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斬竜手段の求め方  作者: 七星かいと
第一章 屠龍の一閃
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プロローグ

 どうでもいい――あるいはどうでも良くない話かもしれないが、とりあえず自分――峯岸竜二は剣を振るうのが大好きだ。ついでに言えば、拳を振るうのも大好きだ。

 実家が昔から続く剣術・武術の道場で刀鍛冶だったため、子供の頃から生活にずっと剣はついてまわっていた。

 朝起きて剣を振り、学校に行って帰ってきたら剣を鍛え、寝る前に剣を振って――の繰り返しだ。

 そんな生活のせいなのか、元々素質があったのか。竜二は数年前――中学校に上がった頃から、ひとつの欲求に取り憑かれている。


 ――斬りたい。殴りたい。自分の力を思う存分生物で試してみたい。


人を、生物を、動物を――ありとあらゆるものを斬り、殴りたいという、そんなどうしようもない欲求。幼いころから鍛え上げてきた自分の実力を遺憾なく発揮して戦い、その結果として相手を殺傷さしめたいという、狂人の欲求。

最も、自分自身でもそれが単純に自分の力を試したいだけなのか、それとも生き物を殺したいだけなのか、それはわかっていない。ただ、事実としてそういう欲求を抱いてしまっていることに、それを自覚してからの三年間以上、ずっと悩んできた。


 一応竜二は一般的な――とは言いがたいがまっとうな日本家庭に生まれた、ごくごく普通の――とは言えないかもしれないが、現代日本の倫理観の元に育てられた子供だ。

だからこそ、それが、その欲求が異常であると自覚している。持ってはいけない思想なのだと認識している。


最初にそれに気がついた時には自分が狂っているのかと思った。

そして、そんな自分が不安になり、不安すぎて狂うかと思った。

人を殴りたいという欲求については、思う存分道場の人たちと殴り合いをすることで発散した。おかげさまで多少なりとも欲求は薄れたが、それ以上に技量が上がっていくことでさらなる欲求に取りつかれ、その技で殴り合いを――という感じで悪循環に陥っている。


 しかしそれでもまぁ、発散は出来ているから一応は大丈夫だ。

人を斬りたいという欲求については、結局は剣客を自認していた爺ちゃんに相談し、「生まれてきた時代を間違えたなぁ」なんてお言葉を頂戴した上で、斬りたいという欲求を発散するために料理の道を勧められた。


 料理だって、材料を切るわけだから――そこで精神的な安定を持てるかもしれないと、そういうことだったのだと思う。

 実際問題、自分は料理をし始めてから少しずつ斬りたいという欲求が薄れたようにも思う。


 しかし、薄れただけ、なのだ。

 やはり根本的に斬りたいという欲求は無くならず、今こうしてキャベツを千切りにしているさなかでさえ、人斬りをしたい、生きているものを斬り殺したいという欲求に悩んでいる。


「まぁ、そんな事を考えている辺りシュールってやつなんだろうけどね」


 呟き、刻んだキャベツを更に乗せる。

傍らで香ばしい音と匂いを立てる中華鍋の中には、なみなみと注がれた油とその中であげられているとんかつの姿が。

家族に提供する予定の、とんかつ定食が丁度出来上がりかけているところである。


「後は付け合せにレモンと……ああ、漬物も必要かな。沢庵漬けでいいかねぇ」


 手際よく包丁を洗い、冷蔵庫からレモンや漬物を取り出して皿に盛っていく。

合計七皿に平等な形で盛り付けると、最後は主役のとんかつだ。

油の中から取り出し、まな板の上で包丁によって解体する。

サクッ、という小気味良い音と共に肉を切る感触を心地よく思いながら、七切れ程度に分けたとんかつを皿に載せて完成。

それを合計六回ほど繰り返して七つの皿を用意すると、居間で食事を待っている家族へと声を掛ける。


「おーい、とんかつ上がったから持ってってくれー」


「はーい! お兄ちゃん、ちょっとまってー」


 とたとたと駆け寄ってきた可愛い妹の姿に和む。

この妹、世界で一番可愛いと家族一同で意見が一致しているわけだが、それはさておいて。


「熱いしちょっと重いから気をつけて運べよ――っていうか父さんに母さんも手伝ってくれよ。ご飯をよそうくらいでもいいからさー」


 了解了解、と妹に続いて今から出てくる両親にその辺りの雑事を任せ、竜二は料理の後片付けをさっさと済ませていく。

我が家の食事事情を一手に引き受けるようになってから三年――もうこの辺の手際も随分慣れたものだ。

片付けを済ませて居間に移動すると、テーブルの上に並べられた料理を前に植えている家族が六人、早く来いと目で語っている様子に出くわす。


「おまたせ。それじゃあ、爺ちゃん」


「おう。んじゃ、全員揃ったんで――頂きます」


 いただきます、と爺ちゃんに続いて唱和。皆それぞれ箸を動かし始める。

まずは自分で揚げたとんかつを箸に取って、特性のソースを絡ませてから一口。

うん、しっかり火が通っていて、さっくり歯で切れる歯ごたえがなんとも言えない。我ながら美味しい。


「んー! やっぱりお兄ちゃんの料理は美味しいねぇ。これは私も負けてられないなー。頑張って料理しないとー」


「まぁ、花嫁修業にはちょうどいいかもな。僕だって四年でこれくらいになったわけだし、美久だったらもっと早く上達できると思うよ」


「やっだー、お兄ちゃん! 花嫁修業なんて私にはまだ早いよー」


「料理をすることに早いも遅いも無いと思うけどね。まぁ、それはいいや。爺ちゃん、味どう?」


「ん? ああ――美味いぞ。また腕を上げたな、竜二」


 言葉少なげに褒めてくれた祖父に、内心でガッツポーズを決める。

昭和初期を彷彿とさせるイメージの爺であり、そのイメージ通りに結構辛口な相手からの褒め言葉だ。結構嬉しい。


「そう、だなぁ――なぁ、竜二よ。お前、いくつになったっけか」


「なんだよボケたのか? 爺ちゃん。つい先週、十六になった祝をしたじゃないか」


「ああ、そうだった、そうだったな――。そうか、もう十六か。ふむ……そういえば、俺からは誕生日の祝い物をやってなかったかよ」


 箸を置いてなにやら頷き出した様子に首をかしげる。

爺ちゃんが竜二の誕生日に物でプレゼントを用意しないのは結構今更な話だからだ。妹の誕生日となれば家族一同しっかりと念入りに準備した上で誕生日を祝うのだが、長男である僕の場合はそれこそ形式的なというのもあれだが、普通の誕生日である。

日中は門下生の皆からお祝い(の扱き)を受け、ごちそう(自分作)を食べ、ケーキ(自分作)を食べ、妹と両親から誕生日プレゼントを貰い、爺ちゃんには新しい剣の技を教えてもらう。爺ちゃんからの誕生日プレゼントといえば、剣技であることが常だったし、この間の誕生日にもそれを貰っている。


「祝いものっていうなら、技を教えてもらったじゃないか。それに、免許皆伝の印可も貰ったし、それ以上は自分で研鑽するものだって爺ちゃんも言ってたし」


「そりゃそうだがよ。だからこそ――この平和な時代にその齢でそこまで至ってしまった馬鹿な孫に、自在に人を、生き物を斬り、鍛えた腕を存分に試す場を与えてやろうと、そう思ったのよ」


 そう言いながら、爺ちゃんは残っていたとんかつの最後の一切れを口に入れ、咀嚼。

いつの間にか綺麗サッパリなくなっていた皿を置き去りにして、ちょっと待ってろと告げた上で居間を出て行く。足音の方向からして、多分自室に戻ったんだと思われる。


「……え? ちょっとまって、人を斬る場を与えようって……。中東あたりの戦場に行ける片道切符とか?」


「いやいやいや、どういう発想だよ、竜二。さすがに爺さんがそこまでトチ狂ったプレゼントは出さないと思うぞ? 精々殺人許可証取り出す程度で」


「そうねぇ、義父さん色々アグレッシブな人だから誤解されがちだけど、あれでなかなか常識人だから大丈夫だと思うわよ? ――政府公認っていい言葉よね?」


「ねぇ、父さん、母さん。不安しか増さないんだけど、それ宥めてるの? 説得してるの?」


「……何わけわからないことで盛り上がってんだ、お前たち。とりあえず、ほら――これが、俺からやれる誕生の祝い物だ」


 くだらないことを親子で言い合っていると、爺ちゃんが大きめの箱と小さい箱を一つずつ持ってきて、見えやすいように置く。

それは――


「ヒュピノシス!? ちょ、爺ちゃん――これ、一〇万円くらいするやつだろ!? それにそれって、確か一週間後に正式運用が始まる新作のゲームで、倍率とんでもないんじゃなかったっけ!?」


「ああ、まぁ、ソフト含めて大体一二万円はしたがよ。まぁ、可愛い孫の悩みを解決できるかもしれない逸品だ――いくらかかっても足りないものかよ」


 爺ちゃんが用意してくれたもの。

それは仮想現実世界への切符とも呼ばれる機械、ヒュピノシス。


今から一○年ほど前、この日本のとある研究機関が仮想現実世界に人の意識を潜らせる技術を発表した。

それが世界中に認知されるまで五年の歳月がかかり、今では医療、軍事、教育に留まらず、世界各国で様々な用途として使用されている。

そしてその用途の一つが、娯楽だ。


バーチャルリアリティ。即ち仮想現実世界はVRと呼称され、それまでゲームについていた略称の頭にそのまま付けられることになる。

シューティングやロールプレイング、アドベンチャーやシュミレーション。

それらのゲームが三年ほど前から仮想現実で行われるようになり、そしてそれはオンラインへと普及するようになる。

VRMMORPG。即ち仮想現実世界での大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。


 技術的な安全面などを考慮した上でニ年前までは禁止されていたジャンルではあったが、これまた仮想現実技術を発表した日本の研究機関がブレイクスルーを行い、それらの問題を解決したことで実現へと至った。

勿論、ゲームを作るのには世界観などの設定、システムインターフェースなどの開発も必要であったから、技術的に可能になってから実際に稼働するまでにニ年もの――あるいはたったニ年の歳月がかかった。

そして今、爺ちゃんが用意したヒュピノシスはそのゲームをやるためだけに新規開発されたインターフェースで、そして小さい箱に包まれたゲームが世界初のVRMMORPGである『DUAL WORLD ONLINE』――通称『重世界』だ。


つい半年前にベータテストと呼ばれる実地試験が終了し、綿密な調整を行った上で発売になったこのゲーム。正式運用開始日が来週の日曜日で、日付が変わると同時にスタートする。

発売日は昨日だが、そもそも予約過多で抽選に当たらない限り手に入らない代物だったはずだ。それはベータテスターであっても例外ではないらしく、まったく優遇措置は無かったんだとか。

 実際、抽選落ちして運用開始からプレイできなかったベータテスターが、その鬱憤を晴らすべくインターネットに大量の情報を載せたのは記憶に新しい。


「あ、ありがとう……。その、めちゃくちゃ嬉しい――けど。えっと、これどうやって手に入れたの? 爺ちゃん」


 そう、普段インターネットをほとんどやらない爺ちゃんがどうやってこれを手に入れたのかがものすごく気になる。嬉しすぎてテンションが天元突破して奇行に走りたくなるが、ぐっと我慢して疑問の追求だ。もしかしたら出るとこに出る羽目になるかもしれない。

 なにせこの爺ちゃん――実際に何度か警察沙汰起こしてるからなぁ……。全て正当防衛とはいえ、一歩間違えれば過剰防衛に取られる可能性がある程度の。


「ん、まぁ、なんだ――ちょっとしたコネって奴だ。開発者に融通させただけよ」


「開発者に融通って何してんだ爺ちゃん―――!?」


 ちなみに父さん母さん妹はぽかーん、と僕らの話を聞いている。

というか妹は、目を輝かせてヒュピノシスの箱を眺めている。超可愛い。


「ねぇねぇ、おじいちゃん! これ、美久にもできる? できる?」


「出来ねぇ事はないらしいが――まぁ、もうすこし我慢だな。次の誕生日にゃ、美久用のこれを買ってやるからよ。しばらくは、我慢せぇ」


 これは竜二のもんだからな。

そう告げた爺ちゃんに頷くと、大きい箱を両手に持ってはいっ、と僕の前に差し出してくる我が妹。


「ありがとう、美久。――うん、ありがとう、爺ちゃん」


「ま、礼は良いってことよ――可愛い孫のために一肌脱いだだけだからな。まぁ、奴らにはちょっとかわいそうなことをしたが――」


「待って爺ちゃん超待って。誰に何して手に入れたのさ――!!」


「何、昔の貸しを返してもらっただけのことよ。竜二は気にするこっちゃねぇよ。ま、その世界、剣と魔法のファンタジーって奴だからな。お前のその欲求も、満たせんだろーよ」


「ん――――うん。本当に、本当に……ありがとう」


 竜二の欲求――斬りたい、そして殴りたい。それが、この世界ならば満たされる。

肉の感触を得たいわけじゃない。闇雲に命を奪いたいわけじゃない。ただ竜二は、自分が打った刀を振るい、得た技を存分に試してみたいのだ。

刀鍛冶である峯岸の名を継いだ者として、同時に峯岸流の跡取りとして。

あぁ――ゲームを初められる一週間後が、とても楽しみだ。



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