無知なる者の罪Ⅱ
莉音の隣を歩いていた莉音の兄が気付いた時にはもう遅く、悲しそうに笑って
「莉音は優しいね。」
とそう言っていました。
莉音は兄の悲しそうな笑顔を見て「ごめんなさい」と泣いたのです。
莉音の涙をみて悲しい気持ちにはなりましたが、莉音の願いは叶えてあげたいと思うので、私は件の神に問うたのです。
「覚悟はできていますね?」
いつものように美しく醜い笑みを浮かべ。
「あなたが悪意を向けていた存在が何なのか知っていますか?」
「もちろん知っているとも。愛しき莉音に近寄る醜く汚らわしい愚かなゴミだ。」
ああ、なんと愚かな。
自らの過ちを忘れ去った愚かな神がここにいる。
「なぁ、クラウン。こやつ殺めたところで罪にはなるまいな?」
私の背後で怒気と殺気に満ちた【復讐の女神】が立っていました。
「そうですね。このような神を消滅させたところで、些細なことです。何かが変わるわけではありませんよ。
ああ、けれど一つ言うならば、ぜひとも、この神の最期の『物語』を図書館に納めたいので、私が執筆するためにもゆっくりと時間をかけて、お願いしたいですね。」
このとき思ったのです。
私自身が執筆しよう、と。
この愚かな神の最初から最期まで。
「珍しいな。クラウンが自分で書くなんて。」
「私が書かなければ、きっと残らないのですよ。こんな神のことをわざわざ書こうとする物好きなんていませんから。
それに憐れではありませんか。このように愉快な最期を演じていただいた贖罪の山羊を後世に残せないなんてことになってしまうと。
だから私は善意と悪意、憐れみと嘲笑いをもって真実と虚実を紡ぎたいのですよ。」
世界の全ての書物を集めることが、【館長】たる私の仕事なのだから。
世界の全てを記し残すことが、【記録者】たる私の役目なのだから。
世界の全てに意味を与えることが、【 】たる私の責任なのだから。
「やはりお前は趣味が悪いな。」
復讐の女神はニタリと嗤って言いました。
「ええ、あなた様も。」
私の考えていることが分かってしまう復讐の女神も同じく趣味が悪いのです。
同じ思考回路で考えることが出来るのですから。
「では、可愛い莉音様のために私は私の性質に従って復讐するとしよう。」
そう言って復讐の女神は復讐を始めた。
復讐の女神による大いなる神罰が下される。
【災い渦巻く牢獄の】
その詩は祈るように優しく残酷で
その音は灯のように淡く鮮やかだった。
【虚無と絶望の腕に抱かれて】
復讐の女神と讃えられながら誰よりも慈悲深い優しき女神。
慈悲深いが故に彼女は復讐するのだろう。
【眠る其方よ】
心優しき復讐の女神は許すことが叶わないほどに怒り狂ってしまうのだから。
【常夜の闇となれ】
復讐の女神の下した神罰は神をも消滅させる復讐。
そして、苦しみを長く続かせない一瞬で終焉を迎えられる慈悲
常夜の闇は一瞬で神の存在を消し去った。
闇が弾け、黒き漆黒の光が舞い散った。
嘆きも悲鳴も懇願も等しく無慈悲に葬り去る。
それは酷く幻想的な『物語』のエピローグを飾る光景であった。
莉音の犯した始まりの罪は『この世に生を受けたこと』
穢れなき莉音の二度目の罪は『神殺し』
神々に愛され、運命にさえも愛された心優しき莉音は、
いつまでも無垢で残酷だった。
己を常に守り導いてくれた兄を幸せにするために
優しくありたいと願い、優しくあろうとした莉音は、いつだって笑顔を浮かべていた。
そうあることが兄を幸せにすることに繋がるのだと、愚かにも信じていた。
兄が本当に幸せになるためには【 】を犠牲にする必要があるのだと知らずに。