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視線接触  作者: 玉露
1/4

※今作品には、男性同士の恋愛描写を含む表現がございます。

 キラキラと輝くそれは。

 まるで星屑のように刹那のうちに瞬いて。


 力強く俺の胸を撃ち抜いた。


 それは息をのむほど、圧倒的な存在感。





   視 線 接 触(しせんせっしょく)





 西松英助(にしまつえいすけ)が、見られている、とはっきり認識したのは、ごく最近だった。

 何気なく顔をあげたときに視線が合う、という些細な挙動を、だがその日に限っては十回以上も繰り返して、これはいよいよもって注視されているらしい、ということに思い至った。

 中講義室と呼ばれる一般的な大学の講義室には、多いときで八十人近くの学生が一挙に集う。

 選択科目の講義に至っては他学部の学生も一緒になって受けるものだから、そうなると最早誰が誰だかわからないのが常だった。

 そんな中、必ずと言っていいくらいの頻度で毎回同じ人物から視線が送られてくる。ふと見られているような気がして視線を向けると同じ人物と目が会う。この繰り返しをもう二週間は続けていた。

 英助自身に、心当たりはまったくない。

 知り合いと言うわけでもないし、過去に怨みを買ったような覚えもなかった。そもそも怨みを抱いているような視線ではないから、余計に不思議なのだ。


「松戸、おい起きろ」


 英助は、机に突っ伏して既に寝る体勢になっていた隣の友人に声だけで呼びかける。

 教授が来るまでは起こさないつもりでいたが、ちょうどいいタイミングで例の視線の人物が講義室に入ってきたため、自然に声が強くなった。

「なんだよ」

 面倒くさそうな声をあげて、友人の松戸悟(まつどさとし)がぼさぼさになった髪もそのままに、むくりと起き上がる。だが、英助はその頭を上から強引に押さえつけて再び俯かせた。抑え込まれた松戸の口からは、まるで蛙が潰れたような苦しそうな呻き声が漏れる。

「ちょ、おま、なにすんだよ」

「馬鹿、まだ顔あげんな」

 前の方は見ずに、松戸とともに俯いた姿勢のままで英助は声を潜める。

 訝しげな顔の松戸を横目に見て、

「いいか、まだ前は見るなよ」

 と、短く言い指してから、英助は松戸の頭からようやく手を離した。

「今、教室の前から来るやつ、ずっと俺のこと見てんだよ」

「は?」

「だから。俺、最近ずっと見られてんだよ、そいつに」

 英助の至極真剣な言葉の後には、だが、居たたまれない無言だけが流れた。松戸は無感動に溜め息をつくと、再び机に突っ伏してしまった。

 付き合っていられない、と言わんばかりの胡乱気な目つきで、上目づかいに英助をねめつける。眦が垂れ下がっているせいか、そうやって眇めると非常に目つきが悪い。

「……なんだし。お前それモテ自慢ですか」

「ちげえ、馬鹿、聞け。見てくんのは野郎だよ」

 ごろん、と机の上に頭を乗せて、松戸は一際長い溜め息をわざとらしく吐き出す。

「だから君は人一倍目立つからね。仕方ないでしょ」

「だからって一日に十回以上も目が合うんだぞ」

「はいはい、女にも男にもモテるんですね」

「そういうことじゃねえだろ、ふざけんな」

 英助は、すっかり興味をなくしてしまった松戸の肩をぶんぶんと揺さぶった。



 確かに、西松英助は幼い時分より良い意味で周囲から浮いている子供だった。

 祖母がフランス系の外国人で、そのクォーターにあたる英助の見目は際立って美しく、幼い時分より非常に目立っていた。それは、一線を画す、とでもいうのか、英助の持つ独特の雰囲気は、常に誰からも注目を集めてしまう類まれなものであった。

 高い位置で稜線を描く鼻筋はすっきりと通り、僅かに光彩の薄い瞳はどちらかと言えば黒目がちの印象だが、くっきりとした二目瞼が全体的な面立ちを引き締めているため、甘ったるさは感じない。

 中学生の頃からユーズドショップやセレクトショップ巡りを趣味にしていただけあって服装にもそれなりの拘りがあったし、髪型も高校生の頃から左側だけにボリュームを持たせたアシンメトリーを崩したことはなかった。

 唯一、英助が自分の外見で気にしているところがあるとすれば、それは身長がぎりぎり百七十センチに満たない、という点である。

 こればかりは、隔世遺伝でもどうにもならなかったらしい。


 ともあれ、そういった外見の拘りや世間の流行に関して、自分が人一倍敏感な性質であるということは英助自身も自覚しているところであり、それを女子たちが好むということはあっても、同性からその手の視線を浴びたことなど未だかつて一度もなかった。

 男にもモテる、と言われても今一つしっくりこない。



「頼むよ、松戸。ほら、こっち来るから!」

 英助はぐい、と松戸の肩を引っ張る。

「いっせえのせ、で顔あげて。全身黒い服の奴だから」

「んだよ、寝かせろよ」

「ほら! いっせえのせ!」

 強引な英助の合図に合わせて、二人同時に顔を上げる。

 瞬間、いつもと同じ人物とばっちり視線がぶつかって、英助は内心でそら見たことか、とうそぶいた。

 英助と目があった男は、一瞬ぎょっとしたような顔をして、すぐに視線を反らす。

 英助の隣でその一部始終を観察していた松戸は、垂れ目がちの細い瞳をさらに細く眇めて顎をさすりながら深く肯いた。

「うーん、あれは確かに見てたなあ」

「だろ? あれ、誰だよ」

 かなりの頻度で英助と授業がかぶっているところを鑑みるに、どうやら同学部の学生らしいということは予想できるが、何せ人数が人数である。

 何百人といる中で、あの男の素性を調べるのは非常に困難に思えた。

 どうしたものか、と呻く英助をちらりと横目に見た松戸は、呆れたような顔で苦笑を浮かべた。


「てか、あいつ総代だろ」


 あっさりと告げられた答えに、思わず「え」と声を漏らして松戸の顔を凝視する。

 僅かに口の端を釣り上げた中途半端な笑みを浮かべ、松戸はこくこくと首を縦に振った。

 総代、ということは、要するに、学年首席、というヤツだ。

「頭めちゃくちゃいい奴じゃんかよ!」

「いや、それ以前にちょっとした話題になってたろ」

「話題? 知らねえけど、俺」

 成績に関して言えば常に中の下から中の中を行ったり来たりする英助にとって、総代なんていう人物はもはや雲の上の存在である。そんな他人よりも遠い人物の噂話など聞いたこともなければ、そもそも耳に入ってくるような余地すらない気がした。

 わからない、と首を傾げる英助に、松戸は少し大袈裟に驚いた風を装う。

「まあ、いやだ。結構、話題騒然でしたのよ、奥さん」

「あら、本当に? まったく存じませんでしたわ、奥さん」

 見つめあったまま閉口することしばし。

 じとり、と目を眇める松戸の顔を見ても、思い当たるものなど何もなかった。

 無言で首を横に振る英助に向かって、松戸は脱力したように肩を落とす。

「お前ってほんと自分のことしか頭にないよなぁ」

 松戸は、呆れた、と溜め息交じりに漏らして机の上に頬杖をついた。

 その視線は、講義室の前の方に座っている黒づくめの背中を見つめている。

「総代ってさ。なんか頭もいいし、見た目も悪くねえし、あの身長だし。王子様かよって、ちょっとネタみたいな人だなって言われてたんだよ」

 松戸は、当時の話題の内容を思い出しながら小さな声で語る。

 言われてみれば、と英助は、このところ良く目の合う男の姿を脳裏に思い浮かべた。



 身長は、自分のそれよりも優に頭半分くらいは高い。

 だが、それを見ても『ひょろ長い』という印象に至らないのは、おそらく体型と身長の対比が綺麗にとれているからなのだろう。細身になりすぎない均整のとれた体型をしている証拠だ。

 さて、顔はどうだったろうか、と思い浮かべて、これまた英助は納得してしまった。

 ことさら美形というイメージはないが、確かに『悪くない』のかもしれない。

 切れ長の一重瞼はキリリとした印象で、すっと伸びた鼻梁も、鋭角な顎のラインも、そのシャープな稜線は釣り合いが取れている。黒縁の眼鏡に根暗なイメージや野暮ったさを感じないのは、どうやら眼鏡のデザインのせいばかりというわけでもないようだ。

 全身黒尽くしという乱暴な洋服のチョイスにしてみても、醸し出す全体的な雰囲気が既に『インテリ然』としていて、確かに言われてみれば『総代』をあつらえたようでおもしろいほどにマッチしている。

 そして、よくよく見てみると驚くほどに肌がきれいなのだ。

 これは確かにネタだな、と英助も改めてそう思った。


「スポーツ万能とかだったら笑うんですけど」

「だろ? まあ実際は暗いやつみたいでさ」

 松戸は興味がなくなったのか、大きな欠伸をしながら、だらりと背もたれに身体をもたせ掛けた。ぼう、と天井を見上げる視線は授業が始まる前から既にだるそうである。

「総代が誰かと絡んでっとこ、俺見たことねえし」

「ああ、言われてみればそうだな」

 講義も大抵一人で受けているようだし、校内で目が合うときも誰かと一緒にいたことは一度もない。

 だが、と英助は首を傾げた。

 もうかれこれ入学して三カ月はたっている。

「三か月もありゃ友達って普通できねえもん?」

「それ、お前が言っちゃう? お前は常に人の中心にいるからそう思うんだろ」

「だって松戸だって俺と友達になれたじゃん」

「なぜならそれは入試の時に席が隣だったからです。それ以外の友達は割とお前を経由して知り合ったのがほとんどだよ」

 苦笑しながらそう告げる松戸の横顔を見て、そんなものかな、と英助は思う。

 今の今まで『友達』という存在を欠いたこともなく、『作れない』という悩みを抱いたこともない英助にとってみれば、三か月も時間があって、ただの一人も友達がいない、という状況はとてもじゃないが現実的ではなかった。

 まったくもって想像ができない。

 もしかしたら、そう思える自分は恵まれているのかもしれない。

「総代は俺と友達になりたいのかなぁ……」

「好きなんじゃね? お前のこと」

「え!」

 にやり、と笑う悪戯めいた松戸の表情に、英助は思わず絶句する。

 何を言い出すのか、と目を見開いて訴えたが、松戸はおちゃらけた顔で、ちちち、と舌を打ち鳴らした。

 明らかに状況を楽しんでいる顔だ。

「いやいや何考えてるかわからないよ~。なんせハイパーインテリだから、彼」

「ないだろ、マジホモって」

「俺、ニシがストーカーされてもしーらない」

「え!」

 ない、とわかっていても、その不穏な単語にぎくりと心臓が慄いた。

 どんな奇怪な事件があっても不思議ではないこのご時世、翌朝の朝刊の一面を飾るのがストーカーに惨殺された自分の記事であったら、それは自分にしてみても家族にしてみても友人にしてみても、きっとたまったものではない。

 ごくり、と思わず喉が鳴る。

 真に迫った表情で固まってしまった英助を、松戸の真に迫った瞳がじっと見つめる。

 だが、ややあってから盛大に吹き出したのは松戸の方だった。

「あるか、馬鹿。冗談だっつの」

 けらけらと笑いながら、松戸は机の上にレジュメやら筆記具やらを広げて講義の準備をし始める。机に出したままの携帯電話の時刻は講義開始二分前を示していた。

 そろそろ老齢の教授が前のドアからのんびり入ってくる頃合いである。

「ほら、ニシも馬鹿言ってないで準備しとけよ」

「まじ冗談って言えるか? だって、よく考えろよ、ずっと見てくんだぞ」

 冗談だ、と笑われても一度英助の胸に芽生えた黒い不安はなかなか去らなかった。

 恐る恐る見つめた前方の黒い後姿に、じわり、と言い知れぬ恐怖が込み上げる。

「……あいつ、俺のことストーカーするかな」

 口の中で小さく呟いた英助の言葉に、だが、松戸はふんと鼻で失笑した。

 その手には既に今日の講義の教科書となる分厚い『民法総則』が乗せられている。何百ページにも及ぶその本は、もちろん教授自身の著書だ。

「しねえよ、バカ。野郎が野郎ストーキングしてどうすんだ」

「そりゃそうだけどよ」

「そんなに気になるなら聞きゃいいだろ、本人に。なんで見てくんだよって」

 至極明快な松戸の言葉とほぼ時を同じくして講義室の前のドアががらりと開いた。

 背の低い老齢の教授は、細い体躯をきっちりと糊付けされたスーツに包んで現れると、のんびりと教壇に立った。

「さて、始めよう。ちょうどいい時間かね」

 小さな体からは想像の出来ない良く通る声を教室中に響かせて、教授はにこりと笑う。

 教室内は徐々に喧騒を鎮めていき、それに合わせるように英助もまた口を閉ざした。

 90分に渡る長い講義の間も、英助は学年総代表だという男の後ろ姿を見つめたまま、目が離せなかった。



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