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spin-out;er  作者: 美咲 菫
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[10] 陰陽の血筋

 赤い満月が空を照らす日まで、今夜を除けばあと二夜。

 今夜も世捨て人が常世を襲った。

 今日は辛うじて、数名が手傷を負う程度で済んだ。この間も夜水が引き連れた一隊で死人が出たそうだ。死んだ境界人は、世捨て人に飲まれて世捨ての運命を背負うことになる。

 ――できることなら、そんなことにはなりたくない。

 この狭間へやってきて、ずっとそう思って生きてきた。無論、今もその思いは変わっていない。これからもそうでありたいと願う。

 七草がお屋敷へ戻り、自室の襖を開けると、そこには葉月が座っていた。その顔はなぜか頭上を仰いで、傾いでいた。

 それ以上に七草が目を見張ったのは、彼女の周りを囲う透明な膜のような物。

「あ、ななくさ! おかえりなさい」

 葉月が振り向いてそう言ったときには、もうそれは消えていた。今のは何だろう、と思いつつも七草はいつもの笑みを葉月に向ける。

「ただいま、葉月。何してるの?」

 そう言って七草も同じように葉月の見ていた方へ首を向けた。そこには、七草がお屋敷へやってくるときに常世から唯一持ち出した、家族の写真があった。とはいえ、そのときは覚えていた両親や兄弟姉妹の名前すら、今はもう思い出せないのだが。

「この人たち、ななくさのかぞく?」

「ええ、そうよ」

「ねえななくさ……葉月のかぞくはどこかなぁ……」

 七草はその言葉にドキリとした。

 葉月の家族。その記憶は今、七草の頭の中に埋まっている。だがそれを返すことは――。

「葉月にお母さんはいるのかな、ななくさ」

「お母さんのこと、覚えてるの?」

 葉月は黙って首を左右に振った。

「わかんない」

「そう……」

 七草は内心ほっとしていた。なぜなら、もし葉月が家族のことを覚えていたとしたら、彼女はここでじっとしていないだろうと思ったからだ。まだ幼い少女が、両親のことを思い出してここから逃げ出さないと言えるだろうか。

「でもね、ななくさみたいなお母さんだったらいいな!」

 葉月は立ち上がって笑顔を七草に向けた。

「ええ? 私が?」

「うん。それでね、かぐらお兄ちゃんが葉月のお兄ちゃんなの」

「お父さんはいるのかしら」

「うん! つるまさがお父さん!」

 そう話している葉月はとても楽しそうだった。だが葉月はすぐにさきほどのような考え込む顔になって、

「葉月のかぞくはいないの?」

 と七草に尋ねた。

 七草は一瞬、言葉に詰まった。だが唾を飲み込んで言う。

「いないのよ、葉月。だから私があなたのお母さんよ」

「本当? だったら葉月うれしいなー」

 あなたのお母さんは狂っていて、お父さんはそのお母さんに殺されたのだ。そんな、大人にとっても惨たらしい事実を、こんな少女に告げることは七草にはできなかったし、それにその必要は皆無だった。狭間に生きる者は皆、家族や友人の存在を無かったことにして生きている。

 いつか葉月が本当のことを知るときがくるのだとしても、それは今でなくても構わない。今ではいけない。



 それから少し後、七草は葉月を部屋に残して鶴雅の元へ向かった。相変わらず顔色は優れない様子だ。

「なるほど、結界ですか」

『それは珍しい人材だね』

 七草は黙って頷いた。

 七草は鶴雅と壱乃に、葉月の周りにあった透明な膜の話をしたのだ。

「私もあれは結界だと思いました。本人に自覚はなくても、無意識のうちに自分を他の誰からも遮断した空間へ入ろうとしていたのでしょう。ただしまだ不完全のようでしたが」

「しばらく様子を見ていて下さい。これから完全なる物へと変化していくかもしれません」

 半身を起こしているだけにも関わらず、鶴雅はかなり辛そうに息を吐いた。

「それにしても、結界が使えるとなると……陰陽師の家系ということでしょうか」

『そうかもしれない。末端かもしれないけれど、同じ血が流れていることは否定できない。大事にした方がいいだろうね。――代々陰陽師の家系は、呪いだとか化け物だとかを相手にしてきた人間の血筋だ。その中には当然のように、世捨て人もいたはず。そんな人間の一人くらいは、いた方が有利かもしれないね』

 壱乃の声が重々しく響く。

「そういうことで、頼みますね七草」

「はい」

 七草はそう返して、長の部屋を辞した。



*  *


 全く、月を見上げたところで、あれが消えてくれるわけではないのに。

 そんなことは分かっているのに、それでも不安げに月を見上げてしまう。忌々しい赤い月。未熟な、醜い月。

 不安なのは神楽だけではない。他の者も当然、緊張の糸は張り詰めて、気が狂いそうになりつつあるだろう。何しろ忌みの満月――死が訪れてもおかしくないのだ。神楽ですら、死は怖い。今まで幾度と無く危機を乗り越えてきた彼にとっても、噂にしか聞いていなかった「忌みの月」がやってくるということは恐るべきことだ。

 きり、と胃が締め付けられるような感覚に襲われる。

「神楽」

 襖の外で、緊張した夜水の声がした。すぐに世捨て人が現れたことを報せにきたのだと気付いた。

「ああ、今出る」

 自分だけでない。改めてそう思えるほど、屋敷全体が緊迫した雰囲気に包まれていることは否定できなかった。静まり返り、数日前まで聞こえていた葉月の声も今は聞こえない。

 ふと考える。

「葉月はどうしてるんだ……」

 神楽は呟いた。

「何か言ったか、神楽?」

「いや、何でもない。すぐ行く」

 七草か鶴雅のところにいるだろう。心配することはない。

 そう自分を納得させつつも、戻ってきたら葉月の様子を見に行ってみるのだと神楽は密かに決めた。



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