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果テの先  作者: 加水
第三話
9/14

第四話『鏡の自分』

皆さんこんにちは、シャドーです。さあ、次のお話でも致しましょうか。


皆さんは鏡というと何を思い浮かばせますか?白雪姫の鏡ですか?それとも手鏡?合わせ鏡に、水鏡。他にも多数思い浮かぶ物があると思います。鏡とは古来より不思議な力を持っていると囁かれているもの。どうです?興味深いでしょう?

今回はそんな鏡にまつわる一つのお話をご紹介したいと思います。


主人公は真部まなべ かおるという少女。彼女はとある鏡についての話を噂で聞いたのです。


その噂の内容は、夜十二時から三時の間に真っ暗にした中で懐中電灯を用意する。そして鏡の前に立ち、じーっと鏡を見ながら鏡の中の自分が動くのを待つ。最初の三日間は何も起こらないが、四日目に入ると見過ごしてしまうかもしれないくらい少し動くそうだ。それを見たら、自分がその鏡の中の自分に合わせて動く。それを七日間続けて行うと鏡の世界の自分が動き出すというのだ。


そう、彼女はさっそく試してみたくなったのです。

さあ、これから始まりますよ。ごゆっくりどうぞ。






噂というか、都市伝説みたいな怖い話。それを聞いて、私はこっそりとそれを試そうと心に決めた。

何故か?って、クラスの友達が怖がりって馬鹿にするから、この一週間かかる肝試しをやって見返してやろうって話なの。

確かに夜十二時から三時の間って言ったら草木も眠る丑三つ時の時間だし、怖いっちゃあ怖いけど。だからこそあいつらを見返せるってものなのよ。


「えぇっと、この鏡でいいかな?」


私はなるべく大きな手鏡を用意する。いくら自分の一人部屋を持っていようとも、両親と一緒に暮らしてる限り最善の注意を払わなくてはいけない。見つかったら鏡を取り上げられかねないし、何をやってたか問い詰められるかもしれない。

だから、布団をかぶって持ってられる手鏡と、懐中電灯を用意した。手鏡と言っても大きなサイズで、私の頭から胸下までを軽く映し出すことが出来る。

これで準備はOK。後は皆が寝静まるのを待って実行するだけ。




夜十二時。予定通り皆寝静まっている。

流石に夜遅く、一人で起きているのは気味が悪い。しかも明かりは消してあるし。とりあえず明かりが漏れないように布団をかぶって。っと。

布団をかぶり、懐中電灯で手鏡を照らす。手鏡から光が跳ね返って、うっすらと私の顔を映し出していた。ぼうっと鏡に浮かぶ私の顔。

これが動くのを見てろってこと?

私はじーっと鏡を見る。何かが起こっても、決して見逃さないように。

しばらくじーっと鏡を見つめていたけど、大して何も起こらない。なんだ面白くもない。


「あっ……。」


そうだった。三日間は特に変化ないんだっけ?それじゃあ、あんま根つめてもしょうがないよなぁ。

そう思うと、緊張の糸が途切れたのか瞼が重たくなってきた。

まぁ、何分やれとかなかったし。一応見たんだから良いよね。

そう思うと、瞼が落ちて暗闇がやってきた。私はいつの間にか眠ってしまったのだ。



一日目はそんな感じで、二日目もはっきり言ってやる気がないくらいだった。

十二時になるころにはすでに瞼が重くて開けるのがようやっとの状態。うつらうつらしながら、とりあえず一回は鏡を見ようと昨日と同じように懐中電灯をつけた。


「へっ?」


一気に目が覚めて私は目を瞬かせた。うっすらだけど、鏡の中の私が笑んだように見えたのだ。心臓がドキドキ言っている。

まじまじと鏡を見てみるけど、先程の現象は起こっていない。もしかしたら、あまりの眠さで夢の中に足を一歩踏み入れてたのかもしれない。いや、きっとそうだ。だって、今日はまだ二日目。まだ何も起きるはずがないんだもの。

そう思うことであんな新したのか、心臓の音はゆっくりになっていく。

私は懐中電灯を消して眠りについたのだった。



三日目は特に何も起きなかった。しばらく見てはいたけど、一日目を同じで何か変わった様子なんてなかった。なんだかなぁ、夜遅くまで起きてるっていうのに何にもないのは馬鹿馬鹿しくなってくる。

もう止めちゃおうかなぁ。まぁ、四日目に何かが起こるっていうんだから、やってみようかな。後一回だけ。



そう思って、四日目も同じように準備した。

寝床に入って気付いたことがある。懐中電灯の電池が少なくなってきていた。だから、懐中電灯の明かりが暗くなっているのだ。明日電池を買ってこないと駄目かなぁ。

今更言っても遅いこと。仕方なく私は今日も鏡と向かい合った。

噂によれば、今日、鏡の中の自分が動くという。けど、見過ごしてしまうほどの小さな動きだというのだから、すみずみまで見ていないといけない。

だkら、薄暗い中、じーっと鏡を見た。鏡の中の私もじーっと私を見る。

どのくらいの時間が経ったのかな?結構な時間見てると思う。けど、まったく鏡の中の私は動く気配がない。


「……なんだか飽きてきたなぁ。」


ポツリと誰にともなく言って視線を懐中電灯に移動させた。

あれ?

なんだかおかしかった。違和感が私の視界のすみにあった。少しだけ目に入る鏡の自分に、一瞬だが違和感を感じたのだ。

じっくり見てみようか、このまま見るのをやめてしまおうか、どうしよう?悩んでしまう。

けど、このまま見ないで寝るのは……多分寝れない。

私は意を決して、首を動かし鏡に向かい合う。



バチっ



そういう音がしたと思った。鏡を見ることなく、目の前が真っ暗闇に覆われた。

何が起きたのか、すぐさま理解することができなかった。しばらくその場で頭も体も固まったまま。しばらくして、ようやっと懐中電灯が消えたのだと理解する。

理解すると、心臓の音がひどく大きく感じた。私は、懐中電灯と鏡を布団から押しのけて、布団に包まったまま目を閉じた。

何もない、何もない。きっと気のせいだ。

そう自分に言い聞かせて、じっとしながら目をつぶっていた。


ただの噂だよ。きっとそう。




五日目の夜。相変わらずの準備をして、布団意もぐりこんだ。


「……あーあ、もう止めようかな。こんな毎日夜遅くまで起きてたら寝不足だし。」


けど、出たのはため息。正直、この噂の実証ってかなりめんどくさいものなんじゃないか。って思ってきた。だって、一週間も同じことをしなければならないのだ。

寝不足になることこのうえないし、眠さのせいで幻覚を見る可能性だってあるんじゃないのかな?それが、たちまちうわさになったとか。

まぁ、夜だし、真っ暗な中懐中電灯の光だけだし、いつもと違う風に見えても不思議はないし。これ以上やっても同じな気がひしひしとする。

私は明かりをつけたままじっと鏡を見つめた。そこには光に映し出された私の姿がある。

そういえば、鏡っていえば、光の反射によってモノを映し出すのよね。光がなければ何も映し出せないものだし。そう考えると、こうやって映ってるのって不思議よね。


「あっ……。」


ぼーっと見てたら、昨日の違和感が塊でやってきた。いや、今はない。ないというか、今は驚いてる姿、そのままが鏡に映っている。だけど、それが可笑しい。

だって、鏡は私が驚く前に驚いたような表情を映し出したんだもん。

一瞬だから見間違いかな?

私は鏡を持って、くるくると回転させ、表と裏を交互に見る。一回視界から消えて、もう一度入ってくる自分の姿。眉を八の字にして、何か悩んでるような表情。


「気のせい……?」


私はピタっと鏡を止めた。何も変化はなし。

まぁ、指定の時間外。まだ十時だもの、何もあるわけないか。


かおる!もう寝なさい。」


「はーい。」


お母さんの声に、私は慌てて布団の中にもぐりこんだ。鏡も一緒に布団の奥へと押し込める。

ここまでやってきたんだから、後三日間くらい、やってみようかな。そう思いながら、布団の心地よさに目を瞑る。

十二時まで一眠りしよう。

そのまま私は先日までの疲れが溜まってたのだろう。すぐさま深い眠りへと落ちていった。




私は後悔していた。学校まで来たものの、ため息が止まらない。

なぜなら、昨日。あのまま朝までぐっすり眠ってしまったのだ。気分爽快、すっきりばっちりなお目覚めでした。そう、まったく目が覚めなかったのよ……不覚。これで、一回やらなかったことになるし、このまま続けても失敗かな?


「はぁ……。」


またため息が出た。


「何ため息ついてるのよ?馨さん。」


「別に。」


自分の席に座っていると、いきなり視界に入ってきた影。私はそれをきっと睨みつけた。

元凶になったクラスの仕切りやで、自己中な女。もとい、草薙くさなぎ 真菜まな。彼女は人が嫌がることを平気でする。


「あらあら、そう?どうせあの話で夜も眠れなくなっちゃったんじゃなぁい?」


ねっとりとくっつくような嫌味な口調で真菜は私に言う。あの話とは鏡の話のこと。

私は取り合わないようにそっぽを向こうか考えた。

あぁ、そうだ。


「まさか。私、今、あなたから聞いた話を実行中なのよ。もう今日で六日目なの。」


逆に脅かしてやろう。

ちらりと彼女に視線を向けて、薄く笑ってみせた。

彼女は頬を引きつらせて身を引いた。予想外の言葉だったのだろう。

しかし、その表情は一瞬だった。すぐさま好奇心へと姿をかえる。


「へぇ。それで?何かあったの?」


しかし、彼女の態度は相変わらず高飛車で、好奇心を表に出さないようにしているようだ。

でも、目が輝いてるから、見え見えなんだけど。


「あった。」


「え?ほんと!?」


少し戸惑ったけど、口はさらりと嘘の言葉を滑り落とした。

高飛車なプライドが好奇心に負けたのか、驚きながらも、彼女は身を乗り出してきた。


「それは秘密。」


引き付けた後に、私は意地悪く言葉を濁す。

それから、彼女が私に何か聞く前に席を立ったのだった。



さて、今日で六日目。いよいよ何かないと嘘というか、面白みがない。

真菜にはあんなことを言ってしまったし、目に見えて変な事が起こってくれないかなぁ……いや、まぁ怖いけど。本当に起こったりなんかしたら。

昨日のはきっと眠すぎて夢うつつに見てたものだし。何も起こらなかったら昨日のことでも面白おかしく話して脅かしてやろうかしら。

とりあえず、今日はお母さんにも見つからず、十二時まで過ごせたわ。懐中電灯も電池が新しいから切れる心配はないし。布団にもぐりこんで、いざチャレンジ!

私は、昼間の真菜の反応にすっかり気分をよくして、昨日の怖さなんて忘れていた。


「さーて、何か起こるかな?」


鏡をセットして、そっと懐中電灯の光を自分に当てる。すると、うっすらと鏡に自分の姿が映し出された。


「っ!?」


ぴゅっと手から汗が一気に吹き出て、思わず私は懐中電灯を落とした。ガンっていう小さな音が耳をつくけど、目は鏡に釘付けになった。

暗い中でぼんやりと映る私。

今、私は驚いて、頬を引きつらせ眼を見開いているのが自分でもわかる。

だけど……だけど、鏡の中の自分は……。

笑っている。

笑いながら、私を見ている。凝視しあう二人。私は目が離せないでいる。

それでも一向に向こうの私は私に向かって微笑みかけている。


「……な……な、なにこれ?」


一瞬頭がまっしろになって、口から出たのは上擦った高い小さな声。

心臓の音がだんだんと収まってきて、私は警戒しながらも恐怖心が好奇心に負けて、鏡に顔を近づけた。

ゆっくりと近づくと、相手も笑いながらゆっくり私に近づいてきた。

手をそっと出して鏡に触れてみる。すると、相手も私とは反対の手をそっと出してきた。

表情以外は私の真似をする。少し、ほっとした。

まだ鏡のそれは鏡の中の自分であることがわかったから、ほっとした。

えぇと、そうだ。鏡の中の自分が自分と違う動きをしたってことは、昨日のことは大丈夫だったみたい。このまま上手く続けていけば鏡の世界が動き出すのね。

いよっし。確か、鏡の中の自分が動いたら、それに合わせて私も動けばいいんだっけ。


「……いいわ。とことん付き合ってあげる。」


なぜか鏡に向かって私はそう言った。それから、彼女に合わせてにっこりと微笑んだ。

すると、彼女は驚いたように身を引くので、私も驚いたように身を引いた。なんだか変な感じ、追いかけっこをしているような。置いていかれてはいけないというそういう感じを肌で感じて、なんだか楽しくなった。

少しも間違えずに、すぐさま真似をしてやる。そういった闘志に火がついた。

次々と動く鏡の中の自分の真似をしていく。少しも間違えないように。

何時間遊んだのだろうか。いつの間にか、私の意識はなくなっていた。

気付いたのは、朝日が窓から差し込んで私を照らし出した時だった。



日の光で、私は目を覚ました。いつもと変わらない朝。

欠伸を噛み殺して起き上がる。時間は七時を時計が指し示していた。


「ふぁ……朝か。いつの間にか眠っちゃったんだ?」


学校に行かなきゃいけないから、しぶしぶ洗面台まで歩いていく。寝ぼけ眼もこれでばっちり。顔を洗ってタオル顔を埋める。気持ち良いなぁ……。


「へっ……?」


鏡を見て、私は固まった。

今は朝だ。夜じゃない。周りだって存分に明るいし。

焦りが私を襲う。

鏡の中の私は平然と、歯を磨いていた。歯を磨いて、それから髪に取り掛かる。いつも私がやっていること……だけど、私はまだ顔を洗い終わったばかり。

鏡じゃなくて、まるでビデオでも流れるがごとくそれは自然と作業を行っていく。そして、全てを終えた後、すっと鏡の中から消えた。

今、私の前には私が映っていない風景が映っている。

私は悲鳴をあげようにも、恐怖のあまり声がでなかった。かくんという足の反動で、鏡が視界から消えた。

私は座り込んだまま、鏡を見ないように洗面所から這って出た。

正直、何がなんだかわからない。目の錯覚なのか?

だけど、二度と洗面所の鏡を見たいとは思わなかった。胸の中で何かがムカムカと警告を発している。けれど、どうしようもない。

仕方なく朝ごはんを食べて、学校へと向かった。人が大勢居れば、気分も落ち着くだろうと思って。

学校について、階段を上り自分の教室まで行くその道のり。私は階段に大きな等身大の鏡が設置されていることを忘れていた。だって、普段は気にもとめないことだったから。

重い足取りで階段を一つ一つ登っていく。ふと、何か気になって私は顔を上げた。

視界に入ってきたのは曲がり角の壁と、左側に光るもの。思わず私は足を止めた。視界に入ってくる光るものの中で何かがゆっくりと移動する。それが何だか、しっかり見なくてもわかった。

鏡の中の私はすっと鏡から姿を消す。今朝と同じ。鏡の中の私が動いて、最後にはそこに私は映らない。

ゆっくりと足を進めて、突如私は駆け出した。鏡を見ないように。

今にも叫びだしそうだった。心臓がバクバク言っている。だけど、息が切れて声がでない。それに落ち着いている自分がいるのも確かで。今日の夜はいったいどうなるのだろうか?という不安と期待が胸の中で入り混じっていた。

教室について息を整え、自分の席へと座った。案の定すぐさま一つの影が私を隠す。


「か・お・るさん。おはよう。」


「おはよう。」


真菜がにっこりと私に話しかけてきた。何をしたいのかはお見通し。私に何が起こっているのか聞きたいのだ。彼女はきっと、自分で試す根性や勇気がないに違いない。だからこそ、やった私にどうなったのかを聞きたいのだ。


「鏡に、自分が映らなくなったことってある?」


先手をきって、私が真菜へと問いかけた。うつぶせになったまま真菜を見上げる形の私。相当の威圧感があるだろう。

真菜は私に視線を合わすようにしゃがみこんだ。


「ないわよ。」


そして一言。訝しげに私を見て言った。

やっぱりそんな経験はなかなかないものか……。私は多少の不安を覚える。


「そっか。」


それ以上何も言えず、私は彼女から視線を逸らして窓を見た。私は思わずカタンを机を鳴らして椅子から転げ落ちた。

真菜が不思議そうに私をみやる。それが視界の片隅に入っているものの、私の目は窓に釘付けになっていた。窓も一定の条件を満たせば、自分を映すことができるものだと知っていた。だってガラスだもの。

でも、鏡じゃないから全く気にしていなかった。それなのに、映った私は、私に向かって笑みを浮かべていた。きちんと椅子に座ったまま。


「馨さん?どうしたの?」


「……ひっ。」


真菜が心配そうに覗き込むが、鏡の中の私がゆっくりとこちらに近づいてくるのが目に入り、私は慌てて立ち上がった。これ以上、凝視していてはいけない。そう思った。


「か、帰る!」


それだけを告げ、私は一目散に窓に背を向けた。教室を出て、廊下を走り、階段を降りる。階段の鏡に自分がまったく映っていないことが見えたけど、私は無視をして走り降りる。

一切止まらず、私は家まで走りぬいた。

自分の部屋に入ると、ドアを思いっきり閉めた。

ドアの前で立ち尽くす私。肩で息をするほど、疲れている。しかし、ほっとしたのもつかの間、私の目にとある物が飛び込んできた。


「鏡……。」


そう、いつも夜中に使っている鏡が転がっていたのだ。できればこんな時には見たくないものである。

だけど、何故か私は吸い寄せられるようにその鏡に近寄った。

それを手に取り、嫌だと思いつつも手が自分の目の前に鏡を持ってくる。ぎゅっと目を瞑った。

暗闇の中、耳だけが鋭くなる。だけど、聞こえるのは鳥の鳴き声と風の音。特に何も変化はない。

私は意を決してゆっくりと目を開けた。鏡がだんだんと姿を現す。


「あ、あれ?ちゃんと映ってる?」


意外なことに、鏡にはしっかりと自分が映し出されていた。一安心。安堵の息を吐いて、私はその場に座り込んだ。

が、すぐに立ち上がる。


「え?」


おかしかった。私は立つ意思なんてなかったのに、なぜ立ってしまうのか。私は、奇妙な感じを覚えながら、確認のため足を見ようとした。

だけど、目は鏡に向いてしまう。鏡の私が笑う。それに伴って私の顔も頬が上がり笑顔になっていく。

気持ちが悪い。

背中に冷たい氷を滑り込まされたようだった。私は感じ取っていた。鏡の中の私が動いている様を、私が真似しているのだと。

それは、普通のこととはまったく正反対の出来事。


「も・う・お・そ・い。」


鏡の口が動いて、わたしの口も動いた。

もう遅い?遅いってどういうこと?

私はその場に倒れ込んでしまった。今のことは忘れてしまおう。きっと、私は何か精神的におかしくなってしまってるだけなんだ。そうでしかない。

鏡の自分が動いて、なおかつ私が鏡の真似をするなんて、何かの間違いよ!

人間は普段とかけ離れたものを受け入れるには、少し時間がかかることを私はわかっていなかった。



目が覚めた。私はいつの間にか布団に入って寝てしまったようだ。

朝日が差し込んで、いつもの朝。きっと昨日のことは夢だったに違いない。

私は普通に立ち上がって、眠気眼を擦りながら部屋を出るべき歩き出した。



ゴッ



「ったぁ。」


鈍い痛みが額に走る。びっくりして、私は頭を押さえてうずくまった。痛みを我慢しながら、ゆっくりと顔をあげてみる。


「壁……?」


頭をぶつけたのは部屋の壁。寝ぼけてたのかな?額をさすりながら、今度はきちんとドアの方を向いて。っと。

見ながら洗面台へと足を運ぶ。しかし、なんだか変な気分。何が変なのか?それがさっぱりわからないのよ。

とりあえず、鏡をおそるおそる覗き込む。


「……。」


鏡の私も同じことをやっている。なんだか安心して、すぐさま朝の準備をし始めた。顔を洗って歯磨きをして、着替えをして。

鏡の中の自分がいることに、私は安心しきって妙な感覚を覚えていたことを忘れていた。

台所へ行って、ご飯を食べる。母親が前に座り一緒に朝食をとっている。

何か変だ。いつもの光景のはずなのに、何かがいつもと違う。頭の奥で警告が鳴り響いている。だけど、どこがどうおかしいのか、私は分からなかった。


「馨、貴方、いつから右手で箸を持つようになったの?」


「え?」


母さんが言った言葉に、私は目を見開いた。そして、目は母さんの手に注がれる。彼女は箸を左手で持っていた。

おかしい。母は私と同じで右利きのはずだ。それがなぜ左手で箸を……?


「お母さんこそ、なんで左手で箸?」


「何言ってるの?箸は皆左手で持ってるでしょ?いつも。」


「そ、そう……。」


母親の返答にこれ以上突っ込めず、私はご飯をかっ込みそそくさと自分の部屋へと戻ってきた。

こんなこと冗談にしては性質が悪い。なんだか無性に腹が立って、私は近くにあった漫画の本を手に取る。まだ学校へ行くには早い時間だ。気分転換がてらに、少し時間を潰そうと思ったのだ。

椅子に腰を下ろし、パラリと本をめくる。


「えっ……?」


本を開いたページには、よく知る絵が描かれているけれど、吹き出しにはまったく読めない文字が刻まれていた。英語でもない、まして漢字でもないその文字。

嫌な予感がした。けれど、たぶんそれであっているはずだと。私は思った。

私は鏡の前に立ち、本を開いた状態で鏡に映した。


「……やっぱり。」


鏡の中には、私が知っている文字が映し出されていた。ようするに、この本は鏡文字で成り立っているのだ。嫌な予感が的中した。たぶん、他の本も同様に鏡文字になっているに違いない。

いや、今朝から感じていた違和感は、私が居た世界とここが真逆になっているからこそ感じたもの。壁に当たったのも、私は普段のドアの方向へ行ったからこその出来事。

私は確信した。信じたくないけど、信じたくないけど、私は今、鏡の中の世界にいる。そうとしか考えられない。




私は、学校へと足を運んだ。いつもと逆方向、逆方向に進まなきゃ行けないなんて、なんて変な感覚だろうか。

席もいつもと同じ場所で違う場所。とりあえず今日は様子を見なきゃ。こうなったら帰る方法を探すしかない。


「馨さん。」


ため息をついてじっと座っていると、真菜が声を掛けてきた。人と話すのはあまり気乗りがしなくて、視線だけを真菜へ移す。


「ねぇ、あの噂で、本当に何か起こったの?貴方、昨日もはぐらかしてしまうんですもの。私にくらい教えてよ。」


真菜は私の耳に顔を近づけ、小さく耳打ちした。

噂?ってことは、なに?こっちの世界の"私"も何らかの噂を実行していたというの?


「ね、ねぇ。その噂。もう一度詳しく教えて?ちょっと忘れちゃったところがあって。」


私はすぐさま魔なの目を見て懇願した。真菜は首を傾げるものの、快く噂の話をしてくれた。




夜十二時から三時の間に真っ暗にした中で懐中電灯を用意する。そして鏡の前に立ち、じーっと鏡を見ながら鏡の中の自分が自分の行動よりも遅く動くのを待つ。

最初の三日間は何も起こらないが、四日目に入ると見過ごしてしまうかもしれないくらい少し遅れるそうだ。

それを見て、七日間続けると、鏡の中から人が出てきて、自分は鏡の中に入れるらしい。




私は急いで家に帰った。自分の世界で聞いたことと少し違うけど、明らかに私がやったことと同じ。それさえもう一度やればっ。

自分の世界に戻れるに違いない。

そう思うとはやる気持ちを抑えられず、すぐさま準備をした。私が前に使っていた鏡は何故か割れて使い物にならなかったので、別の鏡を用意した。




鏡の世界へ来てから一週間。ようやっと慣れたけど、ようやっと私はこの世界から抜け出せる。だって、もう鏡の中の自分は私より行動が遅くなってからずいぶん経つ。もう彼女は手遅れ。驚き慄いてても、これからは逃げられないの。

そう、もう遅い。

今日の夜、鏡に向かうと、すぐさま鏡の中から手が、顔が、体が出てきた。私と同じ顔。

もうすでにこの時は怖いともなんとも思わなかった。これで帰れる。その気持ちだけ。

私は鏡の中から出てきた私を置いて、鏡の中へと姿を消した。


朝の光で目を覚ます。なんて爽やかな朝だろう。私は、すぐさま本棚から本を一冊取り出す。中をパラパラとめくってみるが、どこも私が知っている文字が載っていた。

帰ってきたのだ。元の世界に。

本を閉じてもとの場所へと戻す。

さあ、さっさと準備して学校へ行こう!


「馨~?」


私を呼ぶ声。私は「はーい。」と返事をする。きっと母さんが朝ごはんができたからって呼んでいるに違いない。

私は浮き足で台所へ足を運ぶ。きっとご飯も美味しく食べられるわね。この気分なら。そんなことを思いながら、台所のドアを開けた。


「おはようー。」


「遅いわよ、馨。」


「おはよう。」


あれ?二人の声が返ってきた。父さんは朝早いし、いるわけがないのに。

私は、よくよく台所にいる人を見た。


「え?」


そこには二人。見知らぬ人が居た。どうして知らない人が私の名前を呼ぶの?


「どうしたの?馨?」


「え?……誰……なの?貴方達。」


不思議そうに問いかけてくる女性。私はかすれた声でそう問い返すのが精一杯だった。しかし、私の問いに彼女達は笑って一言。


「何言ってるの?馨。お母さんとお姉ちゃんじゃない。」


その言葉に私は多大なショックを受けた。

ここは私の世界ではない。心の底から重いがこみ上げてくる。

ここは私の世界ではない。


別の鏡の外の世界。



私はもう、戻れないの……?





皆さん、どうでしたか?鏡の世界。貴方は知っていましたか?鏡の世界は決して一つの世界と繋がっているわけではないのです。


馨さんが元居た世界に戻れるのか。それは私にはわかりません。

他の世界へ行ってみたい方はどうぞ鏡をお持ちになってください。しかし、帰ってこれる保障はまったくありませんのであしからず。


今回のお話はここでジ・エンドです。

そろそろ引き返したくなってきましたか?けれど、まだまだ序の口ですよ?よろしければ次回もお会いしたいものです。

それでは、また。





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