください。袋に手を入れれば、何があるか頭のなかに浮かんできますので。デフォルトは不可視化設定なので、その場合はウインドウを開いてアイテムを選択することで実体化ができますよ」
「なるほど、ありがとう」
礼を言い、素直に可視化を行う。すると腰に小さな袋が現れた。ちなみに今の僕の格好は、革製のズボンにベルト、布製の上着だ。どうやらこれが初期装備というものらしい。腰に現れた袋は、ベルトを徹す穴に糸で括りつけられている。
「と、これが一角兎の体毛、ね。毛皮かと思ったら本当に毛だけなんだなぁ」
アイテムボックスに手を突っ込んで、先ほど入手したアイテムを意識しつつ取り出してみる。一角兎の体毛は密封された袋に収められていた。どうやら、このあたりの加工なども自動的に行われるらしい。後で肉についても確認してみよう。
「あ、返事が帰ってきました! ええっと、これは……。え?」
「うん? どうした、スズラン」
アイテムボックスへ一角兎の毛を戻し、自分のウインドウを見ながら固まっているスズランへと歩み寄る。
「ああ、えっと……さっきのアレなんですが」
「ああ。あれ、結局イエスを押すとどうなるんだ?」
「可能な限り、条件に合うスキルを取ります。先ほどの場合だと『絶刀』『見極め』『剛剣』『操気術』『纏気術』『神刀』の六スキルが自動で習得できます」
「自動でって……どういうことだ?」
「例えば絶刀というスキルですが、これを取るには戦刀術というスキルが必要となります。戦刀術を覚えるには刀術のレベルが一〇〇になってる必要がありますので、自動的に刀術が一〇〇になって戦刀術を覚え、さらにそれもレベル一〇〇になって絶刀を覚えますね。さらに神刀は絶刀が前提条件になるので、絶刀もレベル一〇〇になります」
何だそれ、地味に狡いような気がするんだがどうだろうか。そう思いつつ、新しいスキルを覚えるにはレベル一〇〇になる必要があるという部分が気になったので質問してみる。
「そう、ですね。では説明します。まず、ウインドウのスキルタブを開いてください。そこにスキルツリーという項目がありますよね?」
「ああ、あるな。これを開けばいいのか?」
「はい。開くと、今習得しているスキルが出てきますけど、そのスキルを囲っている枠の色は何色ですか?」
「茶色……いや、銅色かこれ、もしかして」
刀術の項目を見ると、その縁が輝くような銅色に見える。それは刀術だけではなく、今覚えている全てのスキルが同じだ。
「はい。覚えたばかりのスキルは全て銅枠で覆われています。そしてレベル一〇〇になることで銀枠になり、完全にその能力を覚えた証になります。銀枠のスキルが出来ると、そのスキルから派生したスキルがスキルリストに追加されていきますね。銀枠になると装備スキル、未装備スキルの欄から外れますが、ずっとその効果を得れる事になります。基礎は身に付けた、と判断されるわけですね」
「なるほど。で、金枠にするにはどうしたらいいんだ? 銅、銀ときたら次は金だと思うんだが」
「金枠になるのは、熟練度が一〇〇になった場合ですね。その技能に属する行動をとり続ければ熟練度が上がり、金枠はそのスキルが完全に身についたことを示します。熟練度はスキルを覚えた段階から溜まっていきますが、現状はマスクデータになっているので閲覧できません。確認はメッセージでするしかないですね。今のところゲーム的に金枠になることで得れる恩恵は実装されていませんが、恐らくその内実装されると思いますので、気長に待ってくださいね」
なるほど、と頷きつつ先ほどのシステムメッセージを開き、イエスを選んで押し込む。が、何の変化もない。
「あれ、この機能、壊れてる?」
「いえ、あの、ドランツ様? 申し訳ないんですが、今はチュートリアル中なのでその機能は使えなくなっているみたいです」
「なんだ、そうなのか」
「チュートリアルなので、基本的にこの期間に上がったスキルレベルや獲得したアーツはゲーム開始時に全て初期化されます。アイテムは例外として保存する事が出来ますけど、宿のアイテムボックスに収めておく必要があります。チュートリアル後は改めて宿から始めていただくことになりますので、よかったらその時に機能を使ってみてください」
「わかった。んじゃ、とりあえず戦闘に関するチュートリアルは以上になるのか?」
「はい、戦闘に関するチュートリアルは以上になります。ドランツ様がよろしければ後何体か召喚して戦うことも出来ますけど、どうしますか?」
スズランの提案に少し考える。自身をよく知るためにはまだ何度か戦ったほうがいいような気もするが、しかしあの程度の敵を倒し続けた所で答えは出ないような予感もする。なのでとりあえず、実際に世界を旅するようになってから斬って殺して確かめる事にしよう。
「あー、いいや。サクサク行こう。じゃあ、次はどんなチュートリアルになるんだ?」
「わかりました。では次は生産系のチュートリアルに行きましょう。ドランツ様が取っているのは料理と鍛冶、木工ですね。今の時間は……まだまだ七時になるかどうかというところなので、全部の生産についてチュートリアルを受けれますが、どうしますか?」
「そうだなぁ……。夜が明けてお腹も減ったし、とりあえず料理で行こう」
気が付けば、もう朝だ。夜中の零時スタートだったとはいえ、すでに一日の四分の一以上が経過したことになる。実のところスズランからの説明よりも、目的地へ移動する時間のほうが多くかかっている。現実世界で言うと、少し大きめの街くらいは確実に面積があるように思える。
この世界、なにげに腹は減るし眠気も抱く仕様になっている。睡眠についてはこちらで寝た分が実際に現実でも寝ていることになるらしいが、三十分が一日の世界で数時間眠った所で、現実世界では数分しか寝てないことになるような気がするんだが、そのあたりはどうなってるんだろうか。よくわからないので、ドランツは基本的に現実世界での余暇――平日は主に夕食後から寝るまでの間、休日は鍛錬と鍛冶を終えた後の時間にこちらへ来る予定だ。
現実でもしっかり寝ないと、なんだか怖いのでしょうがない。鍛冶してる時にうとうとしてたら危ないし。
今回は普段の起床時間である朝の四時に起きる予定なのだが、もしそれでいつも通りの調子だったら明日以降も寝ながらダイブをするつもりだ。
そんな事を考えつつ、スズランの案内に従って歩いてやってきたのは、何時間か前に出てきた宿だ。自室に戻りましょうと言われて素直に戻ったはいいが、さてここにキッチンは無かったような気がするんだが。
「はい、では料理をしていきましょう! 先ほどホーンラビットを倒した時に出てきた一角兎の肉を出してみてください」
とりあえず従おう、と取り出すと、割と大きめのブロックになった肉が出てくる。ビニールに包まれたそれはひと目で新鮮さがわかるが、さてこれをどうするのだろうか?
「各自室には、簡易的なキッチンが実は備わってます! とは言え、追加の道具も無しに出来るのは焼く、煮る、くらいでしょうけど」
これがそうです、と壁にあった包丁マークのボタンをスズランが押すと、駆動音とともに壁がせり上がり、空間ができてキッチンが出てくる。何だこの、無駄にハイテクな感じは。街並みの中世的な世界感からかけ離れているような気がしてならない。というか違和感しか無い。
「なぁ、スズラン。これ……いいのか? 世界感的に」
「え? ああ、大丈夫ですよ! アインザムは現実世界でいうところの中世ヨーロッパをイメージしていますが、先の街に行けば近未来から遠未来をイメージしたすごい街もありますからね!」
「そうなのか……。ということはそういう感じの生産スキルもあるのか?」
機械工とか、プログラマーとか、そういう感じの。
「はい、ありますよ。でもそれはまだ実装されていませんので、覚えられるようになるのは先の話ですね」
具体的には二度目の大型メンテナンスが終わった後の予定です、とそれ言っていいのかよと思う情報を話してくれるスズラン。いや、ありがたいが、先に聞いてしまうと微妙にネタバレ感があるというか、なんというか。自分で聞いておいて何だが、そこは「禁則事項です!」とか言って貰いたかった気がする。
「初期で配備されているのはフライパンにお鍋、薬缶に包丁、まな板ですね! 調味料は買わないと無いんですが、今回はチュートリアルなので塩胡椒は用意しました! 料理については現実世界とやることは変わりません。食材によっては特殊な処理が必要になるものもありますが、それは自力で調べてみてくださいね」
「わかった。それじゃあ、まずは軽くステーキでも作るか。……朝っぱらからやや重い気もするが」
この世界初めての食べ物がウサギ肉のステーキというのも、なんというか。まぁ、モンスター食材という意味では、ゲームの世界だというインパクトがあっていいのかもしれない。自分で言った通り朝ごはんとしては少々どころではなく重いが、材料的にも仕方がない。
あまり道具もないので、簡単に調理することにする。まな板の上にブロック肉を乗せ、そこそこの大きさにカット。柔らかい肉質で、食べやすそうである。
切り分けた肉をコンロの上で熱したフライパンに載せ、中火で仲間でしっかり火を通す。最後は表面がパリっとなるように強火で一気に焼き上げ、ぱらぱらと塩胡椒を振って終わりだ。
というか、これくらいしか出来ないのが若干悲しい。金が溜まったら色々食材を買い込むのもいいかもしれない。
「ほい、スズラン。とりあえず二人前作ったから、食べようぜ」
「えぇ!? 私もいいんですか?」
「うん? そりゃそうだろう。ぁー、でもそのサイズだと食べづらいか?」
マスコットサイズであることをあまり考慮せず、自分用の半分程度の大きさで作ってしまった。基本的にドランツは大食漢なので今回のステーキも結構厚いわけだが、スズランはこれ、食べれるんだろうか。
「大丈夫です! マスコットモードからプレイヤーモードにもなれますから!」
そう言ってウインドウを呼び出し何かの操作をすると、スズランの体が光り、大きくなる。光が収まれば、最初アバターを決めた時にあの部屋に立っていたスズランそのままの姿がそこに居た。
「燃費が悪いのでプレイヤーモードはあんまり好きじゃないんですけど、ステーキ美味しそうですしね! それに使ったエネルギーは食べることで回復できますし!」
そういうものなのか。まぁ、NPCはそういう仕様になっているのかもしれない。口にだすのは無粋なので言わないが。
「それじゃあまぁ、食べるか」
「はい、いただきます」
テーブルに配膳を済ませると向い合って椅子に座り、手を合わせて食べ始める。塩胡椒でしか味付けはしてないが、十分に美味しい。現実世界で兎肉を食べた事はないので比較のしようがないのだが、少なくともホーンラビットの肉はあっさりした鶏肉風の触感だった。これなら、食材としてしっかり確保するのも悪くない。
「フィールドに自生している野菜とか草花も食べれたりするのか?」
「食べれるものは食べれますね。その辺りは冒険者ギルドで買える植物図鑑なんかを参考にしてください。鑑定スキルや料理スキルが上位スキルに上がっていくと、図鑑がなくても食べられるものとか食べれないものとか、特殊な料理の仕方とかが出てくることもあるのかもしれないですよ?」
「それ、言っていいのか?」
「美味しいご飯を頂いたので、その分のサービスです!」
それでいいのか、チュートリアルだというのに。
というか、やはりどう考えても人間臭すぎるというか、スズランはしっかり感情を持っているようにみえる。これは、この世界で生きるNPCのAIが第九世代以降であるか、あるいはそうじゃなくても第八世代レベルである可能性が高くなってきた。
だからといってどうということはないんだが、現実世界でも自分は正直人付き合いがあまり上手じゃない。うまくやっていけるか若干心配だ。
まぁ――そこまで人付き合いを気にしなくても、生き物を斬れて育てた武を振るえるならばそれでいいような気もするけど。
お読みくださってありがとうございます。