死に神
ここは総合病院。県下でも有名な大きな病院だ。
私はそこに入院している。
もう2週間になるかな。
特に重い病気ではなかったが、長期入院の予定だ。
医者が言うには2ヶ月くらいかかるらしい。
ちょうど仕事にも疲れていたし、長期休暇だと思ってのんびり過ごすつもりだったが、2週間も経てばそんな生活も飽き飽きした。
(あー、なんて退屈な毎日だ。これなら仕事してる方がマシだ。)
最近は退屈で病院内をうろうろするようになっていたが、それでも何か面白いわけでもない。
(今日は外来受け付けでも行ってみようかな。)
特に目的もなく、広々とした外来受け付けの待合椅子に、読む気もない本を片手に座った。
多くの人々が椅子に座って名前を呼ばれるのを待っている。静かでザワザワした空間だ。
あー退屈だ退屈だと思っていたら、隣に人が座っていることに気付いた。
(いつから横に座っていたんだろうか。)
ごく普通の男だ。何か特長があるわけでもなく、年齢もよくわからない。
髪型、顔、服装、身長、どれもこれも普通だ。特長をしいて言うなら地味だ。
普段ならどうってことないことだが、余りに退屈なせいか、わざわざ関心を持つことにした。
なにげにしばらく考えた揚句、
「どこか悪いんですか?」
と私はついに声をかけた。
その男は少し驚いた表情を見せたが、
「あ、いえ…。」
と答え、目をそらした。
声質も返答も普通だ。余計に関心を持った。
「病気じゃなかったら付き添いですか?」
この質問に
「いや…そういうわけでは…。」
と男は答えた。
私はますます気になった。
(なんなんだ?この存在感の無さは。こんなヤツ見たことない。)
暇だけに逆に面白くなってどんどん質問してやった。
しかし差し障りのない返答ばかり言うので、今度は自分の事をぺらぺら話してやった。
病気のこと、仕事のこと、彼女にフラれた話、小さい頃の思い出…。
一方的にしゃべっていたが、その男はふんふんと無難な相槌をしながら聞いている。
少しは笑わかせてやろうと面白おかしく話をすると、時間が経つにつれ少しは顔が緩むようになった。
ひとしきり話し終わると、初めてその男の方から話してきた。
「私が見えるんですね。」
一瞬何を言っているかわからなかったが、
「見えるとも!」
と膝を叩いてやった。
パチンと音がして男は苦笑いし、そしてこう言った。
「私が人に話し掛けられたのは久しぶりですよ。」
私が不思議そうにしていると男は続けた、
「私は死に神なんです。」
と言った。
「ほう。というと?」
私は半信半疑な顔で返した。男は、
「疑うのも無理はないですね。ただあなたが私を見つけ、熱心に話し掛けてくれたことで私も喋る気になりました。」
私は何か閉ざされたの心をこじ開けた気分になって、妙に嬉しくなった。
そして、私はこう言った。
「死に神が本当なら、いろいろ聞きたいものですな。」
それからはいろいろな事を質問し、いろいろなことを聞かされた。
どうやら死に神というのは本当のようだ。
彼との話をまとめるとこうだ。
死に神は人間界と霊界とちょうど中間に存在している。
人間界では、ただ目立たぬように覚えられないように地味で存在感のない格好をしている。つまり石ころのようなものだ。
おかげで手術室や事件現場でも、どこにでも入って行ける。
日々、どこかでもうすぐ亡くなる人を探していて、そういう人を見つけたらしばらくそばにいて死を待つ。
そして亡くなったらその霊体に死を迎えた事を教えるのだそうだ。
中には自分が亡くなったことを認めない霊体や、怨みや憎しみが強くて人間界に残ろうとする霊体がいて、説得するのに苦労するらしい。
そして説得に応じなかった霊体が俗に言う幽霊なんだとか。
人間界で死に神は、不吉な存在に思われているみたいだが、自分は死を教える案内人なんだと主張した。
「…私が側にいるから死が訪れるのではなくて、死が訪れるから私が側にいるだけなんですよ…。」
なるほど、と納得した。
しかし、いろんな疑問が湧いてくる。
普段、幽霊を見つけた時、説得しないのか?と聞いたら、
「幽霊を説得するのは至難の技ですよ。一度説得に応じなかったわけですから。人間と違って反省しないですからね。
だからそんな面倒なことはしません。
ま、たまに死に神が死に際に間に合わなくて、迷ってる幽霊を見つけたら声をかけますが。」
死に神が間に合わないことがあるのか?なかなか面白い。
他にも、
「旅客機墜落などは大変ですよ。飛行機内に死に神がたくさん乗っている。席がないから皆立っている。
墜落したら手分けして死を教えて回るんですよ。
多くの死者の割に死に神の数が少ない時は大変なんですよ。」
ふむふむ。
「私は人間界にも存在してるんで、前に死者と一緒に生き埋めになったことがありましてね。私もしばらく埋まったままでしたよ。
昔、密室に閉じ込められて餓死された人の側にいた死に神は何十年もそこにいたと聞いています。
最近では我々も近づく距離を考えるようにしています。」
非常に興味深い話だ。聞きたい話が山ほど出てくる。
しかし、なんで私に死に神が見つけられたのだろうか。
死に神は答えた。
「あなたはだいぶ退屈してたんでしょう?だからこそ存在の薄い私にも気がついたのかも知れないですね。
実は存在感がないのも大変で人込みではよく人にぶつかるしよく足を踏まれます。
逆に誰もいないはずの場所に一人でいると見つけられやすいんですよ。
ほどほどに人がいる方が私には居心地がいいんです。」
死に神の話は尽きなかった。
気がつくと時間はかなり過ぎていた。
話は大変面白かったがさすがに疲れてきた。健康体ではないのだから。
そろそろ戻らなくてはいけない。
名残惜しかったが病室に帰る事にした。
死に神に、しばらくここにいるのか聞くと、
「しばらくいるかも知れないし、そうでないかも知れない。」とあやふやな答だった。
しかし、久しぶりに楽しい時間だった。明日も話をしようと思った。
次の日、病院内を探し廻ったが、死に神は見つからなかった。
次の日も、その次の日も、またその次の日も…。
不思議な事に彼の顔も服装も全く思い出せない。
そのうち、もう会うこともないのかと諦め、また退屈な入院生活を送っていた。
そんなある日、病室を出た所で壁際に男が立っていることに気付いた。
(こいつだ!)
と、直感した。
顔も服装も覚えてなかったが、こいつに間違いないと確信し、思わず声をかけた。
「ずっと探してたんですよ。どこに居たんですか。」
男は答えた。
「私はずっと居ましたよ。あなたは私を探しているみたいでしたね。」
「そうだよ。なんで見つけられなかったんだろう。」
「あなたは私を探すことに没頭していた。つまり、退屈じゃなかったんですね。」
そういう事かと変に納得した。
それではと思い、この間の話の続きをしたいと思った時、死に神の隣にもう一人それらしき男がいることに気付いた。
よく見るとその隣にもう一人、そしてその隣にもう一人…。
いや、病棟の廊下にたくさんの死に神がいた。
私は隣の死に神に、
「どういうことだ?何かあるのか?」
と問い詰めたが、死に神は、
「私の口からは何も申し上げることはありません。」
としか言わなかった。
私は急いで病院を飛び出した。
病院を出るまでに、外来受け付けにもたくさんの死に神が集まっているのを見た。
死に物狂いで自宅に帰った。
テレビをつけ、ニュース速報を待った。その間、何か起きていないかネットでも調べ始めた。調べても調べても何も見つからなかった。
(あの病院で何か大きな事件が起きるかもしれない!大変だ…大変だ…)
しかし、こんなこと誰に言えるわけでもないし、だれも信じてくれないだろう。
(どうしたいい…どうしたらいい…)
彼はマンションの一室でパソコンに向かい必死になって調べていた。そしてどうしたら良いか考えていた。考えても考えても答えは見つからなかった。そんな彼のすぐそばには、死に神がじっと立っていた。




