雨と歌う男
初めての短編小説です。多々難があると思いますが、読んで頂ければ幸いです。
淡々と流れる時間と他人の波。華やかな都会の影には灰色のトンネルが張り巡らされる。
かかとが磨り減った靴を引きずりながら上る階段は、どこまでも無機質な山道のようで、嫌気がさす。
出口の向こうに見えるのは他人の塊と暖かい5月の雨。傘を持たない私を、どの他人もすれ違い際にチラリと覗いていく。しとしとと濡らされた髪と衣装が身体に張りつく。
騒音と消費されるだけの音楽に満ちたビル街を、雨が包む。なぜ他人は雨を避けるのだろうか。最近では太陽まで避けようとしているようだが。光と潤いを失って何が産み出せるのか私にはわからない。きっとここでは木は切るために存在しているのだろう。
雨が強さを増して地面に叩きつけられるなか、私と同様に雨に抱かれている男がいた。パーマがかけられた長い髪はもどかしく揺れているが、その微かな振動が男の力強さを際立たせている。雨の中でもその男はギターを掻き鳴らし、歌っていた。雨が降っているというのに。
「 愛を忘れた大人たちが 愛を知らない子どもたちを育てて 愛を失った世界は 」
叫びのような、囁きのような男の声は雨に侵されることなく私の耳に届いてきた。
男の前で立ち止まる他人はいない。男の歌に耳を傾ける他人もいない。しかし、道の反対側では雨の中、アイドルグループの握手会の為に長蛇の列ができている。
歌わされているアイドルの楽曲が都会の主流だ。歌っている男の声が、世の中に響くことはないだろう。それが当たり前と知っている他人は少なくない。
雨は降り続き、他人の流れも変わることはない。ただ決して伝わらない男の歌だけが雨から浮かび上がる。男の前に開かれたギターケースの中には、雨の残骸に沈んだ何枚かの硬貨が映っていた。私はくすんだ泉の中に願いを込めて一枚の銀貨を放った。
男は、私には見向きもせずに歌い続けた。幸いにも雨が止む気配は感じられない。
読了ありがとうございました。普段は気の向くままに詩を創作しておりますので、そちらもご覧いただければ幸いです。未熟な作品ばかりであり、まとまりもありませんがどうぞよろしくお願い致します。