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果テの先  作者: 加水
第三話
7/14

伝染する噂 (5)

俺は、自分の部屋の机の前に立っていた。

しゃがみ込むと、あの袋が俺の目に飛び込み、存在を主張している。

おもむろに俺の手はその袋に伸びた。


「……。」


心臓が強く波打ち心では拒否してるのに、手はあっさりと袋の紐を弛めた。袋の中身がゆっくりと姿を現す。袋の中に右手を入れた。

何かが手に触れて、慌てて手を袋から出す。


「……っ!!」


自分の手を見て、心臓が止まるかと思った。

手には黒くて細い糸のようなものが絡みついていた。一瞬何だかわからなかったが、すぐさま髪の毛だと頭から危険信号が鳴り響いた。

俺は慌てて腕を振り、袋を放り投げる。髪の毛が手に絡み付いたまま袋が飛んだ。袋の中から髪に絡まった何かが、引っ張られてちらりとかい間みれる。

白い何かであることが目に入る。顔かと思った。だが、どうやら違うようだ。


「写真……?」


高鳴る心臓を押さえながらゆっくりと近づいた。右手の髪に繋がっていたのは一枚の写真。


「なんだこれ?押入れじゃねぇか。」


その写真をよく見ると、映っていたのは自分の部屋の押入れだった。今、自分の右側に立ち構えているであろう押入れがくっきりと映し出されているのだ。

俺は写真を手に取るとおもむろに裏にひっくり返した。するとどうだろう、髪の毛はすっと消えてなくなってしまったのだ。


「なっ!血……?」


そして、うっすらと写真の白い裏に赤いものが浮かびあがった。


――決して見てはいけない。決して言ってはいけない。――


滴るような赤い文字は、血にしか見えなかった。俺はおそるおそる右側を見る。視界に入ってきたのはいつもと変わらぬ押入れ。

写真と押入れを見比べて、俺はゆっくりと押入れに手を伸ばす。



ガチャガチャ



手を押入れにかけると、ドアノブがいきなり音をたてた。思わずドアの方に顔を勢いよく向けた。ガチャガチャと音を鳴らしながらドアノブが小刻みに動く。鍵が掛かっているのだろう、ドアは開かない。

俺は固まったまま動けないでいる。そう、まるで金縛りにあったように。

額から一滴の汗が零れ落ちる。





両はばっと状態を起こし、心臓の部分の服をぎゅっと握り締めた。目を見開いたまましばらく荒い息をしている。彼は、自分の足元に掛かっているタオルに気付いて深くため息を吐いた。現実の世界に戻ってきたことに安堵したのだ。額に滲む汗を拭い、辺りを見回した。

いつもと違う部屋、自分の寝ていたであろう場所に座布団があるのを見て、あーちの家で寝ていたことに気付く。そして彼は思い出した。一緒に寝ていた二人の人物を。

慌ててあーちが寝ていた布団へと目をやる。まだ、静かに寝息を立てているあーちがそこにはいた。次に視界をソファへと移す。


「……。」


すぐさま両は目を逸らした。そこにあったのは、タオルと枕代わりに使っていたクッション。人影はない。

両は理解していた、彼女もまた鬼に捕まったのだと。


「わっ!!」


静寂を大きな声が破りさった。声の方を見ると、あーちが飛び起きていた。額から汗が滴り、呼吸も荒く涙目である。自分と同じような夢を見ていたことが両にもすぐにわかった。


「あーち、大丈夫か?」


声をかけると、あーちが凄い勢いで両を見た。その目からは涙が溢れ落ち、手がガタガタと震えている。唇は青白くなり、顔から血の気が引いていた。よほど怖かったに違いない。


「両ちゃん……学は?」


両に視線を預けたまま、あーちは問う。多分、見なくても薄々気付いているからこそ視線をそこへは向けたくなかったのだろう。両は顔を落とし、ゆっくりと首を横に振る。

あーちは目を見開いたかと思うと、口をきゅっと結んだ。が、すぐに大きな口を開け、声を張り上げ訴えた。


「両ちゃんっ!み、見ちゃった私、見ちゃったっ!!」


言うなっ!と両は心の中で叫んだ。けれど口には出てこない。

取り乱すあーちを凝視したまま動けないでいるのだ。夢の続きのように。


「あれが、あれが……。」


捲くし立てるように体全身を震わせ喚くあーちに、両は何度も心の中で悲鳴を上げていた。それ以上は言うなと。

しかし、口に出来ないで黙っている両に、さらなる不安を感じたのだろう、あーちの口は止まりはしなかった。両の視界に、水滴でできた小さな足跡があーちの後ろに一足揃って浮かび上がっているのが入ってきた。


「押入れのっ」


あーちの言葉は途中で途切れた。なぜなら、その言葉を言った瞬間に、あーちの口を塞ぐかのように、水滴の手形が現れたからだ。

口を水に占拠されたあーちは、苦しそうにガボガボと空気を吐く。

手形は、あーちの口が水で溢れかえると、ゆっくりと下へと降下する。ちょうど彼女の首まで来るとその手形は止まった。そして、手形はだんだんと首へめり込んでいく。締め付けているのだとわかるまで、両の頭は数秒掛かった。

苦しそうに自分に向かって涙がこぼれる目を向けるあーちに、両は焦って彼女に手を伸ばす。どうにかしなければ、そういう思いが彼を突き動かしたのだ。しかし、両の手はあーちに届かなかった。ぶんと空振りをする手。

両は何もなくなった空間を見つめるしかなかった。今までそこにあったはずの彼女の形をくりぬいた様な布団が転がっているその場所を。


「……ぐっ。」


両はあわただしく立ち上がると手洗いまでかけた。そして、気持ち悪さに身を任せ、喉から口にかけて異物を外へと放り出した。全て出し切ってから、揺れる肩を落ち着かせるようにトイレへと身を持たれかけた。口の苦さが、これが現実であり、決して夢ではないと両に訴えている。

今の出来事は何だったのだろうか?そういう疑問が頭を過ぎり、今しがたの出来事は両は思い出す。しかし、それが出来るにはまだ回復が追いついていなかった。再び気持ち悪さが両を襲うのだった。

そして、両は気付いていない。足跡が彼の近くに追いかけてきたように存在することを。




あの部屋に居たくなくて、両は朝食もとらず学校へと足を運んでいた。


織田おだ 完児かんじ


聞きなれた名前が耳を過ぎるが、返事はまったく期待してなかった。案の定、両の耳にも他の人の耳にも返事をする声はしなかった。


木崎きざき まなぶ……高橋たかはし あき……富田 かずみ(とみた かずみ)……なんだ、四人も休みか。工藤、四人と仲良かったよな、何か聞いてないのか?」


先生が全員の名前を呼んだ後に、両へと視線を向けて尋ねた。両は視線を宙へと浮かしたまま反応を示さない。自分の名前を呼ばれた時もそうだった。先生が訝しげに彼を見ながら、もう一度名前を呼んだ。


「工藤……?」


「あっ……すいません、気分が悪いので保健室に行ってもいいですか?」


名前を呼ばれて両ははっとしたように顔を先生に向けた。そして、暗い声で申し訳なさそうに一言告げたのだった。それに、先生も両が普段と違うことを感じたのだろう、頷いて了承を示す。両は先生の意を察し、早々と教室を後にした。

両は保健室に来ると、すぐさま保健の先生に案内されてベットへと身を沈めた。吐き気は大分収まったが、代わりに頭がずきずきと痛んでいた。

ベットに寝転んでも、両は一向に眠ることはできなかった。今朝のあーちや、昨夜のかずみのことが目の裏に張り付いて離れないでいる。目を閉じるとその光景が浮かび上がってきてしまうのだ。


「……なんで、あーちはあんなことに?」


ポツリと呟いた。声に出した方が何か自分の中で抑えられるのではないかと思ったのだ。

答えは簡単だった。かずみが言っていた"内容は言えない"という言葉。あーちが言ってしまった言葉。そして、両が見た写真の裏の言葉"決して言ってはいけない"。それらをつなぎ合わせれば造作もないことだった。あそこまで行ってしまったら決して、もう夢で見たことを言ってはいけないのだ。あーちは言ってしまったからこそ、何かに連れて行かれた。そう考えるしか他なかった。


「わかってる。もう俺も何も言えないんだ……。」


もう誰にも言えないことを両はわかっていた。ただ一つ助かるかもしれない方法は、鬼に捕まる前に探し物を見つけること。決して見てはいけないという言葉はきっと鬼を見てはいけないということだと両は確信していた。


「工藤君、具合はどう?」


ザっとカーテンが開いて、保健の先生が顔をひょっこりと出した。両は彼女の顔を見て不信感を抱く。カーテンを開けて自分を見た先生は、目を一度見開いて驚いた表情をしているからだ。


「あら、どうしてそんなところが濡れているのかしら?」


「え?」


両はぎょっとしたように先生の言葉に身を強張らせた。彼女の瞳が自分のベットの頭の部分を凝視していたから。

先生は、拭かなきゃと言って小走りにどこかへ駆けていく。

両はゆっくりと状態を起こしてから後ろを振り返る。その間、心臓が激しく鳴り響き、まるで時間が止まったような感覚に捕らわれていた。

ゆっくりと視界に入ってくる、保健室の壁。保健室のベットは壁にぴったりとくっつけてあるので、先程寝ていた両の頭の上は壁になる。その部分まで両の視界に入った。

流石に驚いたのだろう、両は体をびくっと震わせた。そこには、数センチと枕に距離のない濡れた小さな足跡が一つ、くっきりと姿を現していた。しかし、彼の視線を浴びるといつも通りすっと消えてしまうのだった。


「あら?そこ濡れてなかった?」


先生が帰って来て首を傾げたが、その声は既に両の耳には届いていなかった。

両は考えていた。この足跡の意味について。自分が考えていたように探し物への距離を示しているのか、はたまたあーちが否定したように鬼が近づいてきてる距離を表すのか、または学が言う通り鬼がわざと探し物の距離を俺たちに教えているのか。いったいどれが本当の意味なのか、両は考えあぐねいていた。

保健の先生が放心した両を優しく体を倒すように援助した。それから布団を彼にかける。両の様子に、異様さを感じたのだろうか、先生はそれっきり彼に話しかけることなくカーテンをすっと閉めてその場を立ち去ってしまった。

しーんと静まり返った保健室。耳を澄ませば蝉の声が耳を突く。丁度良い温度に設定された冷房に、極度の緊張はほぐされていく。両の目を、だんだんと瞼が覆っていった。

大丈夫、ドアを開けさえしなければ鬼は入ってこれない。探し物を見つけてジ・エンド。終わりなはずだと両は自分に言い聞かせるのだった。

蝉の音が遠くなり、両は暗闇の中へと落ちていった。

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