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愛しの怪盗Z

作者: ことり

過去作品です。


推理……にはちょっと届かないけれど、一応推理小説として……


 こんなはずじゃなかったんだよな。

 もっと情熱的で、劇的で、夢があって、夜も眠れないくらい熱いものだと思っていたんだ。

 確かに、小霧と付き合い始めた頃は、こんなんじゃなかった。

 だけど、日が経つにつれ、小霧はいつもと変わりない小霧に戻り、俺は小霧から告白される前の俺には戻れずに沸々と想いと不満だけが募って行く。

 

 まさかコレが恋愛というものの現実だとは知らなかった。




 教室に入ると小霧がいた。


 すごく落ち着いた雰囲気の彼女は、可憐な花のように美しく、すぐに折れてしまいそうなくらいか細い。


 友達と話し込んでいる小霧に「おはよう」と声を掛けると、普通に「おはよう」と返ってくる。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 曲りなりにも、一か月前に、小霧から告白され、俺は二つ返事でOKを出した仲だ。

 だけど、一週間もすぎると告白前と告白後の違いがわからないほど、何でもない日常に戻っていた。



 もしかして、俺は夢を見ていたのか?と疑ってしまうくらい、本当に何事もない日常。


 小霧に一緒に帰ろうと言えば「いいよ」と言って貰える。

 だけど、小霧から一緒に帰ろうとは決して言ってくれない。


 友達に相談してみたところ、それは「既に終わってる」という事らしい。


 その真相を確かめたいけど手段がわからない。

 俺が告白してこんな状況になったのなら、元々俺に“気”がなかったんだなと諦められるのに、仮にも小霧の方から告白しておいてこの仕打ちはどうなんだろう?と鬱々としてしまう。



「俺の事、好き?」



 変な質問だとわかっていたけど、やっぱりそこから確かめなきゃならないと勇気を振り絞って訊いてみたところ、



「もちろん好きよ。でもなんで?」



 と返ってきた。この返事一つとってみても、すごく微妙だと思わないか?




 俺が好きだと言う事はわかった。だけど、その後にどうして質問が必要なんだろう。

 「でもなんで?」「でもなんで?」

 でもなんで「でもなんで?」なんて聞いてくるんだろう。


 はあ……これが恋愛というものなんだろうか。


 手を繋ぐ事を拒否するわけでもなく、俺の願いを拒むわけでもなく、付き合う前と同じ状況というのが納得できない。


 キスでも迫ってみようか。

 でもわかってるんだ。「キスしていい?」と俺が訊けば、小霧は必ずこう答えるだろう。



『いいよ。でもなんで?』



 と。



 恐くて、そんな事訊けないよ。



***




 その日は珍しく小霧から声を掛けてきてくれた。

 それだけでも俺の中の何かが満たされたような気がする。



「圭?あのさ……なんか変な事があったの」



 小霧は何かに困っている様子だった。

 でもそんなの関係ない。今、大切な事は小霧が俺に声を掛けてくれたと言う事だ。

 と言っても、話を聞かなかったら進展はないだろうから。




 俺のこの嬉しさがばれないように冷静を装って話を聞いた。



「……気味悪いなあ。もう一回見せて」



 俺がそういうと彼女は、薔薇の描かれた名刺サイズのカードを俺に手渡してくれた。

 一輪だけ描かれた薔薇の絵のカードは、メッセージカードのようだ。


 そこにはこう書いてある。



『桜庭小霧へ


 満月の夜、あなたの大切なものを戴きにまいります


 怪盗Z』



 メッセージの内容自体に不信感を抱く事はない。今時、怪盗を気取るセンスが怪しすぎる。

 いや、そうじゃなくて、名指しで指定されたカードがあった場所が問題だった。


 それは、昨日、小霧が図書室で借りた本に挟まっていたという。


 誰が借りるかわからない本に、小霧を名指しでカードを仕込む、その大胆さが不気味すぎる。



「満月の夜って、いつだ?」

「うん、気になって調べたんだけど、今夜みたい」



 それは急な話だなあ……ちょっと面倒だなあ



「大切なものってなんだろ?」

「うーん……携帯?お財布?」




 抽象的な表現のせいで、それが何なのか全くわからないが、小霧の発想は現実的すぎてなんか違うような気もする。

 なんかこう……もっと掛け替えの無いもの……とか?じゃないのかな。



 とにかく小霧を危険な目に合わせるわけにはいかない。

 今夜は小霧の部屋に泊まる事にした。



……もちろん、小霧の両親にも勉強するって事で了解をとったよ。当たり前だけど。




***




 窓の外は静かだった。それはもう気味が悪いくらいに。

 この季節だと虫の鳴く声が聞こえても不思議じゃないのに、満月の夜は不気味なほど幻想的で絵画のように時間が止まったままだった。


 小霧の部屋で俺は腕を組んで怪盗Zを待ち構える。

 小霧は落ち着かない様子でデスクチェアに座って、脚をフラフラとさせていた。


 会話らしい会話が無い事が、違和感があると言えばそうなるだろうけど、緊張していたせいでその事にすら気付けなかった。


 時計の針は0時を回ったところだ。




 小霧は椅子の上でうつらうつらとし始めている。

 かくいう俺も例外ではないが、眠った隙を狙うというのは、怪盗の常套手段だろう。両手の指を使って重い瞼を無理矢理開いて眠気と戦う。



 もしかしたら、既に催涙ガスを撒かれているのかもしれない。

 だとしたら準備不足だった俺は不覚をとった事になる。負けてたまるか。頬をペチペチと叩き、背伸びをし、ラジオ体操の最初だけをやって眠気を飛ばした。


 小霧は既に椅子の上でスヤスヤと寝ている。その恰好が辛そうなので、優しく起こしてベッドに横にさせ、それから毛布をかけてやった。





 犬の遠吠えがして、カーテンがふわりと揺れると、生ぬるい風が入ってきた。



 ヤツが来た!



 さあこい!俺が相手だ!





***





 朝日が眩しくて目を覚ます。


 体のあちこちが痛い。椅子で眠っていた俺の肩には毛布がかけてある。


 ふと見慣れぬ部屋に混乱し、今の状況を把握するまで時間がかかった。




 ハッとして部屋を見回し、怪盗Zにしてやられたんじゃないかと不安になった。

 小霧の大切なものどころか、小霧自体がいなくなっている!



「うわーっ!」



 思わず頭を抱えて叫んだ所に、ドアを開けて小霧がコーヒーを持って入ってきた。


 頭の中にクエスチョンマークが複数。



「おはよー」



 小霧は機嫌良さそうに挨拶をする。



「お、おはよう……って、“大切なもの”は?携帯は?財布は?」



 キョロキョロと辺りを見回した俺を見て、小霧が微笑んで答えた。



「どっちもあるよ」



 だが、疑問は尽きない。



「な、何が盗まれた!?」



 慌てる俺を余所に、机の上にコーヒーをコトリと置いた小霧がうーんと唸る。



「強いて言えば……“一人の時間”かな」

「なんだよ、それ。それが大切なものなの?」

「うん、今まではね……」

「今まで……?」



 小霧は少しだけ寂しそうな顔をした後、すぅっと息を吸って視線を泳がせた。


 それが何を意味するのか、すぐに理解できなかった自分が恥ずかしい。






「ありがとね……」





 聞き逃しそうな程小さい声で小霧が呟いた。

 それは小霧の気持ちがすごく詰まった、大切な大切な言葉だった。





***






 怪盗Zに小霧の大切なものは奪われてしまった。


 だけど、俺は怪盗Zを恨んではいない。

 小霧の大切なものを、もっと別のもので補う必要があったんだ。

 そしてそれが出来るのは俺だけだと思った。





 怪盗Zの正体。





 その“かわいい怪盗”が誰なのか、詮索する必要なんてない。


 怪盗Zの正体よりも、“大切なもの”に気付かせてくれた事の方が大事だと思う。




 だから俺は二度と怪盗Zが現れないように……


 男を磨きたいと誓うだけだ。




ありがとうございました。

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