昼休み、部長襲来
四時間目の授業が終わると生徒の行動は大きくわけて三つに分かれる。
一つ目は持参した弁当をただ一人もくもくと食べる者。
誰とも話すことなく、まさに栄養補給と言う言葉が似合うほどにもくもくと弁当を食べる。
二つ目は持参した弁当をグループを作って食べる者たち。
大概の者はグループにこぼれることなく、楽しい昼食を満喫する。教室の所々で楽しい声が響く。特に女子のグループの会話は情報交換の意味もあり、流行の物や化粧の仕方などの情報が好感されている。
三つ目は購買部へと消えていく者たち。
購買部は別にどこか変わった特徴を持っているわけでもないのでのんびりしていても十分買える。購買部を利用するのは弁当を忘れたおっちょこちょいか初めから弁当を持参していないのかのどちらかである。
そして、風見司はどれに分類されるかと言うと、
「おーい風見、いっしょに飯食おうぜー」
と、声を掛けられる。
声を掛けてきたのはクラスメイトの田中だった。親友と呼ぶには付き合いは長くないが、かと言って知り合いというわけでもない。まさに極一般的な友達だ。
「おう、食おう食おう!」
司は鞄から弁当を取り出すと蓋を開ける。今日の弁当の中身は母が作った卵焼きや解凍されたウィンナーや唐揚げが顔を覗かせた。
「おっ! 旨そうなのあるじゃん!」
田中が指で唐揚げを盗み取ろうとするが、
「おっと、危ない」
ひょいっと弁当を持ち上げて田中の指を回避する。
「なんだよ、ケチー」
「悪いな、唐揚げは俺の好物なんだ。そう簡単にはやれないよ」
言いながら、唐揚げを口の中へと放り込む。
「トホホ……」
田中は一度席へ戻ると、弁当と椅子を持って戻ってきた。二人で食べるなら机は一つで十分だが、これが三人以上になると女子のように机ごとの大移動となる。これはこれでちょっと恥ずかしいので、三人以上となるとだいたい食堂を利用するのだ。
「知ってるか?」
唐突に田中が言った。
「何を?」
もちろん、司は知らない。
そもそも何の話題なのか知らない。
「佐藤のやつ、隣の組の内田にコクったらしいんだよ」
司の頭に疑問符が浮かぶ。
「どっちの内田だよ」
内田なんて苗字は日本にはたくさんいる。この学校も例外ではなく司の学年に四人はいた。
「三組の方の内田だよ。ほら図書委員で昼間は図書室にいるさ。それで佐藤のやつ、長続きしないくせに難しい本を借りてって、愛しの内田さんに僕はこんな本を読む理知的な男ですよー、アピールだよ」
司はちらっと佐藤を盗み見る。
田中の言った通り、佐藤の鞄から難しいそうな本がはみ出ている。
ちなみに司のクラスは二組だ。
「それで、その内田さんには効果あったのか?」
首を振る田中。
「さあな、そもそも佐藤なんて内田から見れば、利用者の一人にすぎないからな。どんなに難しい本を借りようが、効果なんてないだろ」
「それもそうか」
佐藤ももっと簡単な本を何度も借りて顔を覚えてもらえばいいのにと司は思った。
顔を覚える――
この言葉に司はある女生徒を見る。
その女生徒の名前は――
「司くん~? いる~?」
クラス全体に響き渡るような声が聞こえてきた。
しかも、その声は自分を名指ししている。ここが校庭みたいにばか広い場所なら、自分以外の司が呼ばれているとも思えるが、あいにくこのクラスに司と名のつく人物は風見司しかいなかった。
「司くん~?」
もう一度声が響いた。
最初は皆各々のおしゃべりに夢中だったが、二回目の呼び声にクラス全体が凍りついた。
「――げっ!」
田中の顔が青ざめる。
その様子に司も理解したくなかったが、二回も聞こえた声に理解せざるをえなかった。
「あ~、司くん居た~! 酷いよ~ 私を無視するなんて! 私、怒っちゃうよ~? いいの? 私、怒るとけっこう恐いよ~?」
ニヤニヤした天使のような悪魔の笑みを浮かべた仁藤クリスがそこにいた。
「ああ、部長、すいません。友達との話に夢中になって気がつきませんでした」
仁藤が田中の顔を覗き見る。
「あら~、お話中だったの? それはごめんね。えーと、あなたのお名前は?」
「た、た、たたたた、田中です!」
突っかかりながらも自己紹介する田中。
この緊張には理由がある。仁藤が美少女なこともそうだが、最大の理由は仁藤の噂を聞いているからだ。
もしも、仁藤の御目に掛かってしまったら、どんなお願いをされるかたまったものではない。
だから、田中は恐怖よりの緊張をしているのだ。
「ふーん、田中くんって言うんだ。司くんとは仲良いの? 司くんのお友達ならいつでも我が部に歓迎よ? どう? 来てみる?」
仁藤は自分の女王様気質をしっかりと把握している。
いや、それはもう気質を超えて能力と言っても過言ではないほどである。
自分が頼みこめば大抵の人間を動かすなど簡単だと司に言ったことがあった。そのときの司は冗談だと思ったが、仁藤は本気だった。
その後、仁藤は自分の力を実践して見せたのだ。仁藤が言った通り、ほとんどの人間は仁藤のお願いを聞きいれた。お願いは簡単なものばかりだったが、断られることはなかった。
「あ、自分は…… その……」
田中は迷っていた。
仁藤の噂は司から聞いたことがあるが、確かに美少女のお願いを聞くのは美味しいものだと思えた。
「部長、それで何しに来たんですか?」
司が助け舟を出す。
「そうそう! 昨日の成果を聞きに来たのよ! どうだった? 見つかった?」
「あー、その件なんですが……」
司の言葉は妙に歯切れの悪いものだった。
隣では田中がビクビクしているのを見て、
「部長、もうお昼は食べましたか?」
「え? お昼? ううん、まだよ」
「それなら、部室で食べましょうよ。昨日の件も向こうで話しますから」
「そう? う~ん、早く聞きたいけど…… まあいいわ」
「そう言うことだ、悪いな田中」
司は仁藤に見えないように田中にウィンクをする。その意味に田中も気がつくと、
「お、おお! それは残念だが、仕方ないな!」
田中は心の中で司に礼をする。
「じゃあ、部室に行きましょうか部長」
「そうね、私もお昼のこと思い出したらなんだかお腹が空いてきちゃった。
それじゃあ、田中くん。バイバイ~」
司と仁藤は教室から出ていく。
しかし、その途中で仁藤は歩みを止めて田中の方へと振り返ると、
「あ、田中くん! うちの部に興味あるなら、別に今日じゃなくても来ていいのよ。あなたが来るのも楽しみに待っているね!」
と、最後にウィンクを残していった。
「部長、あまり俺の友達にはちょっかい出さないでくださいよ」
「え? 何のこと?」
司の言葉に不思議そうな表情をする仁藤。
「はぐらかさないでくださいよ。田中を捕まえようとしてましたよね?」
「え~、何のこと?」
わざとらしい声と仕草をする仁藤。このわざとらしい声も仕草も美少女と言うスキルを底上げしている。
仁藤は常日頃から、この手のことをしている。
いつでも使える駒でも欲しいのだろうか。
こんなことをしていれば、異性ならまだしも同性からは嫌われそうだが、案外そうでもない。
実は仁藤を慕う女生徒は結構いるのだ。
むしろ、異性よりも同性からの方が貰っているラブレターの数は多いのか
もしれない。これも、仁藤の美少女と言うスキルがあってのことだろう。
「そうだ! 今日はいつもよりもお腹が空きそうな予感がするから、購買部によってもいい?」
そう言う仁藤は手をお腹に当てている。
僅かだが、お腹がぎゅるるるぅとなる音が聞こえる。やや頬を赤らめると、
「いや~ん! 司くんのエッチ~」
司の肩を強打するのだった。
購買部は他の学校の例に漏れず一階にある。
二人は適当な話をしながら歩いて行くとちょうど生徒の人波が一旦落ち着いたところだった。
「ラッキーね! 早く行きましょう!」
「いや、俺は弁当があるから別にいいですよ」
「さあさあ、そんなこと言わずに行きましょう」
仁藤に引っ張られる形で司はクリームパンを一つ買った。それに対して仁藤はアンパン、クリームパン、ジャムパン、サンドイッチを買っていた。
「ずいぶん買いますね。そんなにお腹空いてるんですか?」
「う~ん…… 今日はお弁当の量を少なくしたから足りないと思って……」
「それにしても買いすぎじゃないですか? そんなに食べたら太りますよ?」
ううぅと弱弱しい呻きを漏らす仁藤。
「女の子に太るなんて、司くん酷~い。でも、最近ちょっとお肉がついてきちゃったかも……」
司は気づかれない程度に仁藤の身体を観察する。
容姿は美人というよりも美少女。髪は肩ぐらいである。胸も大きいが、どこかムチムチしているようにも見える。
「あ! ちょっと~司くん、今見てたでしょう。言ったそばからすぐ見るなんて~」
またも司は肩を強打された。
「さて、パンも買ったことだし部に行きますか」
二人は部室へと向けて歩き出した。
「ところで今日は辺里のやつは来てるんですか?」
「いいえ、アミちゃんはクラスにいなかったわ。本当は誘いたかったけど、いないのは仕方ないね」
残りの部員の有無を聞いているうちに二人は部室の扉の前へと来た。
「早く、話が聞きたいわ」
「わかりましたよ」
急かす仁藤に押されて司は部室の扉を開けた。仁藤はルンルンしながら部屋の中へと入り、司は反対に静かに入る扉を閉める。
絞められた扉にはプレートが付けられており、そこには文芸部の文字が書かれていた。