無知なる者の罪Ⅰ
皆様、お久しぶりにございます。
新しい『物語』の執筆がようやく終わりましたので図書館に納めさていただきました。
こちらは、『零の月』に登場されている【莉音】にかかわる『物語』となっております。
私の主観と客観により執筆したものですので、事実の解釈が他の方とは異なる場合がございますが、どうかご容赦くださいますよう、お願いいたします。
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夕暮れが空を赤く染めて
世界がほんのりと朱色に色付いたあの時
あの子は私に言ったのです。
まるで罪を懺悔する子羊のように
まるで親を捜す迷子のように
まるで神に仕える天使のように
まるで神を滅ぼす悪魔のように
「この美しく澄んだ空の果てに
憎くて憎くてたまらない存在が
今日も世界を見ているって知ったとき
『 』
ってそう願ったの
今、思うとね
あの頃は私も皆も馬鹿だったんだなあって思うんだ」
そう告白したあの子は
とても哀しく澄みきった瞳で微笑んだのです。
*****
あの頃の莉音は、やはり無知で無邪気で、なにより愚かでした。
願うということが周りにどれ程の影響を与え、そして危ういことか考えもしなかったのですから。
世界に愛され、神々に愛され、この世に存在する全てに愛された莉音が望む願いは、どんなものだって叶えられてきました。
莉音は全てに愛されるのです。たとえそれが運命であったとしても。
運命すら莉音の前では平伏し頭を垂れ、忠誠を誓うのです。
それが正しい在り方なのですから。
ですので、私もその在り方に従って愛しい莉音の愚かな願いを叶えることにしたのでした。
莉音の願いは、とある神へ向かって行われたものでした。
「 」
と莉音は一言呟いたのです。
莉音はいつだって誰のことも憎まず、常に笑顔でしたから
莉音を愛していた神々は、動揺を隠すことなどできていませんでした。
そう、
笑顔を浮かべる莉音しか神々は知らないのです。
笑顔を浮かべることが出来るようになって、やっと神々は莉音を愛するようになったのだから。
愚かにも神々は、どうして莉音が全てを憎まず優しく在るのか知りもせず、ただただ、そう在るものだと信じて疑いもしなかったのです。
ここに莉音の笑顔の理由を記しておくことにしましょう。
莉音の笑顔に敬意を払って。
*****
莉音はいつも、兄に守られてばかりの弱虫で泣き虫でした。
そしてある時、気づいてしまったのです。
莉音のせいで傷ついて、莉音のために強くあらねばならなかった兄の姿に
――莉音はいつでも優しく笑顔でいるんだよ?
莉音が笑えば皆が幸せになるからね。
――本当?お兄ちゃんも莉音が笑ったら幸せになる?
――もちろんだよ。さあ、お兄ちゃんと約束しようね?
――うん!
幼い日に交わした優しく哀しい約束が
いつも笑顔を絶やさない優しい莉音にしたのです。
大好きな兄が幸せになるよう、そう心に祈って。
ゆえに莉音は笑顔でいるのです。
約束を守るために。
兄が少しでも幸せになるようにと願って。
そんな莉音があの時ばかりは、憎み、心の底から願ったのです。
不幸を。破滅を。絶望を。
久しぶりに大好きな兄と一緒に外出した時
兄に纏わりついた悪意を見てしまったのです。
兄を取り巻く悪いナニカに触れてしまったのです。
その時、莉音はパズルのピースが揃ったように全てを理解したのでした。
そして実際に見て触れて気付いたのです。
その悪いナニカは莉音のよく知るものでした。
莉音は全てに愛された存在でしたから、ソレに触れる機会も多かったのです。
故に、兄に悪意を向けたのが神であることにたどり着いたのです。
自分には優しい神が、唯一の兄に悪意を向けていると気付いた莉音の憎しみは、みるみる燃え上がっていきました。
人の作った諺というものに「可愛さ余って憎さ百倍」というものがありますが、そういうことです。
それ故に莉音は願ったのでしょう。
兄に悪意を向けた神の消滅を。
莉音の願い方は簡単でした。
件神の消滅を笑顔で神の住む空に向けたのです。
右手の手のひらを空に向けて
「消えちゃえ」
とそう呟いたのです。