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新年早々はつじけん

 本当に駆け抜けるように、あっという間に年は暮れ、新しい年を迎えてしまった。中学生でいられる期間も、残りわずか。皆と居られる時も、探偵事務所を騙って遊んでいられる時間も、あと少し。

 なんて、そんなセンチメンタルな気分に新年早々なる訳もなく。

「桃香ちゃーん!」

「桃香ー!」

「来たか」

 本日は我が探偵事務所の面々で、初詣と相成ったのである。いや、いつも愛莉と辰弥と来ていたから、実感としては一人増えただけなのだが。

「あけましておめでとう」

『おめでとう』

 あたしが集合場所に着いた時には、すでに皆そろっていた。一応、五分前には着くように計算したのだが、どうやらこの面々は早め早めの行動を心がけているらしい。待ち合わせの時間に遅れた訳でもないので、湖山が何か言いたそうにして何も言えないのが良い気味だった。

 そしてふと、愛莉の格好が普段のそれでない事に気が付く。いや、みんな流石に制服ではないし、辰弥に関しては毎年の事だからそこまで注目する事でも無い気もするが。

「愛莉、その着物よく似合ってる」

「本当? ありがとう」

 そう、珍しく彼女が着物姿だったのだ。薄桃色に梅の花が咲き乱れていて、落ち着いた紅色の帯が引き締めている。とても素敵な着物だった。

「そんなとこで嘘つくかよー。可愛いよ、愛莉」

「うむ」

 満場一致の意見に、彼女は気を良くしたようだ。ちなみに、辰弥は神社の息子なので、毎年袴である。というか、お参りに来たのも実は彼の所なのだ。この辺り唯一の神社なので、中は参拝客でごった返している。

「ありがとう。嬉しい」

 はにかみながら言われてしまうと、こちらまで照れてくる。後から聞いた事だが、辰弥はカメラを持ってこなかった事を、本気で後悔していた。

「おばあちゃんの家に行ったら、もう着ないからってもらったんだー」

 尚も楽しそうに、くるくると回りながらはしゃぐ姿を、あたし達は温かい眼差しで見ていた。


「ねぇ、何お願いしたの?」

 参拝を終え、適当に境内を歩く。この時期は色々出店もあり、お祭りみたいでにぎやかで楽しい。その道すがら、先程神様に言った願いを聞いてみたのだが、

「秘密ー」

「願い事は人に言うものじゃないぜ、桃香」

上手くかわされてしまった。残念。

「まぁ、それもそうね」

「それはそうと、お守り買わないか?」

 こちらも、願い事を聞かれたくはなかったようだ。露骨な話題転換ではあるが、良い提案には違いない。

「うん。おみくじも引こうよ!」

「じゃあこっちだ」

 やはり、服によって気分は変わってくるものなのだろうか。やけにノリノリの着物姿の二人に連れられ、吉凶を占う事になった。


 箱に代金を入れ、抽選箱のような箱からくじを一つ取り出す。ここの神社は棒を引き出すタイプではないので、これがそのままおみくじになっているという訳だ。しかし、いくつになってもきっと、取り出す時のこの緊張感は押さえられないものだと思う。

「皆、くじ持った?」

「おう」

「じゃ、いくぞよ」

『せーの』

 そんな内心のちょっとした動揺を悟られないようにしつつ、中を開く。

「わー、大吉だ!」

「おー。すごいな愛莉。俺は中吉だ」

「あたしは吉」

 ここまででいくと、大吉・中吉・吉なので、あたしが一番悪い事になる。

「優君は?」

 だがそこは流石、期待を裏切らない男、湖山優。

「……凶」

『ある意味すごいっ』

 なんと、所によっては大吉よりも本数が少ないという凶を引いてみせたのだ。内容も見せてもらったが、なかなかえげつない事が書いてある。しかし、おみくじというのは案外そういうものなのかもしれない。あえて厳しい事を言って、やる気を出させるもの、のような気がする。

 ちなみに、余談ではあるが、あたしは彼に半吉、あるいは末吉を期待していた。なんというか、この微妙過ぎて誰もつっこめないけどあたしより下、みたいなラインを期待していたのに。どうやら今年、笑いの神は湖山に降臨したみたいだ。

「良かったわね、湖山。それは大吉よりも価値があるわ」

 まぁ色々言ったが、凶を引いた人を生で見るのは初めてだ。素直に感心し、感服する。

「そうだよ、優。おいしいぞ」

「・・・」

 そんなあたしと辰弥の激励は、残念な事にフォローにならなかったらしい。まだ顔に縦線が入っている湖山を見かねて、愛莉も言葉を添える。

「まぁまぁ、ご神木に結んでおけば大丈夫だよー」

「そ、そうだな」

 ここで、ふと愛莉の手を見ると、おみくじが握られて無い事に気が付いた。

「ってあれ? 愛莉、お前大吉なのに結んじまったのか?」

 あたしより先に気付いた辰弥が、不安になってそれを尋ねる。

「え?」

「お前……知らないのか? 結び付けの意味を」

「あれは、湖山みたいに凶とか引いちゃった人が、運勢が良くなりますようにって結ぶのよ」

「そ、そうなんだ……」

 どうやら、毎年お参りに来ている割には愛莉も知らなかったようだ。そういえば、彼女が大吉を引いたのを見たのは、初めてかもしれない。

「まぁ風習だし、後で結びに来るんだから良いんじゃないかな?」

「そうなら良いんだけど……」

 愛莉まで凹んでしまって、重たくなってしまった空気を払拭しようと、

「ちなみに、“凶のおみくじを利き腕と反対の手で結べば、困難な行いを達成することによって凶が吉に転じる”という説もある」

神社の息子が豆知識を披露する。それを聞いた途端、

「なんだと!?」

湖山は復活した。全くもって、単純明快な奴である。

「……よし、やるか」

 しかし、使い慣れていない方の手で結ぶというのは、事の他難しいらしい。成程、運気を変えるほどの行いは、やはりそれ相応の難しさをはらんでいるという事か。

「自分への戒めに持って帰っても良いのよ? 別に」

 苦戦している彼に、あたしは助言をしてやる。すると、予想通りの反応が返ってきた。

「し、失礼な。僕を誰だと思っているんだい? このぐらい朝飯前だよ、朝飯前」

 そして、何事も無かったように、作業に戻っていく。そんないつものやり取りを見て、愛莉が吹き出した。うん、これなら大丈夫だろう。

「結ぶってのは縁結びと繋がっている。むやみに捨てないで結んだんだ、大丈夫だよ」

「うん……」

 すったもんだはあったものの、初詣を済ませたあたし達は、人でにぎわう街の中心街へと足を運んだ。

 今日のもう一つの目的。それは、最近出来たショッピングモールの初売りを狙いに行く事であった。


「すげえな……。人がゴミのよう、失礼、人でごった返している」

「……はぐれないようにしないとな」

 着いた途端、先程とは比べ物にならないぐらい、桁違いの人の量に辟易する男性陣と、

「あ、あったよ桃香ちゃん!」

「お、愛莉のお気に入りの店だね」

そんな人混みをものともせず、お目当てに向かって突き進む女性陣という構図が、すでに完成されていた。

「行ってくるねー」

「この辺で待ってて」

『りょーかい』


 付き合わせるのも悪いかと思い、辰弥と湖山を置き去りにして一時間後。

「お、お待たせー」

「……済まない、待たせ過ぎた」

『おう……』

 戻ってみると、その間に二人はやつれていた。まぁ、これだけの人に囲まれて無事でいろという方が、おかしいかもしれない。

『ごめんなさい』

 あたし達は素直に謝罪した。

「買えたのか?」

「うんっ」

「まぁ、そこそこ」

 あたしは雑貨屋のものしか買わなかったが(前に洋服のを買って痛い目を見ているので)、愛莉は最初の店を含め、合計四つ福袋を購入していた。これは大収穫と言ってよいだろう。その旨を告げると、

「お前……。すでにその年にして堅実すぎるだろう」

「この後セール品を狙うんだよな、分かってるよ……」

と言われてしまった。図星過ぎてぐうの音も出ない。何故そんな事までお見通しなのかは分からなかったが、それは一先ず置いといて。

「それにしても、おこづかい大丈夫?」

 子ども用とは言え、福袋というのは値が張るものである。年明けからこんなに散在してしまって良いのだろうか、と心配になった。だが、それは無用だったらしい。

「うん。お年玉いっぱいもらったし、私は福袋で一年過ごすタイプだからね」

「成程」

 まぁ制服があるうちはそれでも何とかなる。彼女の言い分に、あたしは納得してそれ以上言うのを止めた。

 しかし、それに待ったを掛けたのが、先程は見事な推理を披露した男共。

「え、何その」

「福袋で一年過ごすって」

――どうしてそっちは知らないんだ!?

 彼らの知識が、家計を守るお母さんの知識からきているものだとその時見抜けなかったあたしは、心の中だけで盛大につっこみを入れつつ、平静を装って解説する。

「店にもよるけど、春夏秋冬関係なくオールシーズンの洋服が詰まってる事もあるのよ、福袋って」

『へー』

「帰ったら開けるんだー。楽しみ」

 兎にも角にも、愛莉に笑顔が戻ったなら、それでここに来たという意味はあるものだ。

「良かったねぇ」

「特に、これ!」

「ああ、最初に入って行った店の」

「最後の一個だったんだよー」

「ついてるな」

 福袋を振り回さんばかりに腕を動かし、陽気に歩く愛莉を先頭に、あたし達はその後もショッピングモールの中を、ぶらぶらふらふらと歩く事にした。

 

 けれども、愛莉の“つき”はそれでは止まらなかった。

 ショッピングモールで行われていた抽選では、四等の商品券を当てた。その商品券で買ったお菓子も当たってもう一つもらっていた。あたし達もそのおこぼれに与った訳だが、いやはや愛莉さまさまであった。

 一通り歩き、休憩にとフードコートでお菓子を咀嚼している時である。ふと、レストラン街の“新年会ご予約承り中!”というポスターが目に入った。そこであたしは、

「ねぇ、新年会やらない?」

すぐさま提案してみた。忘年会はやらなかったが、クリスマス会があったのだから、新年会があっても良いと思ったのだ。

「いいな」

「じゃあ、飲み物とか買って行っちゃおうかー」

 どうやら、皆端から事務所に行くつもりだったようである。体力を回復させ、食料を調達する事にした。


 そうして、いざ行かんとした所で、

「あ……」

愛莉が立ち止まった。顔色が真っ青である。

「どうしたの?」

 慌てて、彼女に駆け寄るあたし達。気分でも悪くなったのかと思ったのである。だが、彼女が顔面蒼白させた理由は、別の事であった。

「ない……」

「ないって、何が?」

「ふ、福袋が」

 そこまで聞いて、反射的に彼女の手を見たら、そこには三つしか袋が握られていなかった。

「福袋が、ない」

 とっさに、あたし達は辺りを見回すが、人が多すぎて判断が出来ない。

「落としたんじゃないのか?」

「どこに置いていた?」

「目に見える範囲には、ずっとあったよ」

 一先ず彼女をベンチに座らせ、あたし達は今日行った場所を思い返していた。だが、初めて来たという事もあり、どの階もくまなく周ったのだ。そちらからの特定は厳しそうに思える。

「とりあえず、サービスカウンターに行ってみよう。あそこなら落し物として届いているかもしれない」

 考えが煮詰まってきた所で、辰弥が言った。確かに、これ以上ないぐらいの正攻法である。

「でも、どこのだ?」

 それに待ったをかける湖山。それにはあたしも同意だった。何故なら、

「このショッピングモール広いから、各階に二つはあるんじゃないかしら」

「合計十個近くか、それ以上……」

今まで楽しんでいたこの広さが、仇となるからだ。

「で、でもどっかに行けば、連絡とって探してくれるんじゃないか?」

「そうだな。よし、行こう」

「いや、あそこにあるみたいだし、俺が行ってくるよ。待っててくれ」


 数分後、辰弥が肩を落としながら帰ってきた事で、結果は明白だった。

「どこにあるんだ……?」

 彼の着眼点は、おそらくとても良い。正解に限りなく近いはずだ。でも、何かを見落としている。何だ、何なんだ……。

 ゆっくりと思考を巡らす。すると、ある事に気が付いた。

「分かった……」

 多分、あそこだ。間違っていない事と、彼女の幸運を祈りつつ、あたしは人混みの中を逆走するように駆け出す。

「おい、桃香!?」

「説明は後! ついてきて!」


「あったー!」

「良かったぁ」

「でも、どうしてここだと分かったんだ?」

 発見された場所は、先程立ち寄ったスーパースペースの程近くにある、カスタマーセンター。そこに落し物として届けられていたのだ。

「そうだ。というか、何でさっき教えてくれなかったんだ?」

「そこがみそなのよ」

『え?』

 まだ気が付いてないらしい彼らに、あたしは自分の推理を披露する。

「辰弥、さっき聞いた時、受付の人に何て言った?」

「えーっと、まず“落し物で福袋は届いていませんか”だろ。で、無いって言われたから、“他のサービスカウンターにも聞いてみてくれませんか?”って」

「ああ、そうか。名称か……」

「そういう事」

「そっか。ここだけ“カスタマーセンター”なんだ!」

 ようやく愛莉も思い至ったようだ。おそらく、迷子やら落し物やらで対応に追われているであろう受付嬢さんは、仕事を最低限で済ませるだろう。もしかしたら、スーパーと専門店の連携がまだ上手くいっていないのかもしれない。いずれにせよ、届けられているのならここだと思ったのだ。

「紛らわしい事を……」

「まぁ、もう一つ根拠としては、愛莉が唯一、福袋から手を離した時だからかな」

『え』

 これにも、三人の声はシンクロした。なんだ、気が付いてなかったのか。

「さっき買い物をした時、かごは愛莉が持っていた。という事は、重たい荷物類は全部かけるはずよね。カートに」

『あ』

「む、無意識だった……」

 普段から行っている行動は、案外目に付かないものである。

「でもそれでも見えてる所だろ?」

「それが盲点なのよ」

 さっきの原理と同じだ。自分が意識していない所にこそ、真実は隠れている。あたしは繰り返して強調する。

「自分の近くにある、だから安心。これこそが盲点なの」

「どういう事だ?」

「普通の状態なら、そりゃああんなに大きい物落としたら気が付くわよ」

 露骨なまでにアクセントを付けたからだろうか。今日はいつになく冴えている愛莉が、また真相に辿り着いた。

「あ……人混み」

「そう。皆、もみくちゃにされたでしょう? 袋もあっちこっちにひっぱられたから、外れた事に気が付かなくても不思議じゃないわ」

 大方、すれ違いざまに外れて、そのまま文字通り人波に流された、という所だろう。

「まぁ、届けてくれる人がいたら、の話だったけどね」

「ついてたんだな、愛莉」

「うん、良かった……」

 ぎゅう、と今度は絶対に離さないとばかりに、彼女は袋を抱きかかえた。


 こうして、色々ありはしたが、最後は丸く収まった。だから、今年も一年良い年になりそうだと思ったのに。

 しかしそれはほんの一カ月の間に、覆される事になる。そんな未来を、運命を、あたし達はまだ知らない。


あけましておめでとうございます。

新年一発目でございます。

これから物語を加速させていく予定、です。よろしくお願いします。

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