伝染する噂 (3)
両は肩を落としながら布団にもぐりこんだ。今日は何だかとても疲れた気がする。言いようのない不安がどこからやってくるのかわからず、それに躍らせられるかのように話した内容のせいかもしれない。
今日もきっと見てしまうのだろう。あのわけのわからない夢を。そう両は思っていたが、布団の心地よさに目を閉じる。
すると、あっという間に彼は眠りについたのだった。
ここは部屋。俺の部屋だ。箪笥の上の明かりが今日はついている。白い明かりじゃない、紫色が辺りを照らしている。
その明かりのせいで部屋が妙に気味悪く感じられた。
「……あぁ、そうだ。」
俺は明かりの近く箪笥の隣においてあるラジカセに近づいた。この場所にラジカセなど置いていただろうか?その疑問と、これで何かがわかるはずだ。そんな期待が同時に押し寄せてくる。
俺はしゃがみ込んでラジカセのスイッチを入れ、クルクルとチャンネルを回す。あるところで微かだが音が聞こえた。
これだ!そう思ってなるべく大きく聞こえるように調整をする。
バタン!
「っ!!?」
いきなり俺の部屋のドアが開いた。それに俺の心臓はドクンと跳ねた。慌ててラジカセの電源を切り布団に駆け込む。
廊下の明かりがちらりと見え誰かが立っていた。
はっと両は目を覚ました。汗がじっとりと肌を伝う。
あの人影はいったいなんだったのか?そういう疑問にかられながら寝返りを打つ。
両の心臓が高鳴った。呼吸が荒くなるのを自分で感じている。両の目の先、五、六歩先には小さな小さな足跡が浮かんでいた。水で濡れたように。そこから両は目が離せないでいる。すると、足跡はだんだんと小さくなって最後には消えてなくなった。
両は目を瞬かせる。信じられないものを見たと両は己の目が信じられなかった。しばらく体が金縛りのように固まって動かすことができなかった。
両の妹が声を掛けに来て、両の体はようやっと動いたのだった。
動いた時に、両は足跡があった場所を確認する。その場所は窓の下。まるで侵入してきたようなその位置に、両は肌寒さを覚えていた。
また今日も放課後に5人が集まった。暗い顔が三人と、楽しそうに頬を高潮させ目を輝かせているのが二人。
「すっごいわ、私のとこにも足跡あったのよ!」
かずみが浮かされたように目をうっとりとさせながら皆に報告する。けれど、そんな彼女にカン以外の三人は一瞥をくれるだけ。口を開こうとしない。
かずみがそれを見て首を傾げる。どうしたの?と問いかけるが、やはり答えは返ってこない。カンは三人の様子を見ていたが、鞄から薄いノートを取り出した。かずみがノートに興味を示し、カンに視線を投げる。
「はい、いろいろ調べてわかったこと報告するぜぇ。と、その前にあーち。お前に質問があるんだけど。」
カンはちゃかすようにノートをひらひらさせる。しかし、一瞬にして真剣な目つきになると、あーちを見た。その視線にあーちはびくりと身を震わせ、おそるおそるカンに視線を返した。
「な、なに?」
「あのよぉ、お前の足跡。昨日よりもお前に近づいてただろ?」
「っ!!?」
カンの言葉にあーちは目を見開いて俯いた。唇を痛々しいほど、ぎゅっと噛み締めている。その行動は明らかにカンの言葉を認めているものだった。カンはあーちから視線を外して、両、学、かずみと順々に見回した。
「実はな、この話はゲーム性を帯びたものなんだな、これが。」
誰もしゃべらないことを確認し、自分が話し出してもいいことがわかると、カンは静かにノートを自分のひざの上にのせて話し出した。
この話は、自分が経験した部分しか話してはならない。なぜなら、それ以上話すと相手にうつってしまうから。相手にうつった話は、二回続けて聞かなければそれで消えうせるだろう。
だが、二回以上、夢を見なくなるまでに聞いてしまった場合は、鬼と追いかけっこをしなければならない。
その鬼に掴まること、即ち自分が代わりに鬼になること。だが、まだこれはゲーム要素がなくなったわけではない。鬼に捕まる前に、探し物を見つけてやればいい。
その探し物は、必ず自分の部屋の中に存在している。
また、探し物のヒントは毎日夢の中に出てくるはずだ。しかし、そのヒントに触れてしまえば足跡はその分近づいてくるだろう。
これが伝染ゲーム。『伝染するうわさ』である。
「ただ、見つけたのを組み合わせてみたんだけな。いくつかあったけど、内容が違うのとか多かったし、多分これであってるはず。どうだ?なかなか面白いだろ?」
カンは笑いながらそう言った。しかし、他の人はカンの説明に押し黙っている。
「でさ、俺の場合。既に足跡が枕元にあったんだよね。」
黙っている全員に、怪しく目を光らせながらカンは呟くように発言した。カンの言葉に皆、目を見開いてカンを見る。
「多分、今夜探し物を見つけるぜ。俺は。」
にんまりと笑って片膝を両手で抱え椅子の背にもたれかかる彼。余裕、いや自信満々といった笑みで楽しそうだ。この夢はどうやらカンにとっては単なるゲームに過ぎないようだ。
「ね、ねぇ、カン。ヒント教えてよ?」
「だーめ。自分でクリアするんだな。俺はとっとと終わらせて傍観させてもらうよ。」
あーちの言葉に、カンは首を横に振って軽い口調で返した。これ以上カンは何も情報を漏らさないであろうことを、その場にいた全員が痛感していた。後は己自身か他の三人しか頼れる者はいない。
「じゃ、俺はこれで帰るな。とっとと終わらせたいんでな。」
口調を弾ませながらカンは立ち上がり鞄を手に取った。そして、スタスタと教室を後にしたのだった。
残ったのは四人。最初に口を開いたのは学だった。
「……ねぇ、これがカンが言ってたようにゲームだとしたら、探し物を見つける前に足跡が近づいてきたらどうするの?鬼と追いかけっこでしょ?と、すればヒントを見なくても足跡は近づいてくるんじゃないのかな?」
「多分、そう。私昨日も今日もヒントなんて見つけてないもん!……足跡が傍まできたらどうなっちゃうの……?」
それに答えるようにあーちが声を上げた。不安そうな顔をする二人にかずみは呆れたようにため息をついた。
「やだなぁ、ただの追いかけっこじゃない?カンも言ってたでしょ?鬼を代わるって。ようするに鬼は交代ができるのよ。もし掴まったらそうそうに他の人を捕まえればいい。それだけのことよ。ま、だいたいこのルールはわかったから私は負ける気はないけど。」
かずみは胸を張ってしゃべりながら立ち上がった。そして、カンと同じように自分の鞄を持った。
「それじゃ、私もカンに負けてられないから帰るわね。」
かずみはカンの後を追うように教室を出て行ってしまった。残ったのは、今度は三人。
「学、あーち。お前達どうするんだ?帰るのか?」
両が残った二人に聞く。二人は顔を見合わせた。そして首を捻り、困ったような顔をする。一人でいるのが正直怖いのだ。それを両は読み取ったのか肩を竦めた。
「どっちかの家にでも泊まればいいんじゃないか?」
そして提案をすると、学とあーちは目を輝かせて頷いた。
その日は結局あーちが学の家に泊まることになったのだった。
両は家につくと、すぐに布団へと足を運んだ。カンが言っていたことを確認しようと意気込んで。
カンやかずみ程ではないが、自分がこの話に興奮を覚えていることを両は感じていた。だから頭の片隅で、これが精神的に集団で引き起こされるモノだと思っている。
精神的なものであれ、そうでないものであれ、今日も同じ夢を見る。特に、核心に迫れる内容を。
両は、期待と期待に埋もれた不安を胸に目を閉じた。
また自分の部屋。俺は布団の上にあぐらをかき、ラジカセと向かい合っていた。
黒く小さなボディのラジカセは、どこにでもありそうな物。だけど、こんなもの俺は持っていない。
「えぇと、確かこのチャンネル回して。っと。」
とりあえず、昨日聞いた声を今日ははっきりと聞こう。きっと何かわかるはずだ。
俺はラジカセのスイッチを入れると、チャンネルの丸い部分をクルクルと回した。すると、昨日と同じようにあるところでザザザという音が聞こえてくる。
俺は耳を澄ませながら、ゆっくりとチャンネルを合わせていく。
――……が……の……だよ……いちば…………だよ……一番、君が大事にしてる場所だよ。――
ラジオがあっって、音が鮮明に聞こえた。何度も何度も同じ言葉を繰り返しているラジオ。
『一番、君が大事にしてる場所。』そこに何かがある。
俺は、自分の机の下にばっと目を向けた。そこにあるのは、袋に入った何か。
それを見た瞬間、何か嫌な感じがした。
両は目を覚ました。目を覚ますと同時に、彼は自分の机の下を見る。いつもと同じ風景。袋に入っているそれが存在していた。
その袋を両はおそるおそる手を伸ばして開けた。中には、様々な写真が、無造作に押し込められていた。
両はほっと胸を撫で下ろす。自分がしまっておいた様々な写真があるだけの袋は夢のそれとはまったく雰囲気も違ったから。
しかし、おもむろに向きを変えたとき、視界に入ってきたものに一瞬身を固まらせた。
窓から一歩近づいてきた濡れた足跡が、両にその存在をアピールしていたのだ。また両が見ているところでその足跡はすっと消えていった。
後、両の布団までその足跡は2歩か3歩しかない。