第二話『夢の罠』
怪談ツアーへようこそ。またお会いしましたね。私は、影の案内人のシャドウです。
今回ご案内する話は、夢の中の出来事です。皆さんは夢を見たことがおありでしょうか?あったとしてもなかったとしても、それはきっと何かに足を踏み入れている時に他ならないのですよ。
さて、夢の中にはいったい何が住んでいるかご存知ですか?それは貴方にとってかわろうとする、無意識の貴方が存在しているのです。それは時として、貴方に牙をむきます。
それがもし牙を向いたら。貴方はどうしますか?
牙を向くのに手を貸す何かが貴方の夢の中に入ってきたら?
今回はそんな夢の中のお話です。
主人公は一人の少女。名は柏木 洋子。肩までの黒髪をそのままにし、大きな瞳を持つ彼女。彼女は何も知らずに眠りに入る。
静かに、静かに……。
私は、草と木々に囲まれた場所に立っていた。綺麗にセッティングされている木々達。ここはどこだろう?まったく見知らぬ場所だ。あれだ、お城の庭みたい。
渡りを見回して、はっとする。私の隣には、いつの間にか女性が立っていた。私と同じくらいの身長に、長い髪をたらしている。雰囲気はおっとりとした感じ。
見たことがないはずなのに、何故か私は彼女を知っている。そういう感覚に捕われた。
「ねぇ、ここ。どこだかわかる?」
不思議に思いながらも、私は彼女に話しかけていた。
彼女はそれににっこりと笑んだかと思うと、ある一点を指差した。そこには、茂みの中にぽっかりと開いた穴。先は暗くてよく見えないけど、どこかに繋がってるみたい。
私が迷っていると、彼女はその穴の中に入っていってしまう。
しゃがんで入らなければいけない程小さな穴。できれば、はいずってそんな穴を通りたいとは思わない。
けれど、ほかに方法も見当たらないし、こんなところで一人になるのは嫌だった。だから私も仕方なくその穴を彼女を追って通り抜けた。
「よいっしょ!」
すぐに出口だった。
それにも驚いたけれど、もっと驚いたことがあった。
大きな椅子、背もたれが大きなハート型のその椅子に、ふんわりとした赤いドレスを纏う女性が座っていた。黒い滑らかな髪に妖艶な笑み。黒い髪は団子状、いや塔のように巻かれている。
雰囲気はまさしく女王様。
彼女と視線が合う。
「いらっしゃい。不思議な国へようこそ。私はこの国の主、クイーンよ。」
彼女は妖艶の笑みのままそう言った。私は穴から半分出たまま固まって動けない。なぜだかわからない。だけど、嫌な感じがするのは確か。
「ふふふ、大丈夫。貴方にはこれから、ゲームをしてもらうだけだから。」
私の様子に気分を害することなく笑っている。
ゲーム?何の?私には正直わけがわからない。けれど、この感じる悪寒は何?
「洋子。さ、一緒にゲームをしましょう。それじゃないと、ここから抜け出すことができないの。」
先ほどの彼女が私の手をとって、抜け出るのに協力してくれた。どうやら彼女は、いろいろと知っているよう。
もちろん私のことも。不思議なことに、私はそれを変だとは思わなかった。それどころか、それが当たり前であると、そう感じていた。
「ありがとう。ねぇ、ゲームって何?だいたいここ、どこなの?」
「ゲームはただのクイズよ。ここは私の国だって言ったでしょう?」
彼女に聞いたのに、答えたのはクイーンと名乗る女性。先ほどと打って変わって冷ややかな口調と視線が私に返ってきた。
彼女の視線に、私の背中に冷たいものが走った。
「私が先にやります。」
私が押し黙っていると、彼女が一歩前に出て、クイーンにそう言った。
「そう。いいわ。貴方からね。」
クイーンの視線が彼女に移動した。
いままで何かが縛ってたような私の体は、それによってやっと解放された。私はへなりと座り込む。
「それじゃあ、いくわよ?夢を喰らうとされている動物は何?」
あ、それ私知ってる!
「バグだ!」
思わず口がついて出た。
それにクイーンと彼女が反応して私を見る。
二人の驚いたような顔。私が横やりを入れちゃいけなかったのかな?
慌てて私は口を塞いで二人を交互に目を泳がせる。
「……正解よ。ふふ、問題は貴方に出したけれど、答えたのは貴方。」
クイーンが彼女へ視線を投げ、その後私に戻してきた。
「一つの正解につき、ここを抜け出せるのは一人。どちらか一人、さあ、決めなさい。」
クイーンは言う。どちらかが、後一問答えなければならないのだ。
先ほどのような質問なら、また答えられるだろう。
それに、彼女の問題を横取りしてしまうのは、いかがなものか……。
答えはすぐに出た。
「私がもう一度クイズに答えるわ。」
私は立ち上がり、胸に手を当ててそう言った。
「そう。なら貴方に問いをかけるわ。貴方は先へ進みなさい。」
私に笑みを向け、クイーンは彼女にある一転を指して、行くように促した。
彼女はこくんと頷き、私を背にして指差された入って来た場所とは違う穴へ姿を消す。
残ったのは私とクイーン。クイーンは彼女が姿を消すのを見送った後、私へと向き直った。目が大きくはっきりと見えるような化粧、少し怖いという印象を覚えた。
「さあ、貴方にクイズよ。覚悟はいいわね?」
クイーンの問いに、私はコクンと頷いた。
彼女は笑みを私に向けた。私の背に、緊張が走る。
「ふふ。先程まで居たあの子はだあれ?」
ドクンと心臓が波打った。
そんなこと、私は知らない。知らないよっ。そんな問題、なんであの子がいなくなった途端にするの?
焦りが、苛立ちが、焦燥感となって私に襲い掛かる。
心臓の音が私の耳に強く早く鳴り響いた。
「……わ、わかるわけないっ。」
私は上擦った声で必死に目の前に居る彼女に訴えかけた。目は見開いていただろうし、額には皺がよっていたはずだ。
手のひらにはひどい汗が滲み出ているのがわかる。
「あら?どうして?一緒に居たじゃない。それにあの子は貴方の名前を知っていた。貴方だって知っているんじゃない?簡単な問題でしょ?ふふふ。」
クイーンの言葉に私の鼓動がもっともっと早くなった。
そういえばあれは誰?見たことはない。あんな子。でも、私は知っている。そう、知っている。けど、知らない。本当は知らない。じゃあ、あの子はいったい誰?
疑問が頭に渦巻く。けれど答えは出ない。
「……。」
「あら?わからない?じゃあ、時間もないし。答えを教えてあげるわ。た・だ・し。その答えを貴方が言わなければ正解とはしないわ。いいわね?」
クイーンが困ったようにそう言った。そこまで私を追い詰めるのが目的ではなかったのだろう、ただ単にゲームを楽しみたかっただけ。そんな印象を受けた。
私の心はなんて現金なのだろう。答えがわかると知ったら、心臓の音はだんだんと収まっていった。
「うん。」
早くここを抜け出したくて、私はクイーンの言葉に同意をしめした。それにクイーンはにっと笑う。
「ふふ、あの子の名前はね。」
その後のクイーンの台詞が私にはゆっくりと聞こえた。まるで一つ一つを区切りながら言っているように。
「カシワギ、ヨウコよ。」
クイーンは未だに笑ったまま。私は背後に悪寒を感じた。
今、何て?かしわぎ……ようこ。って言った?柏木洋子って、そう言った?
待ってよ、その名前は……。
「わ、私の名前!?」
「ふふ、あの子の名前よ。柏木洋子。さあ、言ってごらんなさい?」
なんだか、私は言ってはいけない。そんな気がした。けど、私はあの子の名前を知らない。わからない。
このままではゲームが終わらない。
どうしたらいいの?どうしたら……。
心臓はまた悲鳴を上げて、胸はぎゅっとしめつけられた。
「……や、いや……。」
それしか言葉が出なかった。言ってはいけない。けれど、言わなければ終わらない。その葛藤の繰り返し。
そして、クイーンの視線にしばられたような恐怖。それが私の腕を震わせた。
「後五秒待ってあげる。5、4、」
クイーンが私に宣告した。5秒を過ぎたら何かが起きるっ!そう思った。だけど、唇まで震えが言ってしまい、上手くしゃべることはできない。
何か、何かよくない、怖いことが起きる。私の頭がそうやって警告を出しているのに……。
「3、2、1……。」
クイーンの瞼が一度見開かれて、半分近くまで落ちた。その半分開いた目が、異様に恐かった。冷たい印象を受けるその目。
クイーンが口をゆっくりと動かした。
「ゼロ。」
私はガクンという感覚に見舞われた。足が地面につかない。視界は一気に真っ暗闇。落ちた。
落ちる瞬間、視界の片隅でクイーンの愉しそうな笑みを垣間見て、ぞっとした。
私は、暗闇に落ちる、オチル。
これは私"洋子"には聞こえない話。
クイーンと彼女が話している話。けれど私"洋子"がどこかで知っている話。
「今日も駄目だったのね、クイーン。」
彼女がクイーンに話しかける。
「強情なのよ。言えばすぐに楽になってしまうのに、いつまでも認めない。洋子、貴方を。」
クイーンは言った。半目の状態で彼女を見ながら。
「認めたら、私が彼女になれるのに。」
「ふふふふ。」
彼女の言う彼女。それはきっと私。もし、彼女が私になったら、私はどこへ行くというの?
「愉しそうね?」
「ふふ。愉しいわよ。なんて言っても、悪夢は私の最高の食事ですもの。」
クイーンの愉しそうな笑みに彼女は冷たい視線を送った。まるで、一緒には笑えない。そういう風に。
「そうだったわね。貴方は悪夢を食らうもの。相手に悪夢を見せるのが仕事。」
「そうよ。さあ、あの子に恐怖を植えつけて、今度こそ言わせるわよ?」
そこで会話は途切れた。私が知っているのはここまで。そう、どこかで知っているのは、ここまで。
ドンっ!そういう衝撃を受けて、落下が止まった。
そこはどこか洞窟のような、遺跡のような四角い部屋。周りには毛布なのか藁なのか、何かが敷き詰められている。
はっとした。何かがいる。何かは分からないけれど、大きいもの。
出口が、その大きな横たわっているそれの向こうにある。
見つからないように、見つからないように行かなければ。
そう思って、私は音を立てないようにそーっと壁伝いを行く。
ガツ
足が何かに当たった。心臓が飛び出る。
それが、横たわっている何かの尻尾なのだと気付いたときには、もう遅かった。それが赤い目をギラリと開けたのだ。
心臓が一瞬止まったかと思うと、早い鼓動を耳に伝えてくる。
どうにかしなきゃっ!
そう思ったとき、私は、すぐ傍の藁の中に入り込んだ。
奥へ、奥へ……。
壁に突き当たった。壁にぴったりと背中を押し付けて口を両手で塞いだ。藁の隙間から、横たわっていたそれが赤い目を光らせ辺りを探っているのが見える。
音は出してはいけない。そしたらきっと見つかってしまう。もう一度あれが目を閉じて、眠るのを待つんだ。
緊迫した雰囲気。心臓が聞こえてしまわないか不安なほど大きく鳴っている。
それが、一度こちらを赤い目で見た。私は、びくりと身を震わせる。けれど、その目はすぐに過ぎていった。
それは、状態を伏し、赤い目をゆっくりと閉じた。
「ふぅー。」
ほっとした。ほっとして胸を撫で下ろし、目を閉じて息を吐いた。
「っ!?」
目を開けたとき、赤いそれが私の足元に来ていた。私を見ている。目が合った。
その瞬間、さおれが大きな口を開けた。無数の鋭い牙。
食べられるっ!!!
「うわっ!!!」
私は目を覚ました。なぜか心臓がどっくどっくと波打っている。呼吸も荒い。
何か恐い夢でも見たのだろうか?……何も思い出せない……。
とりあえずは呼吸を整えて、私は寝床から抜け出した。
今日も何もない日常が過ぎる。夜中、また同じ夢に迷い込むまでは……。
皆さん、いかがでしたでしょうか?今回は怖いというより不思議をテーマにしたお話を紹介させていただきました。
洋子さんはその後、変わった様子もなく過ごしているそうですよ。傍から見たら、のお話ですが……。もしかしたら、貴方もいつの間にか、無意識の自分に取って代わられているかもしれませんよ?
けれど、悪夢を食らうもの。彼女がもし協力してしまったら……その時は諦めてください。私たちにはどうすることもできませんから。
今回のお話はこれでお終いです。次回、また皆さんと出会えることを期待しています。
それでは、さようなら。
完