三
* * *
がしゃん、と老成した券売機から、大袈裟な音をたてて小さな食券が吐き出される。
その直後、学食に着いてから都合六度目の声が掛けられた。
「よう、ニシじゃん、お前今日何食う?」
ちらり、と横を見れば髪を短く刈り込んだ大柄な男が立っていた。
経営学部の大貫である。大貫とは文化人類学の講義を共に受けている間柄だった。
「俺?俺はから揚げラーメン」
「じゃあ俺もそれにしよ」
英助と同じから揚げラーメンのボタンを押すと、大貫は小さな食券を握り締めて、受付カウンターまで揚々と歩いて行った。
そのがたいの良い背中を見るともなしに見送ってから、英助は自分の背後でまごついている同級生を振り向いた。
なんとか食券は無事に買えているようである。
そう思って安堵してから、いやいや食券くらい買えて当たり前か、と思い直した。
「なあ、俺、煙草吸うからテラス出ていい?」
「あ、うん」
「んじゃ俺、飯取ってくるからテラス確保しててよ。食券ちょうだい」
物慣れない風の総代表から食券を預かり、英助はカウンターへと向かう。
のんびりと広い学食内を歩きながら、押し寄せる疲労感にどっと溜め息を零した。
総代を引き連れて英助が学食にやってくると、英助の顔馴染みたちはその物珍しい取り合わせに皆一様に冷やかしの声をかけに来た。そのうち、授業のことや飲み会の時間取りなど実用的なやり取りは僅か二つしかなかった、というから傍迷惑な話である。
自分が誰と吊るんでいようと勝手だろうに、だなんて少し投げやりなことを思ってしまうくらいには、同級生たちから面白半分で投げかけられる声にうんざりしていた。
物心ついてから今に至るまで、英助は『広く浅く』をモットーに交友関係を構築してきた。未だかつて自分の友人付き合いに疑問を抱いたことはないし、これからも自分はそういうスタンスでいくのだろう、と自覚していたが、こういうときに思わず友人付き合いを煩わしいと思ってしまうのだから、きっと自分は我儘なのだろう。
『珍しい取り合わせじゃん』
『そこ友達だったっけ?』
『二人はいつから仲いいの?』
『何つながり?』
『地元が一緒なの?』
ただ同級生とともに学食を訪れただけだというのに次から次へと友人たちから浴びせられる質問攻めに、疲労を感じていたのは勿論英助だけはなかった。
むしろ適当な愛想笑いと相槌で友達を軽くあしらうことのできる英助はまだ良い方で、だが英助のように振る舞えない学年総代表は終始押し黙ったまま英助の後ろで小さく縮こまっているしかなかった。
普段から友達に囲まれることの多い英助ですら疲れてしまったのだから、あの根暗で寡黙な青年は大丈夫だったろうか。
気になって、ちらり、とテラスに視線を送れば、学年総代表はすらりと高い背中を小さく丸めて一番日当たりの良いテラス席に荷物を置いていた。
そういうセンスは悪くない、と思わず英助の口元が緩む。
その席は、英助の一番好きな席だった。
きょろきょろ、と周囲を見渡し、同じ席を狙っている人物がいないかと探っているらしい動きに、思わず、ぶほ、と噴き出してしまう。
大きな体をして驚くほどに小心者であるらしい。
英助が二人分の食事をトレーに積んでテラスに出ると、背の高い青年はさっと腰を浮かせてすぐに英助の手からトレーを受け取った。
良く気の付く男だ、と感心していると、総代表はトレーをテーブルに置くや、ほう、と胸を撫で下ろして吐息を零した。
心底ほっとしているその表情に、英助は首を傾げる。
「なに、どした」
「あ、いや、ちょっとびっくりして」
「びっくり?」
「本当に友達、多いんだなって」
「ああ、あいつらのことか」
「一人でこういうとこ座ってるのも、ちょっと」
「心細かったって?」
照れたように苦笑して頷く男に、英助は呆れるを通り越して最早感嘆していた。
繊細すぎる同級生に、天然記念物か、と突っ込みを送りたくなってしまう。
「とりあえず、食えよ」
いただきます、と声を掛け合って、英助は割り箸を熱々のラーメンに突っ込む。どんぶりを抱えて、まずはから揚げの旨味を吸い込んだ汁をたっぷりすすった。
熱い旨い、と呟いてから、親子丼に箸をつける総代表へ視線を送る。
「ごめんな」
「え? 何が?」
口元に運ぶ途中だった卵とじの白飯を丼に戻して、総代表はきょとんと眼を見開いた。
「うるさかったろ、あいつら。ああいうの苦手っぽい気したからさ」
ずず、と麺をすする英助を、総代表は気まずそうにじっと見つめた。
一口親子丼を頬張って、困ったような顔で笑う。
「苦手、だね」
「だよな、そう思った」
「ごめん」
「いや、謝るこたねえよ」
実際、ああいう賑やかな手合いはどこにいても必ず悪目立ちしてしまって、確かにそういうものに馴染めないクラスメートが小中高を通して常に存在していたことを英助自身、理解している。
彼らに対して、その雰囲気を強制しようと思ったことは一度もない。
「ところで名前聞いていい? 俺、西松英助ね」
英助は大振りなから揚げにかぶりつき、咀嚼しながら向かいの青年を見やった。
もごもご、と口の中のご飯をなんとか押し込んで、総代表はぼそりと呟く。
「えと、嶋村時生、です」
「ときお? どういう字?」
「時間の時に、生まれる、で、時生」
「はじめて聞く名前だわ」
時生ね、ともう一度口の中で反芻して、英助はまたもやごくごくとラーメンの汁をすすった。僅かな沈黙のあと、嶋村のどんぶりを掻き込む箸の音がかつかつと響く。
差し込む日差しは暖かく、黒縁の眼鏡がその陽光を浴びて、微かにきらりと光った。
英助は残り少なくなったラーメンを吸い上げてから、上目に嶋村を見やる。
切れ長の一重瞼と、透き通るような黒い双眸、ふわりと風に煽られる黒髪。
見目は決して悪くないのに、と英助は内心で独りごちる。
「嶋村くんは、うちらの学年総代表なんですか?」
「は!?」
唐突な英助の問いかけに、嶋村は、ぐ、と喉を詰めて目を白黒させた。
グラスに注がれた水で喉奥のものを流し込むと、取りこぼす勢いで丼をテーブルの上に置く。ごくり、と水を嚥下してから、恐る恐る英助に視線を投げて寄越した。
まるで、窺うような、探るような。
その、おどおどとした視線に英助は、ん、と顎をしゃくった。
「で、事実はどうなのよ?」
「い、一応、入学式で挨拶、したけど」
新入生代表になっちゃったから、とまるで言い訳でもするかのような嶋村の態度は、ひどく頼りなげであった。
どうやら、学年の代表であることは事実であるらしい。
英助は、残すところから揚げと煮玉子のみとなったラーメンのどんぶりをテーブルに戻して、はあ、と嘆息する。
「なんだ、まじかよ。おいおい、すげえな、ウケるんですけど」
思わず苦笑を浮かべた英助に向かって、嶋村は慌てたように首も両手も一緒になって横に振った。
「いや!なんで選ばれたか良くわかんない。家が近いからかも」
「なんにせよ総代表なんて俺は絶対無理だな」
「ほんと、そんな大したものじゃない」
謙遜、というよりは本当にそう思っているらしい嶋村の慌てふためく様子に、英助はふぅん、と鼻を鳴らした。
折角なのだからもっと自信を持って喜べばいいのに、と思ってしまう。
自分が高校三年生のときに、サッカー部の夏の大会のスターティングメンバーに選ばれたときはこんなものじゃなく、それこそ小躍りして喜んだものだが。
「それで、総代の嶋村くんよ」
英助は、最後のから揚げとスープを飲みこんでから、箸を握ったまま、その指先を嶋村へと向ける。
無言で親子丼を食べていた嶋村は、目線だけを英助へ寄越した。
「なんで俺のこと見てくるわけ?」
しん、と。
静まり返った空間に、もぐもぐ、と嶋村の咀嚼する音だけが響く。
不意に、その視線が気まずそうに反らされて、英助は小さく溜め息を零した。
また、このパターンか、と内心で肩を落とす。
「それ、目反らすの禁止、マジで」
それをされると最早話は続かないし、こちらまで気まずい雰囲気に巻き込まれてしまうのが、英助としてはどうにも癪だった。
嶋村は必死に親子丼を掻きこんだまま無言を貫いている。
動揺を隠しきれない嶋村の煮え切らない態度に、何でもかんでも白黒ハッキリさせたいタイプの英助は、焦れたように煙草に火をつけた。
「……西松くん、玉子食べないの?」
「は? 玉子?」
追いかけていた嶋村の瞳が、じっとラーメンの器の中を凝視する。
英助は一瞬きょとんとしてから横に向かって紫煙を吐き出し、ラーメンのスープにぷかりと浮かんだ茶色い煮玉子を見つめた。
英助はそれを旨いと感じたことがあまりない。
「俺、煮玉子苦手なんだよ」
投げかけられた嶋村の言葉に普通に答えを返してから、英助は思わず、は、と声を漏らした。
何故、素直に返事をしたのか。
自分の律義さに呆れかえってしまう。
「いや、そうじゃねえだろって。俺の玉子の話じゃねえだろ」
「ごめん、でも俺、玉子好きで」
「ああもうわかったよ!わかったから食えよ、おら!」
ずい、とラーメンの器を差し出して、英助は項垂れる。
口の端に咥えたままだった煙草の先からは、ぼろぼろと灰が零れ落ちた。
「……なに、お前それマジなの?」
「え、何が?」
「……いいから食いなさいよ」
疲れたように頷く英助を見ても嶋村は一切頓着した素振りも見せず、意気揚々と箸で煮玉子を突いて自らのどんぶりに移し替えた。
嬉々としたその視線を目で追って、はあ、と紫煙とともに溜め息を吐き出す。
だから親子丼なのか、なんて。
そんなしょうもないことを考えながら、英助は目の前の男の単純さに苦笑を浮かべた。
「なあ、玉子食ってていいからさ、なんで見てくんのか教えてよ」
だが、予想していた通り嶋村は相も変わらず無言のままだった。
押し黙る男の意固地な様子に英助はもう為す術がない。
「もしかして俺、変? 実はすげえダサいとか、そういう意味?」
いっそそれくらいの理由があったほうがすっきりしていい、と投げやりな素振りで英助は煙草をくゆらせる。
だが嶋村は英助のその言葉にはいち早く反応して首を横に振りたくった。
「ち、違う、そうじゃない!」
「じゃ一体なんなんだよ!」
吐き捨てるような荒々しい語気が思わず口をついて出た。
言った瞬間、息を詰めて押し黙った嶋村の消沈した表情にちくりと胸が軋む。
気まずさをやり過ごすように灰皿の中に押し付けた煙草はまだ半分以上も残っていた。
「一体なんなわけ、嶋村くんさ」
英助は冷静を装いながら二本目の煙草を口に咥え、嶋村の方は見ないまま投げやりな気分で呟いた。
「俺と友達になりたいんですか?」
「そ、そうです!」
「っえ……?」
予期せぬ返答に一瞬頷きそうになりながら、英助はぎょっと顔を上げた。
身を乗り出すような姿勢でこちらを見つめてくる嶋村の必死な形相に、なんだか圧倒されてしまって上手く二の句が継げない。
煙草を挟んだ指先で、英助は何度も確かめるように自分と嶋村を交互に指差した。
「え?ココと、ココ?俺らの話だよね?」
「友達に、なりたかったです、俺は!」
「え、なに、まじなわけ?」
こくり、と嶋村は首を縦に振る。
振り子人形のような、その深いストロークに英助はぽかんと顎を落とした。
なんだマジかよ、と口の中でぼそりと呟く。
「西松くんの周りってさ、いつも賑やかだろ?」
嶋村は空になったどんぶりの縁に箸を揃えて置き、居住まいを正す。
ぴん、と伸びた姿勢が美しく、緊張に引き攣った表情も相まって、なんだか面接のようだ、と場違いな感想が英助の脳裏によぎった。
「俺こんなんですごい地味だし、なんか羨ましくて、それで目で追っちゃって」
とつとつと噛むように話す嶋村の言葉に、英助の口が徐々に縦に開いていく。
よもやこんな展開になろうとは露とも予想もしていなかった英助は、目の前で戸惑いながらも慎重に言葉を選んで話しをする嶋村にどう声をかけてよいものか、まるで見当がつかなかった。
「し、嶋村くん、あのさ」
「西松君は!あの、その、かっこいい、と思います!」
嶋村の視線は相変わらず下を向いたままだったが、その声からはきちんと自分の意見を英助に伝えようという意思がはっきりと感じられた。
同性からここまで真剣に『かっこいい』と言われたのは生まれて初めてだ。
「えっとね、嶋村くん?」
「俺ほんと友達作るの下手で、なんか、こんなこと言ってごめん」
苦虫を噛み潰したような顔で一息に告げると、嶋村は自分のどんぶりを持って勢いよく立ち上った。
がたん、と大きな音を立ててテーブルが揺れ、英助はそれを慌てて押さえ付ける。
「ちょ、ちょ、あぶね、嶋村くん」
「ずっと見て、すみませんでした!」
唖然とする英助をしり目に、嶋村は直角に腰を折って深く頭を下げた。
そして毅然とした表情で顔を上げ、そのままくるりと踵を返す。
立ち去る嶋村を危うく見送りかけた英助は吸いかけの煙草を灰皿に押し付けると、嶋村と同様に勢い良く立ち上がった。
「ちょ、嶋村くん!待って!」
がたん、と大きな音を立てて、今度は英助の座っていた椅子が後ろに倒れる。
その騒々しい音にテラスに出ていた数人の視線がこちらに突き刺ささったが、最早それを気にしている場合ではなかった。
英助の呼びかけに肩を震わせて歩みを止めた嶋村の腕を、英助の手が掴んで引き止める。
「し、嶋村くん、ちょい待ち!」
悪い奴ではない、と英助は幾度となく感じた嶋村の印象を脳内で反芻した。
確かに掴みどころはないし、会話のテンポも今一つ噛み合わないが、決して悪い奴ではなかった。それどころか、むしろ良い奴じゃないか、と思い直す。
英助の周囲には今までにいないタイプであったから戸惑うことも多かったが、この青年が真面目で実直で繊細な人間であるということは、これまでの会話の中で十二分に伝わってきた。
最初の『見られている』という印象があまりにも不気味過ぎて何処か色眼鏡で見てしまっていたが、今となってはそういった不快さはまったく抱いていなかった。
信頼に値する青年ではないか、と英助の胸の内が決意する。
「お、俺でよければ友達になりますか?」
「は!?」
意を決して告げた英助の言葉にかぶせるように、嶋村の上擦った声があたりに響き渡った。予想していなかった嶋村の反応に英助は、む、と眉を潜める。
「なにそれ、その反応を俺はどう取ったらいいわけ?恥ずかしいんですけど」
「その、俺が友達でもつまらない、と思う」
「それは俺が決めることでしょ」
強い英助の視線に、嶋村はさっと顔を俯かせて再び黙り込んでしまった。
はあ、と溜め息をついて、英助は嶋村の頭を両手で挟み込み、強引に上向かせる。
「だから顔下げんなって。お前見た目悪くねえんだから勿体ねえだろ」
「ご、ごめん」
「いいから、携帯出して」
携帯電話の赤外線機能を呼び出し、嶋村の準備を待ちながら英助は新しい煙草を咥えた。
火を点して味気のない煙を肺に送り込んだところで嶋村の携帯がすっと差し出される。
「送信?受信?」
「お、俺が送る、から」
「んじゃ俺が受信ね」
僅かなデータ送信の合間、嶋村の視線を感じて英助が顔をあげると、その真剣な眼差しは英助の口元で紫煙を漂わせている煙草に注がれていた。
穴が開くのではないか、というくらいの熱い凝視に、英助は思わず肩を揺らして笑う。
急に笑い出した英助に対して首を傾げた嶋村は、どうやら自分が煙草を見つめていたことに気付いていないらしい。
「お前、煙草見すぎ。これ気になるなら嶋村くんの前では吸うの止めようか」
「違う、全然大丈夫」
首を振りながら、送信終わったよ、と慌てて告げる嶋村の動揺した様子に、ふうん、と英助は鼻を鳴して笑う。
意地悪かな、と思いながらも聞かずにはおれなかった。
「興味あるなら吸ってみる?」
「え!」
「はい、俺が送信ね。受信して」
「う、うん」
おどおどと視線を泳がせる嶋村をからかっては可哀想だとわかっているのだが、何せ素直な反応が物珍しくて面白い。
突き合わせた携帯電話にデータが転送されていくのを眺めながら、英助はポケットから煙草の箱を取り出して、そこから一本だけを僅かに浮き出させた。
「ん」
「え?」
「どうぞ」
箱から一本突き出た煙草を嶋村の口元に近づけてやると、実直な青年は何度か英助と煙草を見比べてから、おずおずと白い筒を唇に挟んだ。
ちょうどデータ転送が終わった携帯電話をしまい、ぎこちなげに咥えられた嶋村の煙草にライターを運ぶ。
「軽く吸って、一気に吸うとむせるから」
「う、うん」
かちり、と親指で押したライターに小さな火が点る。
緊張した面持ちで嶋村の顔がすっと寄せられ、唇に挟んだ細い筒が火の切っ先に触れようとした、その僅か一瞬。
嶋村の漆黒の髪が火の明かりを受けて、まるで赤く焼けた鉄のように滲んだ。
陽炎に揺れる向こう側、伏せられた睫毛の影が酷くくっきりと浮かんで見える。
その一瞬だけ、何故か英助の心臓がどきりと振れた。
「わ、近っ、あぶねっ!」
「んっ、……っ!」
英助は、ライターと嶋村の距離感に気付いて咄嗟に火を離したのだが、むしろ、その英助の大きな声に驚いて、嶋村は大量に煙を吸い込んでしまったようだった。
ごほごほ、と涙目になった嶋村が苦しそうに何度も噎せ込む。
「わり、嶋村くんっ」
「だ、だいじょうぶ」
決して大丈夫ではなさそうな声で嶋村は短く告げると、それでも険しい表情のまま再び煙草に唇を寄せた。
その嶋村の行動に、英助はぎょっと目をしばたたく。
「し、嶋村くん!無理しない方が……」
「折角、貰ったし」
苦しそうな表情でなんとか煙を吸い込むが、案の定、嶋村は涙を滲ませて咳き込んだ。
真剣な様子でじっと煙草を睨み付ける嶋村に、英助は思わず苦笑する。
「試してみた感想は?」
「旨くない、です」
「それが正解です」
正直な男の素直な言葉に、英助は笑って肯いた。
嶋村の手から吸いかけの煙草を取り上げて楽しそうに笑う英助の様子に、学年総代表は訝しげに首を傾げた。
そんな嶋村を見ながら『楽しい』と。
初めて、英助は胸の内で弾むような鼓動を感じていた。
こんなに正直で、素直で、真面目な友人は、初めてだった。
友人を作ったときにこんな感情を抱いたことも、今まで一度もなかった。
英助は、吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて、替わりに食事の終えたトレーを腕に乗せて歩き出す。
「ほらほら、さっさと行くよ、嶋村くん」
「え」
「次の西洋文学史、一緒に受けようぜ」
「……ありがとう!」
輝くような。
その嬉しそうな笑顔に、英助までもが気恥ずかしくなってしまって、思わず視線を反らした。
こういう風にぎこちなく始まっていく友人関係というのもきっと悪くない。
英助はそう思って、追い掛けてくる嶋村の慌ただしい靴音にちらりと笑みを零した。
* * *
強い光で射抜いてきた不器用な男の真っ直ぐな視線に触れてみたのは、僅かな好奇心に突き動かされた些細な衝動。
キラキラと輝くそれは。
まるで星屑のように刹那のうちに瞬いて。
力強く俺の胸を撃ち抜いた。
それは息をのむほど、圧倒的な存在感。
強い光で俺の胸を射抜いた、矢のように真っ直ぐな。
ただ、真っ直ぐな、黒い視線。
Fin.
甚だ稚拙な文章では御座いましたが、ここまでご拝読頂きまして誠に有難う御座いました。まだまだボーイズがラブするような展開には至っておりませんが、気長に書いていく所存です。
誤字・脱字のご指摘やご感想・ご意見、いつなりとどうぞ。