[3] 葬送の太刀
また昔の夢を見ていた。
重たい頭を巡らせる。もう朝だった。
だが、いつもの朝とは違う。なんだか外が騒がしい。
体を引きずるように這って行って、襖を開けて顔を出す。
「うわっ! 神楽、急に頭を出すな! 踏み潰すぞ」
頭上から声がした。すると丸坊主の、神楽と同じくらいの年齢の男がいた。
「それは困るな。何があったんだ、夜水」
「てめぇもさっさと着替えろ! 大変なんだよ!」
見れば夜水も他の慌しく走り回る連中も黒服を羽織り、それぞれ武器を手にしていて、皆、どこか殺気立って様子が伺える。
「早くしろ! 神楽!」
「あ、あぁ……」
神楽は部屋に引っ込み、すぐに着替えを始める。着替えながら、まだ眠りこけている夏眼の腹を蹴飛ばした。
『い……っ!』
途端に夏眼は飛び起きた。
『なんだ! もっとまともな起こし方はないのか!』
「阿呆。――なんだか、お屋敷の様子がおかしい」
そういうと夏眼は食って掛かるのをはたと止めた。
『相当不味いな、これ……』
「なんだ」
『良く分からないが――嫌だ。気分が悪い。鼻が利き過ぎるのも嫌なもんだ』
そうしてるうちに、神楽はマントも羽織って身支度は終わっていた。腰に『葬送の太刀』を吊るし、
「出よう」
『おうよ、相棒』
外へ出ると、今までにない暗さがお屋敷の周りを覆っていた。さらに、お屋敷本体を囲む塀の上に神楽の仲間――境界人たちが多数、上がっていた。
「神楽、早く!」
彼らがいるおかげで、その奥の様子が見えない。
神楽は一度空を見上げた。――不気味に、渦巻いていた。
促されるまま、先ほど叫んだ夜水の隣に飛び乗る。
「用意!」
どこにいるのか分からないが、七草の声が叫んだ。
神楽は目の前の相手を目の当たりにして、唖然とした。
一体や二体なんてものではない。百、いやニ百は下らないだろう。それほどまでに多い世捨て人ら肉塊の集団が、がそこに群がってきていた。辛うじて人の形を留めたもの、頭だけになったもの、そこから手足が生えてしまったものや、はたまた人だったのかどうかも疑わしいものまで、多種多様だ。こんな光景を目にするのは、神楽も、他の連中も初めてだろう。
「なんだ、これ……」
「怖じ気ついたか、神楽?」
「ふん、まさか」
不気味な音があちこちから聞こえる。今このときにも、世捨て人はその姿を変えていっている。
「――かかれ!」
七草の声によって、一斉に境界人たちが飛び散った。
神楽も塀の屋根を蹴って、目の前の相手から次々にその太刀を突き刺していく。次々にあちこちから火の手が上がり、燃え尽きる前のその個体を土台に、それを蹴り飛ばして次の相手に掛る。神楽は、誰よりも身軽で、誰よりも速かった。
「神楽、危ねぇ!」
夜水の声がして、振り返ると矢が無数に刺さって燃えていく過程の世捨て人が神楽に向かって飛んできた。おそらく、夜水が土台代わりに蹴り飛ばしたのだろう。神楽は身を捩ってそれを避ける。が、それによって飛翔していた体のバランスが崩れてそのまま落下する態勢になる。
「くっ……!」
何かを蹴って、と思ったが回りは運悪く自分で倒したばかりで何もいない。そのとき、神楽の体の下に黒い影がやってきた。
『神楽!』
夏眼だった。
落ちる神楽の体を、巨大化した夏眼の背中が掬い上げるようにして救う。
『危ないな』
「助かった」
そう言って神楽はまた起き上がり、夏眼の背を蹴って飛び上がった。
だが、その拍子に見えたのは、なぜかお屋敷の方へ向かう七草の姿だった。何か叫んでいるようだ。その顔が向く先を見ると、昨日神楽が連れて来た少女――葉月が柱にしがみついてそこにいた。
「このっ……!」
向かってくるデカブツを、その太刀で刺さずにただ蹴り飛ばし、塀の方へ跳ぶ。蹴り飛ばした個体は夏眼が食いかかって片付けた。
見れば屋敷本体に辿り着いた七草の方までも世捨て人が迫っていた。もちろん七草は一人で、しかも葉月と言うハンデを背負って戦っている。
神楽は塀から飛び降りて、屋敷へ向かった。――後ろから追いかけてくるのが気配で分かる。
「何してる! 早く中に入れ!」
神楽が二人の前に立ちはだかって叫ぶ。七草はすぐに葉月を抱えて襖の奥へ消えた。
「何でこんなに多いんだ……」
神楽は小さく愚痴を零す。
どれだけ倒しても、二十人やそこらしかいない境界人と、当初ニ百体ほどもいた世捨て人とでは、圧倒的に神楽たちの方が不利である。
一旦敵が止んだ瞬間、神楽は腹を決めて、傍らに刀を突き刺した。そして黒服の裾をまくり、懐から出した白い帯で、たすきがけの形にする。そして再び葬送の太刀一旦抜き、目の前に刺しなおして、束に手を添える。そしてやや眉根を中央に寄せて、
「来い、バケモノ」
挑発的に呟いた。
どうやら残りは、神楽の方へ向かってくる十数対だけになったようだ。
「おい、まじかよ……!」
構えを変えた神楽を見て、夜水は呟いた。その発言は彼だけのものではない。ほとんどの仲間が、そう思っているのだ。
「――『葬送』だ……!」
誰かが叫ぶように言う。何が起きたのか分かっていなかった人々も、その言葉を聞いて驚きの表情を浮かべる。
「神楽……大丈夫かよ」
心配そうに呟く夜水の横で、夏眼も真剣な眼差しを神楽に向けていた。
七草は急に外の音が少なくなったことを不思議に思い、葉月を抱えたまま襖をそっと開けた。そして七草は息を呑んだ。――目の前には、白いたすきを十字にかけた神楽がいた。
これから何が起ころうとしているのか、七草に分からないわけはなかった。
「『葬送』だわ……」
葉月はその言葉の意味が分からず、不思議そうに七草の顔を見上げた。
世捨て人を大量に退治するための、最大で最強の手段。
――『葬送』が始まろうとしていた。