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ゆれる心

「はぁ、どうしよう……」

 シャープペンシルの先で無意味にノートをつつきながら、私は溜息をついた。その原因は勿論、今日渡してしまったチョコレートにある。いや、それは正確ではない、か。言い直そう。沢山配ったチョコレートの中に一つだけあった、私の本当の気持ち。それを、何気なく渡してしまった事。それが、目下の悩みの種であった。

「優君……」

 私はそっと、その名を口にする。湖山優という名の男の子。それがチョコレートを渡した相手、私の想い人だった。

 昔から、ひそかに恋心を寄せてはいた。サッカー部のエースで、成績もトップクラス。それで格好良ければ、やはり目立つ。最初のうちは雲の上の人で、ただの憧れにしかすぎなかった。すごい人がいる、その程度の認識だったのである。

 でも、探偵社のメンバーに入れてもらった事で、全てが変わった。彼をもっと近くで知る事が出来たし、何より距離がぐっと近付いた。その事で何度、この能力に感謝をしたか。元々自分を助けてくれる力だったが、さらにこんな素敵な時間まで用意してくれるなんて。私の力は私の物で、弱い自分を支える道具でしかなかったのに。それをこんな風に使う事が出来るなんて思ってもみなかった。

 それからは毎日が楽しかった。放課後にやるからくたくたになるけれど、部活に入っていない私としてはそれほど苦でも無かったし。人助けにもなるし、むしろもっと活動をしたい、本音を言えば、もっと優君と一緒にいたいと思っていた。たわいもない事で笑いあったり、困った時には助け合ったり、そんな事をずっとし続けていたかったのである。

 それでも、自分から想いを伝える事なんて、とてもじゃないけど出来なかった。ファンクラブまである人に自分なんかが釣りあうはずが無い。何の取り柄も無い普通の女の子の私なんて、恋愛の対象にはならないだろう、そう思ったから。でもその子達よりは自分は彼の近くにいる、それがちょっぴり誇らしくもあった。だから。

「なんで、渡しちゃったんだろう……」

 今更と言えば今更のタイミング。どうせなら、もっと早くに渡しておけばよかったのに。もう卒業してしまうから? もう、今までのようには会えなくなってしまうから? いや、違う。その理由ははっきりと分かっている。

 優君が、桃香ちゃんの事を好きだからだ。

 勿論、それは私の勘違いかもしれない。けれども、少なくとも彼女の事が気になっているのは事実だろう。その証拠に、以前とは絡み方が随分変わってきた。昔はちょっかいをかけていただけで――それだけでも私はやきもきしたものだったが、他の子と同じように距離を置いて、適度に遠ざけて、接していただけだった。けれども、桃香ちゃんが探偵社に入ってからは一目置くようになり、扱いも優しくなっている。本人達はそれにちっとも気が付いてないみたいで、しょっちゅういがみ合いをしているのだけど。

 だが、だからと言って、桃香ちゃんがメンバーに加わらなければ良かったと、そんな風に思う事は無い。桃香ちゃんにその気が無い事は明白だし、何より彼女は私の親友だからだ。それに、彼女の力は多分、一番強い。その証拠に、彼女が来てからますます探偵社の活動は活発になったし。……いや、優君と辰弥君が部活動を引退したからかもしれないけれど。

 それでも、何故かいてもたってもいられなくなってしまい、気が付いたらカードを入れていたのだ。もっとも、桃香ちゃんは優君にチョコをあげなかったみたいだけれど。それにほっとした自分もいたりして、もう訳が分からない。

「どうしよう……」

 試験に向けて勉強しなきゃいけないのに、さっきから一向にペンが進まない。椅子に座り机に向かってから、かれこれ三時間は経過しようとしているにもかかわらず、だ。そろそろふっきらなければ、渡したものは仕方ない、過ぎた事は仕方が無いと返事を待つ覚悟を固めなければいけないというのに。

 ううん、それよりも。

「……明日、どんな顔して会えば良いんだろう」

――まだ読んで無ければ良いけれど、もし読んでいたら……。

 渡しておいてこう言うのもなんだが、気が付かなければ良いのにと、心から祈っていた。



「どうするかなぁ……」

 あれから、一時間程経っただろうか。僕は左手に握られたカードを凝視していた。穴が開くんじゃないかと思うぐらいじっと見つめていたが、結論は出なかった。

「僕は、彼女の事を一体どんな風に思っているんだろか」

 自分の事なのに、さっぱり皆目見当が付かなかった。他のクラスメイト達よりも、そして僕のファンクラブのメンバーよりは好意があるのは確かだ。しかし、それは彼女が探偵社のメンバーで一緒に活動をしているからに他ならない。

 では、桃香に対する気持ちと比べてみたらどうだろうか。まず、探偵社の大事な一員である事、これは共通。しかし、愛莉は立ちあげた当初から入っている。だから、活動をしてきた期間は彼女との方が長い。けれども、桃香とは委員会が三年間一緒で、何度か協力してもらっている。それは愛莉には無いものだ。では、力の強さはどうだろう。それは言うまでも無い。桃香の方が強い。それに……桃香の力、あれは無くならない物だ。俺達の身勝手な、自分本位の力とは訳が違う。認めたくはないが、僕等とはまた違う次元にいるのが彼女だ。だが、だからこそ同系統の愛莉とは通じ合うものがあるのも確かなのである。力を手に入れた境遇も似ていると言えば似ているし、分かり合える部分もある。

「うーむ」

 結局、ベクトルが違い過ぎて、比較する事もままならなかった。そもそも、相対的に判断しようとする方が間違っていたのかもしれない。だが、僕にはそれしか方法が無いのだ。強くひかれたり、何かをかけがえのない物だと思ったり、そういう“絶対”が無いのだから。

「こういう時は……」

 困った時は、彼に聞くのが一番か。いつも僕を支えてくれ、的確なアドバイスをしてくれる、彼に。

 僕は思い切って、辰弥に相談してみる事にした。


 翌日。

「あー、辰弥。ちょっと」

 休み時間にこっそりと彼を呼び出す。怪訝そうな表情をしながらも、いつも訳も聞かずについてきてくれるのが彼の良い所だった。

 周りに人気が無い事を確認してから、彼は口を開いた。

「なんだよ、話って」

「ああ……」

 しかし、呼び出したのはいいものの、どこから話をしようか。その辺りを考えていなくて言い淀んでいたら、

「なんだ、煮え切らないな。もしかして、お前でも不安なのか?」

彼の方から的外れな事を尋ねられた。

「何がだ」

――不安? この僕が? 何を不安に思う事があるんだ。

本当に分からなかったので、礼儀を欠いているとは思ったが、質問に質問で返す。

「明後日のテストだよ」

――嗚呼、そういえばそうだったな。

 彼に指摘されるまで忘れていたが、明後日に僕達は公立高校の入学試験を控えている身だったのだ。成程、そんな時期に呼び出されれば誰だってその事だと思うだろう。けれども、僕の悩みごとはそうではないので、

「いや、それも関係あるんだが……。違うな。今抱えている悩み事の所為で、勉強がはかどらないって感じだ」

正直に思いのままを答える。

「お前が悩むなんて、珍しい」

 本気で驚かれた。なんだろう、僕は普段そんなに芯の通った曲がらない男だとでも思われているのだろうか。

「何があったんだ?」

「実はな……」

 辰弥の心配そうな目に促され、僕も意を決し、切り出した。

「愛莉に、告白された」



「え?」

 衝撃だった。電流が駆け巡っていくみたいに、体中を何かが走った。

「今、なんて」

 驚き過ぎて、聞き返してしまった。嘘だと思いたかった。そんな事があってたまるものか。

「だから、愛莉から告白されたんだ」

 しかしそんな俺の願いも空しく、聞き間違い等ではなかったらしい。

「なんで?」

 何故、愛莉がお前に告白するんだ。そう言いたかったのだが、彼は別の捉え方をしたらしい。

「手紙で。チョコレートの中に、手紙が入ってた」

 ご丁寧にわざわざ、手段を教えてくれる。だがまぁ、それで謎は全て解けた。どうしてこんな時期にと思ったら、そのイベントの事を失念していた。彼女は毎年沢山のチョコレートを作って皆に配ってくれるので、その中に一つだけ特別なものが混ざっているなんて夢にも思わなかったのである。

「なんで」

 もう、それしか言葉が出てこなかった。早く、動揺を抑えなければ。鈍感な優にも気付かれそうなくらい、握りしめた手は汗ばみ、震えていた。

「今更過ぎるよな……。ずっと一緒にやってきたのに」

 だからだろう、と言いたかったが言葉を飲み込む。この男には人の気持ちというものが基本的に分からないらしく、何を言っても無駄だろうと思ったからだ。まぁ、だからこその彼の力なのだけれども。……いや、違うな。俺は言いたくなかったんだ。

“だからこそ、愛莉はお前を好きになったんじゃないか”

 そんな事を口にしたら、何かが壊れそうだった。だって、俺だってずっと彼らと共にいたのだから。

「なぁ、どうしたら良いと思う?」

 俺の方が、聞きたかった。


「……どうする」

 あの後、自分の気持ちに向き合ってみるべきではないか、いい加減な気持ちで返事をすればお互い傷付くだけだというような事を言って適当に誤魔化し、俺は足早にその場を去った。それ以上同じ場所にいたら、彼を殴り飛ばしかねなかった。いや、もしかしたら愛莉の為を思って、付き合うように促したかもしれない。そのぐらいは平気でやってしまいそうな自分が、あまり好きではなかった。

 愛莉が優の事を好きなのには、薄々勘付いていた。その度に、そうじゃないと良いな、大丈夫そんな事は無い、と希望的観測をしていた。もしそうだとしても、引っ込み思案の愛莉の事だから、自分から告白したりしないだろう。そんな事も思っていた。

 その結果が、この様だ。家に帰ってからも俺は、自分を責め続けていた。どうして、もっと早くに自分の想いを伝えておかなかったのか。チャンスはいくらでもあったはずなのに。……俺も結局、怖くて言いだせなかったただの臆病者だ。きちんと自分から想いを告げた愛莉の事を、とやかく言う義理は無い。

――辰弥は良い人過ぎるんだよ。もっと自分の為に動いても良いのに。

 そんな事を昔、桃香に言われた事を思い出す。本当にあいつはよく人を見ている。視力が健在だった昔も、失った今も。あいつはずっと、変わらない。変わらずにまっすぐで、変わらずに勇ましい。

 そこでふと、もしかしたら愛莉は、桃香から影響を受けたのかも知れないなとも思った。あいつはいろんな所でどこかで誰かに影響を与える。そういう奴だった。

「俺も、勇気を振り絞らなくちゃいけないって事か……」

 いつまでも先延ばしにしてはいられない。例え、叶わない恋だとしても、伝える事に意味があるのだから。


中学生ってこんなに悩んだかな、と思いつつも悩み多き青春というのを出来る限り頑張って描いてみました。

……しかしあれだね! 縡月に乙女心の描写は無理がありましたね!

……精進します。

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