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昼食と幻想の少女

 倉戸高校の文芸部は三階の端に存在している。


 部員数は規定ぎりぎりの四人であり、その四人のうち一人は幽霊部員であるが生徒も教師もその事実を知る者はいない。知っているのは文芸部員三人だけである。


 部室は広くもなければ狭くもないと言った中途半端であるが、三人だけならそれなりに広い。


 部屋の真ん中には長机が存在感を放っており、それを取り囲むように椅子が置かれていている。長机の上には文芸部らしく、多種に渡る本が雑多に積み上げられて次の読者を待っている。


「あ~、お腹減った~、って、何よ~、机の上が散らかったままじゃない! 誰よ~? これじゃ、お昼が食べられないじゃない!」


 机の上の惨状を見て仁藤がぼやく。


「何言ってるんですか、これは昨日、部長が散らかしたやつじゃないですか」


「え? 私だっけ? う~ん……」


 仁藤は昨日の記憶を思い出すために頭を押さえる仕草をする。司はこんなことをしなくても、普通に思い出せるはずだろと心の中で思うが決して口には出さない。口に出したら面倒なことになる可能性が高いし、仁藤本人も真剣なのは間違いないからだ。


「あ! そう言えばそうかも……」


 手をポンと打つ。


「しっかりしてくださいよ。それに俺は昨日言いましたよ。明日部室に来たら本を片付けておいてくださいって」


「そうだった、そうだった!」


 納得した表情をする仁藤をほっとき司は一冊の本を取る。本には題名が無く真っ黒な表紙以外には何も写ってはいない。


「部長、この題名の無い本ってなんですか?」


「ああ、その本なら黒魔術の本よ」


「黒魔術?」


「司くん、黒魔術を知らないの?」


「いや、名前ぐらいは……」


 そもそも普通の学生は黒魔術なんて名前ぐらいしか知らないし、知る必要もないのだが、仁藤は違った。


所謂普通じゃない方の部類の人間だった。


「いつからここの部はオカルト部になったんですか?」


「あら、いいわね! なんならオカルト文芸部に名前を改変しましょうかし

ら?」


 そんなことしたら文芸部で取り扱うジャンルがオカルト一色となってしまう。あまり司は小説を書くことはないが、一応の危惧はしといたほうが良さそうだと思えた。


 それに仁藤にとって文芸部の名前事態どうでもいいものなのかもしれない。仁藤は単に自分の思い通りにできる部屋と駒があればいいのではないか。


 そんな疑問がふと浮かんでくる。


「どうしたの司くん?」


 目が合った。


 いつの間にか仁藤は司の顔を覗きこんでいた。その瞳には邪悪な意思は感じられない。


「まさかね……」


「え? なになに?」


 仁藤の前では考えたことは口にしなかった。司の言葉の続きを待っているが、適当に誤魔化した。仁藤は変な司くんと言うと、興味を昼食へと戻した。


「あ~美味しい! やっぱりあちこち歩き回った後のお昼は美味しいね~」


 仁藤の弁当箱は二つあった。そのうちの一つはもうそろそろ仁藤の腹の中へと消えていく。弁当を食べながらも、購買部で買ったパンもパクついている。


「毎回思うんですけど、よくそんなに食べられますね。見てるこっちがお腹いっぱいになりそうですよ」


「エネルギーの消費量が多いのよ」


「夜に運動とかしているんですか?」


「いいえ」


 首を振る仁藤。


「夜はずっと本を読んでるわ」


「夜はって、部活終わるまでも本を読んでるじゃないですか。いったいどこでエネルギー使ってるんですか」


「私は魔術でエネルギーを消費してるの!」


「またそんなこと言って……」


 からかわないでくださいとまで言葉は出なかった。確かに仁藤の美少女ぶりはすごいが、もしかするとそれは魔術を使っているのかもという考えが浮かんだ。


「すっかり忘れてたけど、そろそろ昨日の夜はどうだったのか教えてよ。例の本はあったの?」


 昨日の夜、例の本。


 この二つの言葉に昨日の出来事がまるで遠い過去のように記憶の底から浮上してくる。一日も経っていないのに酷く曖昧で、今では夢とさえ思えてくる。


「……結論から言いますと、本はありました」


「本当! それでそれで? どんな本? どこにあったの? タイトルは?」


 向かい側に座る司に身を乗り出すように迫る仁藤。重力に反するように大きな胸が自らを強調する。


「は、話しますから落ち着いてください。ほら、口の端に米粒がついてますよ」


「あら本当」


 米粒を舌で舐めとる仁藤の姿は妖艶かつ獲物を前にした獣のように見えた。これから司の話を楽しみ尽くそうとしている感じだ。


「じゃあ、話しますよ。そうですね、あれは――」





 窓から差し込む月光に照らされた少女の姿はとても美しく、儚く、まるで夢か幻を見ているようだった。


「――レン」


 少女はそう言った。


「レン……」


 司が無意識に少女の名前を繰り返す。


「そう、レン。時連レン」


「時連?」


 その苗字はどこかで聞いたことあった。


 それがどこなのかを必死に思い出す。


 近い場所。そう、学校だ。だが学校のどこだ?


「君、風見司くんでしょ」


 時連が司の名前を呼んだ。


「なんで俺の名前を……?」


 驚きのあまり心臓の鼓動が早くなる。なぜ、この少女は自分の名前を知っているのか。やはり、どこかでこの少女と合っているはずなんだが、それが思い出せない。


 もどかしい思いが心臓の鼓動をさらに早める。うるさいぐらいに脈打つ心臓に少し苦しさを覚えた。


「当たり前じゃない。同じクラスなのよ?」


「――――――は?」


 司の思考は停止した。


 ――同じクラス……?


 こんな少女が同じクラスにいただろうか?


「無理もないわ。あなたの席からじゃ、私は真横に見ないとわからないもの。私の席は窓際の一番奥。ね? あなた席からじゃ見えないでしょ?」


 確かにその位置からではレンの席は見えない。


 司の席は廊下側から見て二番目の列の一番奥。授業中なら真横を見なければ見えない位置だ。


「で、でも、俺は君のことを見たことない!」


「そうね…… そうかも。私、目立たない人間だから」


 目立たない人間だから、この言葉を聞いたとき司は時連を傷つけてしまったと思った。普通に考えれば、本人を目の前にして見たことがないなんて言ってしまえば、傷つけてしまうのは当たり前である。


 しかし、時連は何事もなかったかのように月光に照らされて本を読んでいる。


「時連はこんな時間に何をしてるの?」


 当然の疑問である。


 こんな時間に生徒が学校にいること自体がおかしい。


「――――――」


 答えは返ってこなかった。


 やはり時連を怒らせてしまったかと恐る恐る様子を窺う。しかし、司の心配とは裏腹に時連の表情に変化はない。


 そもそも、時連の表情は先ほどから全く変わっていない。怒っているのか、いないのか、判断がつかない。


 表情としてはまるで寝ているようにも見えるし、どこか遠いところを見つめるような感じでもある。


 沈黙が場を支配する。


時計の秒針が進む音がやかましく聞こえる。


「……っ」


 司が何か話そうと口を開く直前に、


「ねえ。風見くんはどうしてここに来たの?」


 時連が先に問いかけた。


「あ、いや、ここに来たのは本を探しに来たんだ」


「本? そういえば風見くんは文芸部だったね。なるほど、文芸部用の資料集めなんだ。……でも変だよ。こんな時間に資料集めって」


「ああ、資料集めじゃないんだ。部長に頼まれた本を探しに来たんだよ」


「部長って仁藤クリスさんだっけ? へぇ、そっか…… あの人のお願いならなかなか断れないものね」


 話自体は成立しているが、時連は本から顔を上げて話そうとはしない。


 話辛いと言うのが正直なところである。


「どんなタイトルの本なの?」


「わからないんだ」


「知らないの?」


 目線を本に落としているが、時連の声に若干の疑問が含まれていた。


「ああ、探してきてほしいって言う部長も本のタイトルは知らないらしいか

ら困ってるんだ…… 閲覧禁止の棚にあるらしいんだが……」


 パタン――


 時連が本を閉じた音が響いた。


「なら、いっしょに探す?」


 椅子に座ったままの姿勢だが、時連は司を見据えている。大きめの瞳が月

光の光を反射させ、宝石の様にキラキラと煌めいている。


「……いいのか?」


「うん、少し身体を動かしたいって思ってたの。それでどこから探す?」


「一応、図書室の方はだいたい見たつもりなんだが、見落としてるかもしれないからもう一回調べてから、この部屋を探そうと思う」


 時連は頷くと部屋の入口まで来た。


 司は時連の神秘的な雰囲気に足が一歩下がる。


「どうしたの?」


「い、いや、なんでもない……」


 神秘的な雰囲気にたじろいだなんて恥ずかしくて言えなかった。


 時連が歩く度に長めの髪が揺れる。


 もう一度、足を確認するが足はちゃんとあるやはり幽霊ではないとわかると司は少し胸を撫で下ろした。


「なかなか見つからないね」


「そうだな」


 二人は本棚を隅々まで調べたが、それらしい本はなかった。


 閲覧禁止の文字さえ見つけることができなかった。


「これだけ探してもないとすると、やはり資料室の方なのか?」


「ねえ、何か他に聞いてることないの?」


 司は考えるが、


「……ないな」


「じゃあ、今度は資料室探そうか」


 当たり前だが、資料室は先ほどから何一つ変わってはいなかった。月光が差し込み、埃が舞い散る雪のように光っている。


 資料室は重要な本が保管されている分、本棚の数は少なくて図書室よりも本を探しやすそうだった。


「こっちの部屋は埃が積もっているな」


 司の言う通りだった。


 図書室よりも利用者が少ないので本棚には埃が積もっていた。


「そう言えば時連はどうやってここに入ったんだ?」


「鍵を使ったの。この部屋には鍵がつけられてるから、職員室からこっそりとね」


「へ、へぇー……」


 意外だった。


 時連がそのような行動を起こすことが。見た目の儚げな印象とは違って、

意外と行動派なのかもしれない。


「よく誰にも見つからなかったな」


「こんな広い学校だもの。そう簡単には見つからないわ」


「そうなのか……」


 また沈黙が訪れた。


 時連は基本的に司が話したことに対することしか話してくれないので、あっという間に話題がなくなってしまう。


 何か話題を振らないと身が持たない。何か話題を考えたとき、まだ、時連が答えていないことがあった。


「な、なあ……」


 一度、答えなかった質問だ。また時連が答えてくれないかもしれないと思うと、言葉が震えた。


「なに?」


「もう一度同じ質問するけど、どうして時連はここに来たんだ?」


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――知りたい?」 


 気の遠くなる沈黙の果てに時連の声が聞こえた。


 振り返ると時連が真っ直ぐと司を見据えていた。


 このまま「はい」と返事をしてしまったら、引き返せないような感覚が司

を襲う。そんなことありえないのにどうしてもそのように思えてしまう。


 喉が渇く。


 身体中の水分がなくなっていく。


「知りたい?」


「う、うん……」


 今度は強めの知りたいと言う言葉に反射的に答えてしまった。


「――私もいっしょだよ」


「いっしょ?」


「そう、いっしょ」


 いっしょ、その言葉が示す意味は一つしかなかった。だが、この少女が突

拍子もない噂なんかを信じるのだろうか。むしろ、そんな噂など信じないよ

うな気もする。


「私も本を探しに来たの。君が探している本と同じかはわからないけど。さっきまで私が読んでた本がそれよ」


 時連が指差したのは椅子に置かれた表表紙が下になった本だった。


 そのタイトルは――


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