伝染する噂 (2)
両は、学校から帰ってくると読書をして夜まで過ごしていた。昼間のことはとうの昔に忘れていたから、気にすることもまったくなかった。いつも通りに日常を過ごす。
そろそろ眠気を抑えられなくなり、両は欠伸を噛み殺しながら布団へと潜り込んだ。
よほど眠かったのだろう、両を睡魔が襲い、彼はすぐにも眠りについた。
ここは……。あぁ、そうだ。自分の部屋だ。
俺は辺りを見回してそう思った。真っ暗だが、俺は確実に自分の布団で寝ていた。寝ていたせいだろう、目は暗闇にいくばか慣れている。
「……なんだ?あの光……。」
何かがおかしかった。自分の服を入れている箪笥の上に何か感じた。それは何だか白く周りを照らしていた。
箪笥は俺の寝ているベットのちょうど足元にある。ちょうど四つ角の一つにぴったりと合うような形で立っているのだが、その角の上の部分に白い光が見えるのだ。
「……。」
俺は、それが何かの手がかりになるんだ、とそう思った。だから、布団から出て、それに近寄った。箪笥は俺よりもなぜか背があった。俺は仕方ないしによじ登ろうと試みる。
やっとよじ登ってみた先には、よく勉強とかで使う小さなライト。
ばっと両は目を覚ました。
「……朝?」
真っ暗闇の夢からいきなり眩しい日差しの中に引きづりこまれ、両は目をしばたかせた。変な違和感を両は覚えた。
つい、自分の箪笥に目をやってしまったのだ。何も変化のない普通の箪笥がそこには立っている。両が立ってもう一度箪笥を見た。自分よりも頭一個分は低い箪笥。
「変な夢だな。」
そう一言呟いてから、気に留める様子もなく朝の準備へと両は取り掛かった。
放課後になると、自然と五人は一つの教室に集まっていた。目を輝かせてる者、少し塞ぎこんだように目を落としてる者と様々である。
「ね、どうだった?夢見た?」
「見たー!すっごいね、本当何か探してたよ。」
目を輝かせ、興味津々に皆へ問いかけるのはあーちだった。それに、同じく楽しそうな笑みで答えるのはかずみ。
しかし、カンがむっとしたようにそこへ割り込んだ。
「確かに自分の部屋の夢見たけどさ、何か探すなんて雰囲気じゃなかったぜ?」
「ふーん。じゃあさ、カンはどんな夢見たの?」
文句をたれるように不機嫌な発言をするカンに、かずみは問いかけた。
「あ?……なんかさ、真っ暗な自分の部屋には居るんだよ。けど変なんだ。何か聞こえると思って机の下を覗き込んだらよ、ラジカセがあったんだ。オレん家、ラジカセは置いてないんだぜ?このMDプレイヤーで十分だし、後はパソコンだしよ。そんで、ラジカセから何か聞こえるんだけど、何言ってんのかさっぱりわかんねぇんだ。もっとよく聞こうと思って耳近づけたらそこで目が覚めた。」
カンの説明に、両は驚き目を見開いた。それもそのはず、在ったモノは違えど、まったくもって自分の夢と似通っているのだから。
あーちも両同様に目を見開いていた。ただし、両の眼は驚きと焦りが生じていたが、あーちの場合はそこに期待感が入っていた。
「それはね、探し物のありかのヒントだよ!ただ闇雲に探しても見つからないじゃない?そこで、現実とは違うモノが出てきて探し物のありかを教えてくれるんだよ!」
あーちが叫んだ。両の心臓はドクンと波打ち、彼の冷静さへ波風を立てる。しかし、その動揺を両は心の奥へと押しやった。
「ばーか、夢なんだからちょっとくらい変でも不思議じゃないだろ。カンの場合は他の記憶が混ざって夢として出ただけだろ。俺だってカンと似たような感じだったしよ。探してるって雰囲気もなかったし。」
「もう、両ちゃんは毎度毎度夢がない!」
あーちが怒るのを、両ははいはいと言いながら受け流す。また、あーちの方から顔を背けたのだが、それによって両の視界に学が入ってきた。彼女の顔はどこか青白く、表情も下を向いているせいか暗い。
「学、どうしたんだ?」
「え?……うん、ちょっと気になることがあって……。」
彼女の様子が気になり、両が声を掛けた。すると、他の人も学へと視線を向ける。
学は申し訳なさそうに小さな声で言葉をつむぐ。それに、両は額に皺を寄せて彼女に促しの言葉をかけた。
「気になること?」
「うん。皆が皆、自分の部屋の夢を見た。今の話を聞く限りだとそうなるじゃない?私ももちろん見ちゃったんだけど……。これってちょっとおかしいと思わない?確かに数人は意識してたから見たのかもしれないけど、五人もいて五人全員が見るなんて……正直、一人見たって言う人が出るくらいだと思ってた。夢なんて思い通りに見れるわけないし。」
学の言葉に辺りがしんと静まり返った。別に彼等は全員が全員暗示に掛かりやすいような体質ではない。両も、言い知れぬ不安がそこからきているような気がして、学の言葉にもやもやとした違和感を感じていた。それは、たぶん他の全員も同じだろう。先程まで明るかったかずみの顔さえ、多少曇り始めている。
「あ、でも。私たちって世間一般で言うまだ精神の成長期じゃない?まだ精神がしっかりと育ってないし、だからそういう影響が強いかもしれないわ。ねぇ、あーち。あーちは昨夜どうだったの?」
自分で言って暗くなる雰囲気に耐えられなかったのだろう、学は気を取り直したように言葉を継ぎ足した。そして、努めて明るくあーちに話をふるのだった。
「え?あたし?……実はね、こんな話した後に話すのもって思うんだけどねー。この夢って持続的に見るみたいで、昨日の夜もばっちり見ちゃったわけよ。」
そこであーちは珍しく言葉を濁した。何か言いいたくなさそうに顔を上に上げたり下に落としたりしている。しかし、他の四人はそんなあーちを静かに凝視していた。次に話す言葉を待っているのだ。全員、予想はついているのだが、誰一人自分の口からは言いたくなかった。
あーちは諦めたよう息を吐き、言葉を紡ぐ。
「それで……今回は、足跡があった……。」
あーちの言葉に場が静まり返る。学と両は彼女から顔をそらし、かずみとカンは目を見開いている。
「うっそ……どうして!?私のとこには足跡なかったよ!?」
かずみが問い詰めるかのようにあーちに詰め寄った。それにびっくりしたのか、あーちは後ずさった。
どうやらかずみは、あーちの言葉に恐怖を覚えてはいないようだ。それどころか、好奇心が彼女の背中を青と押ししているみたいだ。
「えぇ?そんなこと言われてもわかんないよぉ。」
あーちが困ったように頬を膨らませる。しかし、かずみは後に引かないらしく、あーちの前で腕組をして彼女を凝視している。
そこへ、仕方なく両が助け舟を出した。
「あーち、足跡ってどこにあったんだ?状況をまず知っておいた方がいい。」
その言葉にかずみは両を見た。両はかずみに座るようにと手で彼女の椅子を指し示した。かずみはしぶしぶと自分の席に戻り、あーちの言葉に耳を傾ける。
「うーんとね、私の部屋のドアのところにあったんだ。濡れたような足跡というか、あれは濡れてたんだね、足跡の形に。凄く小さな足跡だったよ。でも、気味が悪くなってもう一度布団の中に潜り込んじゃったんだ。そしたら次見たときは消えてた。」
あーちが目を上に向けながら話す。どうやら、思い出しながら言葉を紡いでいるようだ。
「消えてた。ってことは、あーちが寝ぼけてた可能性もあるってことだな。」
「えー?そんなっ!」
両は、あっさりと否定的な意見を述べる。しかし、その言葉にあーちが不満そうな声をあげた。これ以上両とあーちの会話を続けさせると、ただの言い合いになりかねない。そう判断してカンと学が目を見合わせる。
「なぁ、あーち。お前聞いたこと前に話したので全部なのかよ?もう一度思い出しながら話してほしいんだけど。そうしたら何かわかるかもしれないじゃんか。」
カンが睨みあってる二人に声を掛けた。あーちが首を縦に何度かふってみせた。どうやら、もう一度話す気があるようだ。
両はあーちが話すようなので、自分は大人しく聞いていようと決めていた。
あーちが再び同じ内容を話し始めた。
これから話す内容は、覚悟して聞かなければならない。それは貴方の身に起こってしまうことなのだから。
この話を聞いた後、貴方は夢を見る。それはこういう話。
舞台は自分の寝ている部屋。貴方は、探さなければならないという衝動に駆られている。しかし、何を探せばいいのかはよくわからない。だけど、見つけないといけない。その感情だけが先行してしまう。だから、貴方は自分の部屋のありとあらゆる場所を探そうとする。
その夢はたぶん途中で途切れ目が覚めるだろう。決して探し物を見つけていなくても。
目が覚めた後に起こることがある。貴方から一番遠い窓、もしくはドアの近くに濡れた小さな子供の足跡がついているだろう。それが何を示すのかはわからない。
ただ、その夢と足跡は寝るたびに見、出るという。探し物を見つけない限り……。
あーちの話を聞いている間、耳を澄ましていた四人だったが最後のあーちの言葉に眉を顰めた。
「探し物を見つけない限りこの夢……見続けるの?」
学が口に手を当てて考え込むようにぽつりと呟いた。不安そうに声は戸惑いが入っていた。
あーちは学にこくんと頷く。
「ふーん。で、結局は足跡がどうして出るのかわからないわけね?」
かずみはそんなことどうでもいいと言うように足跡に固執し始めているのを露わにした。あーちはそれにもこくんと頷くだけ。
先程からのあーちの行動に両は違和感を覚えていた。話し終えてからまったく声を出さないのだ。普段の彼女なら、興奮して誰も止められないくらいよく口が回る。まだ何か隠していると、両は感じ取った。
「あーち、どうした?まだ何かこの話に関連するもの隠してないか?」
「隠すってわけじゃないけどぉ……この話聞いた人なんだけど。一日しかその夢見てないって言うんだよ。なのに今回あたし立て続けに見ちゃうし……足跡はあるし……。」
両の質問に一旦は言葉を濁すあーちだが、両の疑いが混じった視線に耐え切れなくなったのだろう言葉を紡いだ。しかし、その声はだんだんと小さく暗いものになっていく。
「ね、あーち。この噂って不完全な気がしない?足跡の正体が誰かわからない。探し物の正体もわからない。夢を見る条件は多分話を聞くことだけど、足跡が出る条件はわからない。でも、噂の内容では夢と足跡が同時に出るという意味合いにとれる。現実と噂が食い違ってるし、謎が多すぎると思わない?」
学が気を落としているあーち更に問いかけた。先程まで多少怖がっていたはずだが、彼女は今までの疑問を口にすることでそれを紛らわせようとしているのだ。
あーちは戸惑うだけで答えない。どう答えていいかわからないのだ。
「いいんじゃね?これから調べていけば。楽しそうじゃん。」
気落ちする学とあーちとはうらはらに、カンは楽しそうに言った。彼にしてみれば謎が多い方がスリルがあって面白いのだと、皆理解していた。それでもやはり多少の怖さが残る人もいるわけで、両はため息をついた。
「もういいんじゃん?今日はこの辺で終わりにしようぜ。学もあーちも顔色が悪いし休んだ方がいい。」
「えー?まだ全然解明してないのに?」
「もちっといろいろ訊きたかったんだけどなぁ。」
両の言葉に不満をたらすのはかずみとカン。かずみは諦めきれない感じであーちや両を見ているが、カンに至っては笑って辺りを見回している。
カンのことだから、どうせこの後いろいろ自分で調べるに違いない。彼は熱中していることは自分で調べたりすることが多い。だから、あーちからの話をそこまで多く引き出そうとはしないのだろう。
「どうせカンが調べてくるんだから、明日に持ち越せばいいじゃないか。」
「それもそうね。」
両がため息交じりでそういうと、かずみはあっさりと引き下がった。あーちは噂が好きだが、いかんせん真実味や正確性には程遠い。これ以上彼女に聞くよりも、確実に情報を持ってくるであろうカンに任せたほうが的確に違いない。そう判断したのだ。
今日はそれで解散となった。各々が帰路につく。