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果テの先  作者: 加水
第三話
11/14

一人多いかくれんぼ(2)

かくれんぼを開始してから毬は公園の裏手にある学校との間の狭い通路に身を隠していた。そこは、子供がやっと通れるくらいの狭い場所。


「ここでいいかな。どうせ、日が落ちるまでだし。」


普段遊んでいれば定番の隠れ場所であり、逆に見つかる可能性が高い場所である。しかし、毬は人形が動くとは到底思えなかったから、本気で隠れようと思っていないのだ。

毬は空を見上げる。空は赤の色が濃い紫へと変化していた。夜が近いことを感じさせる。普通なら後一時間もしないうちに辺りは暗くなるだろう。



ヒタヒタ



何かの音を毬の耳が捉えた。それは風のヒューという音でも、蝉や鳥が鳴く音でもない。明らかに何かが歩く音。



ヒタヒタ



けれど、普通に歩いている人の音では決してない。

毬の体に緊張が走る。毬はこの音が何なのか、頭でわかっていた。


「水に濡れた足音?」


毬は呟くがすぐさま頭を横に振った。その言葉で思い出したのだ。人形を濡らしていたことを。けれど、そんなことはあるはずがない。そう頭が否定を示したのだ。



ヒタヒタ



足音は確実に毬がいるところへと近づいてきている。


「……そうか。誰かの悪戯ね。よーし、なら。」


毬は決断するとにんまりと笑みを溢した。誰かが悪い冗談でおどかそうとしているに違いない。それなら逆におどかしてやろうと毬は考えたのだ。

足音の方向は、壁になっていて毬からは様子を伺うことができない。だから、毬は息をこらして身を縮ませた。



ヒタ……ヒタ……



足跡が止まった。

毬は感じていた。この壁の向こう側に自分以外の誰かがいることを。

バクバクという心臓を押さえて、毬は足に力を込めるとそのまま勢い良く飛び出した。

壁の向こうのソレが毬の目に入る。


「っ!?きゃぁぁあああああ!!?」


そして、彼女の甲高い恐怖に満ちた悲鳴が木霊した。





「な、なに?今の声……。」


毬の悲鳴を聞いた耕輔が立ち止まり、身を縮み込ませた。彼の手を引いていた一樹も足を止める。


「始まった。」


しかし、恐れる様子はまったく現さず、奇妙な笑みさえ一樹は浮かべ呟いた。彼には今何が起こっているのかわかっているようだ。

耕輔はなるべく一樹の顔を見ないように顔を下へと落とした。一樹の笑みを見ていると、ひどい不安感にかられてしまうからである。


「行こう、耕輔。」


いつまでも動こうとしない耕輔の手を、一樹は無理矢理引っ張った。年の差のせいで体の力はだいぶ違ったから、一樹はやすやすと耕輔の体を引きずっていくことができた。

耕輔は、震える足のせいでまったく踏ん張れないまま、一樹に声があった方へと連れて行かれる。



うぅっ……



叫び声があった方向からはくぐもった様な濁った音が未だに聞こえてきていた。それが耕輔にはとても怖かったのだ。首を横に振って必死に否定の意を一樹へと訴える。

しかし、一樹は恐怖に顔を引きつらせている耕輔を見るわけもなく、どんどんと声のする方へと進んでいった。



うぅ……



だんだんと呻き声は大きくなる。公園の端までくると、一樹は足を止めた。そして、耕輔の頭をぐっと地面に押し付けた。

体制を崩して地面に手をつく耕輔。しかし、口は一樹に押さえられているため、声がでることはなかった。

一樹もしゃがみ込んで近くにあった草木に身を隠すような形になった。

耕輔は理解した。この草木の向こうにうめき声を出しているモノがいるのだと。

耕輔は恐る恐る一樹を見た。彼の顔は円でもいないし、驚いてもいない。無表情に近い真剣な顔つきだった。彼の目はまっすぐと草木の向こうを見据えている。

耕輔は、緩くなった一樹の手を退けると、自分も草木の間から向こう側を見ようと草木に顔を近づけた。

草木が邪魔をしてぼやけて見える視界。よく見える場所はないかとゆっくり移動を繰り返す。


「っ!!?」


耕輔は自分の開いた口を押さえて草木から遠ざかった。自分が見てしまったものが信じられないでいる。耕輔の心臓は爆発しそうな程、バクバクと鳴り響いていた。

耕輔は胸を強く引っかいた。高鳴る鼓動を押さえつけ、嫌がる顔を必死でもう一度草木へと押し付ける。

また、耕輔の瞳に草と木が入り、その奥が垣間見える。

人形が立っていた。先程いなくなった鬼の人形が立っていた。一回り大きくなって。そして、その人形の手は赤く染まり、体へと浸透し始めている。

血に染まった人形の手を追っていく。


「な、なにあれ?」


掠れた声で呟いた。あまりにも怖かったのだろう、声を出したつもりがほとんど声になっていない。

耕輔はよく見ようと目を凝らす。人形の手には赤い何かが握られている。ところどころから違う色が伺え、それがねじれているのだとわかるのに、数分かかった。


「あれは、毬だよ。」


一樹が落ち着いた静かな声で答えた。その台詞に、耕輔は背中に氷を入れられたような感覚に陥る。ゆっくりと首を動かして、一樹を見ようとする耕輔。


「ほら、耕輔。見てごらん。彼女が人形にやったまんまのことが彼女に帰って来てる。」


一樹が視界に入る前に、再び耕輔の顔は草木に埋められる。一樹が耕輔の顔を両の手で押さえ込んだのだ。

目の前では、ゆっくりと人形の手でねじられる肉片が悲鳴を上げている。ブチブチという神経の切れる音を耳で捉えると、視界では血が水しぶきのように散った。

耕輔の頬が引きつる。しかし、一樹はいっこうに耕輔の顔を離そうとはしない。


「彼女が人形を絞ったこと覚えてる?人形はね、自分にやられたことをよく覚えてるんだ。だから、相手を見つけて仕返しするのさ。彼は本当の鬼。っていうとこかな。まぁ、毬は自業自得だけどね。」


落ち着いた声でさらりとする説明する一樹。彼の台詞は耕輔に届いてはいるものの、耕輔の頭は目の前の光景でいっぱいだった。ただ、目の前を凝視するしか耕輔には術がない。


「それで、人形は一人捕まえるごとに大きくなっていく。最後には人と同じくらいの大きさになったと思うよ。」


人形は、まるで毬の血を飲み込んで成長するかのごとく、だんだんと大きさを増していた。しかし、中心辺りが力に耐え切れなくなったのだろう、ブチっと大きな音を立てて千切れ落ちた。

耕輔は大きく息を呑んでしまい、吐くことができなかった。そのまま固まって目を見開くだけ。

人形は耕輔と一樹に気付かぬまま、その千切れた塊を口へと押し込めた。あっさりと飲み込まれていく肉片。すぐさま跡形もなく消え去った。その場にあるのはわずかに地面を彩る血の赤と、血に濡れたくまの人形だけ。

人形は食べ終わると、また歩き出した。耕輔と一樹がいるのとはまた別の方向だ。一樹はある程度人形が歩いて距離を置くと、耕輔の腕を二度軽く引いた。行こうという合図である。

しかし、耕輔は一樹を見上げて首を横に振った。


「ね、ねぇ。もうやめようよ?」


震えた高い声で、必死に被き訴える。掠れていて聞きづらいが、一樹は耕輔の言葉にもう二度腕を今度は強く引いた。


「駄目さ。まだ、駄目なんだ。」


何か切実に言い聞かすように真剣な表情と声色で一樹は呟いた。それは、耕輔に言っているようには感じられないような口調だった。

耕輔は必死に首を横に振るが、一樹は気にすることなく耕輔を引きずる形で人形の後を追った。

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