こいは盲目
――ど、どうしようどうしようどうしよう!?
昨日は私が、優君に告白をした。それだけでも、直接言った訳でも無く、ただ手紙入りのチョコレートを渡しただけだったのに、すっごく緊張した。それなのに、今日は私が、辰弥君に告白されてしまった。しかも呼び出されて、まっすぐに目を見て、はっきりと伝えられたのである。もう、ドキドキ続きで、心臓がおかしくなりそうだった。
――それに、二人の気持ちが、私には分かる……。
突然想いを告げられて、優君が戸惑う気持ちと、告げた側の辰弥君が緊張する気持ち。分かるからこそ、無下には出来ないし、したくなかった。
――でも、なんで私なんだろう。
辰弥君もてっきり、桃香ちゃんの事が好きなのだろうと思っていたのに。桃香ちゃんは可愛いし、明るくて優しい。いつも輪の中心にいて、皆のムードメーカーだ。体育祭や文化祭等の行事は勿論の事、普段の日常生活だって、彼女には何度助けられた事か。それだけに、辰弥君からの告白はまさに青天の霹靂、という奴だった。
――どうすれば……。
布団にくるまりながらうだうだと悩んでいたが、一向に答えが見える気配すら無い。
――誰か、助けて……っ。
すがるような思いで、私は桃香ちゃんに電話を掛ける事にした。
「もしもし」
四コール目で、彼女は出てくれた。それだけで私は安心し、声が自然と湿っぽくなる。
「桃香ちゃーん……」
「どったの愛莉?」
私に何かあったのだと悟ったのだろう。急に口調が、真剣なものになる。
「大丈夫?」
それに、とても温かい。私を案じてくれているのが、痛いほど分かる。
「どうしたら良いのか分かんないよう……」
その優しさに耐えきれなくなって、電話口でたまらず泣きだしてしまった。
「愛莉、愛莉?」
「ふええーん」
「……すぐ行くから、家で待ってて」
そう言って電話を切ると、桃香ちゃんは本当にすぐ、ものの五分で駆けつけてくれた。
「愛莉、大丈夫?」
自転車を飛ばして来たのだろう、その額にはまだ冬だというのにうっすらと汗をかいていた。申し訳ないと思いつつも、私にそれを気遣う余裕はないので、
「うん……」
と、布団にくるまったまま答える。
「……大丈夫じゃないのね」
様子を見ていれば分かる、無理しなくて良い、と諭されている気がした。
「うう~」
「何があったの?」
「実はね……」
“俺、愛莉が好きだ”
思い出しただけでも、顔から火が出そうだった。しかし、事情を説明しなければ状況は何も変わらない。私は勇気を振り絞って、言った。
「た、辰弥君に、ね……」
好きだって、言われたの。最期の方はほとんどかすれ声になってしまったが、そこは桃香ちゃん。
「辰弥に告白されたの?」
聞きとってくれたようで、尋ね返してくれた。
「うん……」
「そうか、ついにか」
「え?」
まるで、こうなる事を予期していたかのような台詞に、驚いて顔を上げる。
「ううん、なんでもない。こっちの話」
気にしないでと言われると逆に気になったが、それを尋ねる前に、先を促されてしまう。
「それで、返事は?」
「ちゃんとしたのは、してない……」
そして、対する私の反応も予測済みだったのだろう。仕方ないな、という風に溜息をついていた。
「……そんな事だろうと思った」
「で、でもね」
ここまで言ったのだ。きちんと事実を伝える必要があるだろう。いくら桃香ちゃんがよく気が付くといっても、全部を分かっている訳じゃない。それに、一応私の方にも抜き差しならない訳があるのだという事を知っておいてほしかった。そう思い、私は全てを話す事にする。
「その前にね、私は優君に告白したんだ。で、辰弥君はそれを知ってたみたいで、だから……」
「そう……。って、えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
ここで、ずっと親身になって聞いてくれていた桃香ちゃんが、壊れた。飛びのいて、頭を抱えて叫び、その衝撃の大きさを、全身を使って表してくれた。
「ちょ、ちょっと待って落ち着いて」
「桃香ちゃんが落ち着いて!?」
「愛莉が、湖山に!?」
未だ部屋の中を右往左往する桃香ちゃん。こんなに慌てふためく彼女を初めて見たので、私は恥ずかしくなってぼそりと呟いた。
「……そんなに意外?」
あまり吃驚し過ぎると、私に失礼だと思ったのだろう。ようやく平静を取り戻し、
「いや、えっと……。どこが良いの?」
拙いながらも、どうにか会話を戻そうとしてくれた。その様子におかしくなって、私は少しほっとする。
「優君、桃香ちゃんが思ってるような人じゃないよ?」
「まぁ、前よりはましになったけどさぁ……」
不服そうな彼女を納得させる為に、試しに、彼の良い所を列挙してみる事にした。
「とりあえず、頭良いし、スポーツも出来るでしょう」
「私のが頭良いわよ」
「格好良いし」
「気障なだけでしょ」
「それに、優しいし」
「どこが」
――見事なまでにライバル視してるのに、肝心な所には気が付かないんだから。
人の事はよく見ているのに、自分の事になると見えなくなるのだろうか。口止めされてはいたものの、誤解を解く為に私は話す事にした。
「本当に、気付いてないの?」
「全く、何のことやら」
思い当たる節もない、と言いきった彼女。どうやら本当のようである。
「優君、委員会の時も桃香ちゃんに火の粉が降りかからないようにしてくれてたんだよ?」
「え?」
「ほら、やけに桃香ちゃんが優君につっかかるから。会長を怒らせちゃったんだって」
「ああ……」
昔の優君と桃香ちゃんは、顔を合わせる度にいがみ合っていた。それを見たファンクラブ会長が怒り狂い、桃香ちゃんを陥れようとした事があったのである。彼女の残忍さは誰もが知っていたので、優君は自分なりに桃香ちゃんを守ろうとしたのであった。
“また嫌味で返されるだろうから、絶対言うなよ”
そう照れくさそうに言う優君が可愛くて、私はますます好きになったりしたんだけど。まぁそれはおいといて。
「で、わざと責任押し付けたりして、被害がこないようにしてたんだってさ」
「その分、あたしは雑務に押しつぶされそうになってたけどね……」
遠い目をする桃香ちゃん。私は裏まで知っていたので何も言わなかったが、何も分からずにあの量の仕事をするのは、大変だったと思う。毎日朝早く来て、下校時間ギリギリまで頑張っていた姿を思い出す。
「というか、それあたしの所為じゃなくて、元を辿れば湖山の所為なんじゃ……」
私が回想にふけっている間に、鋭い彼女は真実を探り当てたようだが、
「細かい事言わないの」
好きな人の悪口を言われるのはあまり気持ちの良い事ではないので、私は話を切り上げた。桃香ちゃんは不満そうだったが、何故か、その口元は笑っていた。
「他にも、私を助けてくれたり、良い人だよ?」
「へぇ」
尚もにたにたと笑う彼女。怪訝に思っていると、
「あんた、よく見てたのね」
どうやら、それが面白くて仕方が無かったらしい。いや、正確にはその事で私をからかう事が楽しみで仕方なかったのだろう。
「な、なっ」
赤面する私を、更に楽しそうに見ているのがその証拠だ。
「そ、そ、そ、そんな事にゃいよ!?」
……動揺しすぎて、噛んでしまったのは、彼女の所為にしてしまおう。更に真っ赤になった私を見て、桃香ちゃんはしばし悶絶していた。そして、ダンダンと床を殴りつけながら、
「くっ……。なんでこんな可愛い子が……」
呪詛を吐いていた。その様子が恐ろしくなり、遠くから声を掛ける。
「も、桃香ちゃん……?」
「ううん、なんでもない」
頭まで打ちつけ始めたのでどうなる事かと思いきや、しばらくしたら収まった。その事に安堵していたのも束の間、今度は桃香ちゃんから爆弾を投下される。
「そんなに好きなんだ? あいつの事」
「う、うん」
でも、今度は二回目だったのもあり、割とすぐに答えられた。その様子を見て、私の気持ちの強さを測ったのだろう。
「じゃあ、答えは決まっているじゃない」
「でも……」
それでも迷う私に、彼女は畳み掛けるように、続ける。
「辰弥だってそのぐらい覚悟してるわよ。覚悟した上で、愛莉に告白したんでしょう」
「そうだと、思う」
「だったら、愛莉も自分を貫き通しなさいよ」
「じゃないと、辰弥に失礼だと思わない?」
「うー……」
それは、そうだと思う。私だって、もし優君が付きあってくれると言っても、お情けでだったら嫌だった。負い目を感じながら一緒にいるなんて、多分耐えられない。
「それに、断ったぐらいで友人関係壊れたりしないわよ」
「そう、だね……」
「とりあえず、試験に集中しなさい」
言われるまですっかり忘れていたが、明日は試験だった。
「湖山と同じ所行くんでしょう?」
「……うん」
まずは受かる事、それだけを考えようと思った。
「ありがとう、桃香ちゃん」
「どーいたしまして」
桃香ちゃんを送りだしてから、私は机に向かった。
「よし、頑張るぞ!」
*
「ふー」
――これで、良かったのかな。
試験は終わった。後は、運を天に任せよう。そう思って帰ろうとしたら、
「たーつーや」
前から呼び止められた。
「うわあっ」
下を向いていた俺は、驚いて後ろにのけぞり返る。
「試験お疲れ様」
「お前、何で……」
試験会場である高校の前で待っていたのは、なんと桃香だった。
「ね、ちょっと話さない?」
こう言われてしまい、しかも先を歩きだされてしまっては、選択肢は一つしかない。
「……しょうがないなぁ」
追いかける形で、彼女の後姿についていく事にした。
「で、話って何?」
受験生でごった返していた道から少し離れた所で、俺は前に向かって呼びかける。
「分かってるくせに」
「何の事やら、さっぱり」
まぁ実際、見当はついているのだが、自分からそれを言うのは、何というか癪だった。
「うーん、あたしから言うのも、微妙なんだけどなぁ……」
「そりゃそうだな」
「ま、愛莉から聞いたよ、とだけ言っておこう」
「やっぱり、それか」
「それだよ」
しばしの沈黙。しかし俺が話し出さないのを見て、溜息と共に、彼女から切り出してくれた。
「で、辰弥は、どうしたいのさ」
「え?」
「……そりゃ、諦めるしか」
「違う違う。あたしが聞きたいのはそんな事じゃない」
まだ分からんのか、と子どもを諭すように、彼女はびしっと指を立てて言葉を発する。
「辰弥が、これから、どうしたいのか。それを聞いてるの」
「……それ言って、どうなるっていうんだよ」
これは本音だった。桃香に言った所で、愛莉の気持ちが変わる訳でもないし。すると、前にも言ったかもしれないけどさ。そう前置きをして、桃香は言う。
「もうちょっと、素直になっても良いんじゃないの?」
――同じ事言われた!
何故かおかしくなって、吹き出してしまった。
「何がおかしい」
一通り笑い終わった後、晴れ晴れとした気持ちで俺は呟いた。
「んー、素直にゃなったつもりだったし、これからも素直でいるつもりなんだけどな」
「あらま」
それを見て、俺が変わった事が分かったのだろう。
「余計なお節介、だったみたいだね」
珍しく読み違えたからか、頭をかいて照れていた。
「そんな事はないよ。ただ」
「ただ?」
「俺も、成長するんだよ」
桃香は一本取られた、という顔をした。
――取られたのはこっちだよ。
そう正直に打ち明けようかとも思ったが、ここはあえて格好付けさせてもらう事にする。
「……俺は大丈夫。もう、腹くくってるからさ」
「そう」
彼女はとても微笑ましそうに、にこやかに笑った。
「ありがとな、桃香」
俺も、笑顔で返した。
「お礼を言われるほどの事はしてないわ」
じゃあね、と彼女は颯爽と帰っていった。
「ったく……。敵わねえな、本当」
本心を言えば、俺は愛莉の事を諦めようと、むしろ優を焚き付けて二人をくっつけようとしようとさえしていた。その方が愛莉の為になる。彼女の笑顔が見られるなら、俺はそれで構わないと思っていた。それを、彼女は見切っていたのである。
――流石。やっぱり、お前はすごいよ。
「……ありがとう、桃香」
――おかげで、俺は決心が固まったよ。
*
「ふう……」
本来ならば湖山の所にも行くべきなのだろうが、あいつはもう大丈夫だろう。学校で見た限りでは、少し復活したみたいだし。……まぁ、まだ愛莉とはまともに話せていないみたいだけれど。
「しっかしまぁ、あたしの知らない所で皆、大人になっちゃって……」
愛莉から電話がかかってきた時、てっきり辰弥から告白されたからだと思っていた。いや、それは間違ってはいなかったのだが、まさか愛莉から告白しているとは。
それに、辰弥もそうだ。あたしの言った事を覚えていたなんて、思いもしなかった。それでも、昔の彼ならば絶対に諦めて、応援する側に回っただろうに。
「……さて、出来る事はやった。後は、意志の転がるままに」
他の人から見れば、矛盾しているように思えるかもしれないけれど。あたしは、皆の想いを大切にしたい。それだけなのだ。
ようやく彼らの決意は固まったようです。
諦めなきゃいけない時もある。けれども、自分の気持ちを時には大切にしてほしい。そんな気持ちで書きました。
次回、多分おそらくきっと最終話。卒業のお話でお会いしましょう。




