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きょうか合宿

夏休み中に書けば良かったのですが。

夏休みの事を全然描いていなかったなぁという事で、回想的に入れてみました。

「えー、ではここの問題を……湖山」

「はい」

 カリカリカリ。チョークが黒板を叩く音がメトロノームのように機械的で、単調なリズムが更なる眠気を誘ううららかな午後。長いようで短かった、楽しいようで退屈だった夏休みも終わり、新学期に突入した。しかし、来月に文化祭を控えた今、学業に身が入る訳も無く。準備に追われる日々の唯一の休憩時間と化してしまった授業中、あたしはぼーっとしながら考えていた。

 夏休みに行った、強化合宿の事を。



 あたしがそれについて初めて聞いたのは、まだ夏休みに入る前の事だった。

「今年も、あれの季節が近づいてきた」

 放課後、いつものように事務所に集まったあたし達を前に、所長椅子にふんぞり返り、無駄に重々しく湖山が言った。

「そうだねー。今年は桃香ちゃんもいるしね!」

 しかし、このもったいぶった言い方に慣れてしまったあたし達は、普段と変わらぬテンションで話を進める。その度に心なしか奴の肩が下がっている気がするのだが、気になど留めてやるものか。

「“あれ”って何よ?」

「夏合宿の事だ」

「と言っても、一昨年からだから、今年で三回目なんだけどね」

「へぇ~」

 まさかここが他の部活動のように、まともに機能しているとは思わなかったので素直に驚いた。

――なんだ、意外と普通の事もしているんじゃないか。

 しかし、そう思ったのもつかの間。

「三泊四日で優の別荘に泊まるのだ」

「別荘!?」

 聞き慣れぬ単語に、あたしは目をひんむいた。

「知らなかったの? 優君の家、すっごいお金持ちなんだよ?」

「そ、そう、なのか……」

 湖山の嫌味要素が更に増えたな、と即座に感じた。

「すっげーよなぁ。しかもでっけーんだよ。広いし。執事さんとかも当り前のようにいるんだぜー」

 子どものように無邪気にはしゃぐのは辰弥である。まぁ確かに、テレビなどでは目にする機会もあるが、なかなか自分の身の回りでは見る事は無いだろうし、ましてや行く事は更に限られるだろうから、興奮するのも分かる気がする。

「たかが別荘の一つや二つで、そう騒がないでくれたまえ」

『勝者の余裕!?』

 だが、だからと言ってこいつが再び返り咲いたように活き活きとする事には納得がいかなかった。うん、なんとなくだが、こいつの性根がひんまがっている理由を悟った気がする。いや、それはお金持ちに対する偏見でしかないのかもしれないけれど。


 そんなこんなで八月中旬。夏の盛りに、あたし達翼探偵社の面々は、迎えの車に誘われるまま、某避暑地に集結していた。

「涼しい……何故だ……」

「これが金持ちの力なのか……!」

 着いてすぐ、車を降りた直後の感想がこんな感じだったのは、暑さの所為だという事にしておいてほしい。もしくは夏休みボケしていると思われても良い。

「二人とも落ち着いて。避暑地だからだよ」

 愛莉につっこまれる日が来るとは思いもよらなかったなぁ、などとしみじみ思いつつ、あたしは周辺の観察に戻る。

 普段はやかましく聞こえる蝉の声すら、心なしか癒しの音楽になっている。陽の光に照らされて緑は輝き、青い空と白い雲のコントラストが美しい。奴の別荘は、そんな自然あふれる素敵な場所のど真ん中に存在した。こんな有名な所の一等地に別荘を構えられるなんて……。一体奴の実家は何をやっているのだろう。しかし聞いてみたくても、

「そうだ。前にも言ったが、別荘があるぐらいでそんなに驚くんじゃない」

『驚くわ!』

というような掛け合いで誤魔化されてしまうので、なかなか機会が巡ってこないのであった。

「でも辰弥君は二回目でしょう? 慣れなきゃー」

「むしろ順応している愛莉の方が怖いわ!」

 確かに、先程から騒いでいるのはあたしと辰弥だけで、愛莉は落ち着いている。湖山が堂々としているのはいつもの事だし、自分の家の物なのだから当然だ。だからおかしいと言えばおかしいのだが、いちいち騒ぎ立てるあたし達の方がガキなのかもしれない。

「まぁ遊びに来ている訳ではないんだ。少し気を引き締めたらどうだ?」

「と、言われましても」

「合宿って雰囲気じゃないでしょう、この建物」

「……だな」

 お寺風の日本家屋ならまだしも、あたし達の目の前にででんと存在するのは、どこからどう見てもまごうことなき洋館である。古びた門扉は汚れ一つなく、ただ歴史を感じさせる。ちらりと見える庭も手入れが行きとどいているようだ。アサガオのツタはアーチを作り、庭園には向日葵が咲き乱れている。

 また、ここまで電車を乗り継いできた訳でもなく、普通に当り前のように、湖山家のスポーツカーが事務所まで迎えに来てくれてやってきたのだ。その際、どうしてスポーツカーなんだ、ワゴン車で良いわワゴン車で、という我々の意見に対し、なんだリムジンの方が良かったのかというセレブつっこみが入り、あれって実在するのかよ!という庶民の嘆きがあったという事実は伏せておく。

――これじゃどこからどう見ても、遊びに来た仲良しグループね。

 そんな言い訳めいた事を頭の片隅で考えつつ、しばし屋敷の美しさに見蕩れていたものの、いつまでもここに突っ立っていては熱中症になってしまう。

「さー、入ろう入ろう」

 何故か湖山ではなく愛莉に促され、あたし達は中に入る事にした。奴は、おいしいとこは持っていくが、仕切りたがりはしないのだ。その辺り、自分なりのバランスがあるらしいのだが、よく分からん。

『はーい、あいりせんせー』

 そんな緩いテンションで、あたし達の夏合宿は始まったのであった。


 さて。合宿と言っても、あたし達の活動内容はあくまでも探偵業務である。よって、今回もそのような事をするのかと思いきや、その実情は自分達の能力の把握、及び応用、更には相性等を見る事であった。特に、メインはあたしの能力の把握とその使い方に関してである。今まではただ何となく、言われるがままに力を使ってきたので、皆の能力についてよく知らなかったし、自分の能力についても全て把握できている訳では無かった。それでは危なかろうと、ようやく湖山が重い腰を上げたという事だ。全く、最初からそうしてくれれば良いものを。しかし辰弥曰く、習うより慣れろだそうなので、最初は放置していたようだ。

 という事で二日目までは、能力のテストが主だった。カード当て、透視、物に残された念を読みとる等、あたしにとっては日常生活で普通にやっている事と、普段探偵社でやっている事が中心である。途中で飽きそうになりながら、二十種類のテストを無事にこなした。そして。

「ふむ……。総合的にはやはり桃香がトップか」

 全てのテストが終了し、一応成績をつける事になった。その結果、ほとんどあたしは一位か二位につけ、総合優勝を果たしてしまったのである。

「桃香ちゃんすごいねー」

「んー」

 そう言われても、あたしの気持ちは複雑だった。だって、あの事故が無ければ、視力が失われなければ、こんな力を持つ事も無かったのだから。確かに、あたしの目は以前よりもあらゆる物を見通す。しかし、それは本当の色ではないのだ。昔、自分の目で見ていたあの色ではないのだ……。

「でも、愛莉や辰弥の力の方が面白かったよ。まさかそんな力もあるなんてね」

 自分の事をあれこれ言われるのが嫌だったのと、純粋に皆の力は面白いと思ったので、二人に振ってみた。

『あはははは』

 すると返ってきたのは、乾いた笑い。どうやら皆も、自分の力についてはあまり良い風に捉えていないみたいだ。その事に少しだけ安堵するが、しかしなんとなーく気まずい空気が流れてしまう。

 その重苦しくなってしまった雰囲気を払拭するかのように、愛莉が切り出した。

「と、ところでさ。今年の文化祭、どうしようか?」

 我がクラスでは、喫茶店をやる事になっている。が、別にメイドカフェを目指すという訳ではない。そういう物は事前に実行委員会から止められている。まぁ、例の台詞を言わない限りは、フリフリのエプロンをしているぐらいならきっと咎められないとは思うが。中学校の文化祭なので、その辺りは厳しいらしいのだ。

 とまぁ、そういう訳で、一つ心配事があったのだ。それは。

「なんか、インパクトに欠けるよね」

 そう。これ、という目玉が無いのだ。商品は開発係に任せるとしても、学級委員であるあたしと湖山、文化祭実行委員である愛莉と辰弥、四人が集まったのだ。演出などは決めなければいけないだろう。

「ふっふっふ……それなら大丈夫。秘策がある」

 仮にも学級委員である。こんな事もあろうかと、あたしは前々から考えていたのだ。

「え、何々?」

「それはね……」

 充分にため、期待をあおってから、あたしは高々と宣言した。

「愛莉を看板娘とし、男性客を釣る!」

「えええええええええええええええええええええええええええ!?」

 驚いたのは愛莉だけで、他の二人は感心しきっている。

「成程ね。ついでに優で女性客を釣る、と」

「悔しいがな」

 実に、実に口惜しい事ではあるが、湖山はモテる。ファンクラブまで存在するのだ。利用しない手は無いだろう。

「外面だけはいいもんね、あんた」

 ただ、素直に認めるのは癪だったので、軽口はきっちり叩いておく。

「いやいや、君には負けるよ。桃香」

 そうやってあたしと湖山が嫌味合戦を繰り広げようとした時、放心状態だった愛莉がようやく、会話に割って入ってきた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! どうしてそうなるの!?」

「知らないとでも思ったかい? 僕が君の可愛さを」

 ここ一番の決め顔で言ったのだが、何故かどん引きされてしまった。この手に持った薔薇のせいだろうか。小道具まで凝ったというのに、少々やり過ぎてしまったらしい。

「まぁでも、確かに愛莉は可愛いよな」

 見かねて助け船を出してくれたのは辰弥だ。湖山も、うなづいて同意を示す。

「そんな事ないよう!」

 照れて赤くなる彼女。……どうして、こういう行動が自分の可愛さを証明していると気が付かないのか。

「いやいやいや。眼鏡を取ると誰でも美人と言うが、愛莉さんのはそれを超越するのですよ」

「そういや、眼鏡取ったとこ見た事無いなぁ」

「気になる所ではあるな」

「ね?」

 じっ、と三人の視線が愛莉に集中する。その後、呼吸を合わせたかのように、じりじりと少しずつ、あたし達は彼女に近づいていく。

「え、え!?」

 三方向から徐々に壁際へと、追い詰められていくにつれ、赤い顔が青くなっていく。先程の失敗で若干おかしくなっているあたしは、更に壊れながら彼女に迫る。

「ふっふっふ、良いではないか良いではないか」

「きゃああああ、お助けえええええええ」

「桃香落ち着け! キャラが崩壊してるぞ!」

「それはこういうシチュエーションで使う言葉では無かったと思う」

 これには一緒になって遊んでいた彼らも、流石につっこんだ。

――少しやり過ぎたかな……。

 怯えきっている愛莉を前に、この話題はこれで終わりにしようと思った。しかし、

「じゃ、じゃあお料理で勝負だよ!」

根が真面目な良い子の愛莉は、あたしからの挑戦状を真に受けたようだ。

『何故そうなる!?』

「だ、だって、ほら、お料理が上手な方が調理に回った方が良いでしょう?」

 しかも、一応まともな理由付きである。

「ふむ、一理あるな」

「じゃあ、桃香と愛莉で対決だ。審判は俺と優って事で」

 これ以上おかしな方向に進むのを阻止する為か、二人もノリノリだ。

「仕方ないなー」

 発端は他でもないあたしであるし、受けて立つしか選択肢は無い。だが、まさかの料理対決ときたものだ。となれば、重要なのは。

「テーマはどうする?」

「喫茶店のメニューにあるもので良いんじゃないか?」

「元々、文化祭の目玉を考えようという話題から始まったんだしな」

 そんな訳で、急遽、あたしと愛莉の真剣勝負と相成った。


「って、なんでこんなに本格的なの!?」

 準備が終わりました、と執事さんに呼ばれて出向いてみれば、キッチンには様々な食材が並んでいた。中には見た事も無いような野菜や魚まで存在する。突然決まったにしては、一時間でよくこれだけの材料を揃えられたものだ。いや、むしろこれが湖山家別荘では当り前のように冷蔵庫の中に常備されているのかもしれない。

「まぁやるなら徹底的にな」

『そんなに凝ったものを作る訳じゃないんだけどな……』

「まぁ、いいじゃないか」

「制限時間は三十分。それだけあれば、二人とも充分だろ?」

「まぁ、なんとか」

「なるだろうね」

 メニューさえ決まっていて、これだけ材料があれば問題は無いだろう。あたし達はそれぞれのコンロの前に陣取り、配置に着いた。どうでもいいが、何故こんなにおあつらえ向きに背中合わせになるようにコンロが二つ存在するのか。キッチンの異常な広さと良い、お互い何を作っているか分からなくさせるように台でセパレートされていたり、おあつらえすぎるにも程がある。

 とは言え、そんなに時間がある訳でもない。メニューと手順を頭に思い浮かべ、臨戦態勢をとる。

「ではこれより、桃香vs愛莉による、料理対決、始め!」


 三十分後。別室で待機させておいた二人の所に、完成した料理を持ってあたし達は集合した。調理の過程はあえて語らない。それはお客様は神様であり、あたし達の不手際を見せたくないからという精神だと思っていただきたい。だから、持てる技を尽くして戦った、とだけ言っておこう。

「では、只今より、審査を開始する」

「まずは愛莉からだよ」

「は、はい!」

 何故かとても緊張した様子で、彼女は盆を机の上に置く。そして、

「特製オムライスです」

蓋を開けると、そこには一目で美味しそうだと分かるオムライスが乗っていた。

「け、ケチャップで文字まで書いてあるだと……!?」

「流石愛莉。メイドカフェがなんなのかを心得ているな!」

 いや、だからそれを目指しちゃダメなんだってば、と全力でつっこみたかったのだが、流れを悪くするのもどうかと思ったので、心の中だけにしておいた。

 続いて、試食。スプーンで一すくい、熱々のまま口に頬張る。

『美味い!』

「なんなんだこの卵のとろふわ加減……」

「絶妙だな。中のチキンライスも、固まる事無く口の中でほろほろと解けていく。中学生が作ったとはとても思えない」

 あまりのおいしさに、その後は目的を忘れ、一心不乱に黙々と食べ進める二人。

「こりゃ、愛莉の勝ちは決定だな」

 ぺろりと平らげ、あたしのいる前でそんな言葉まで口にする。確かに、一口いただいたのだがそう言いたくなるぐらい美味しかった。洋食屋さんも顔負けの味である。しかし。

「ふっふっふ……。それはあたしの料理を食べてから言ってもらおうじゃないの!」

 不思議と、絶対の自信があった。オムライスの乗っていた皿を横に避け、あたしは自分の作品を机の中央に置く。

「こ、こりは……!?」

『ナポリタン!』

「そう。喫茶店の定番中の定番! 昔懐かしナポリタン、召し上がれ!」

 シンプルイズザベスト。あたしの得意中の得意料理でもあった。

「ああ……」

「そうだな、喫茶店とは人々が心安らげる為に来る場所。ほっこり元気になる味だ」

 すかさず、執事さんが珈琲を差しだす。ぷはぁ、と和んだ所で、本題に入る。

「という事は……」

『勝者、桃香!』

「よっしゃー!」

 勝利のガッツポーズは、天まで届くようだった。


 途中から何故か料理対決になっていたが、一応皆の能力を把握し、翼探偵社は本格的に指導することとなった。

「さーて、これで事務所も文化祭も大丈夫そうだね」

「だな」

 明るく笑うあたし達の横で、暗い顔で愛莉がぼそりと呟いた事など、ましてやその意味するところなど、その時のあたし達は知らなかった。

「……私が看板娘なんて……。向く訳がないのに」


 こうして、三泊四日の夏合宿はあっという間に過ぎたのであった。



「桃香ちゃん、桃香ちゃん」

 はっと気が付くと、あたしの机の横に愛莉が立っていた。

「もう授業終わったよ?」

「あ、ああ。ごめん、ちょっと考え事してた」

「そう? なら良いんだけど。皆始めてるから、早く行こっ」

「うんっ!」

 あたし達の本番はここから。放課後、どのクラスも我先にと場所を確保し、作業にいそしむ。我がクラスも、メニューも決まり、衣装も作り終え、ラストスパートをかけている所だ。着々と進んでいく準備に、雰囲気も徐々に盛り上がっていく。

 あと少しで、文化祭。


……なんか皆暴走したのは暑さの所為だと思います、はい。

次話は文化祭です。果たしてどうなる事やら。

そろそろ物語も加速したいところですしね。

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