きっかけは事故
新連載スタートです!
中学生だった頃を思い出して書いてみました。割と甘酸っぱい?青春ものに仕上がる予定。
「やだっ……最悪……」
思えばあの時から、あたしの運命は決まっていたのかもしれない。空は青く澄み渡り、柔らかい風が気持ちよく吹き抜ける朝。周りの皆は跳びはねたり、落ち込んだり、色々な反応をしている。そんな中、あたしだけが一人、ある一点から瞳をそらせずにいた。
「なんでよりにもよって、あいつと一緒なのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
心の声は叫び声となり、辺りにこだました。
そんな衝撃的なシーンから始まってしまったけど、一応自己紹介を。何事も最初が肝心、という事で。
あたしは水嶌桃香。この春から中学3年生になる。いわゆる受験生の仲間入りを果たしてしまった訳だが、別に後一年あるし、と強がってみたりしている。今から憂鬱になっていてはこの先もたないし、そもそもあたしの場合は、そんな気分なんてこの満開の桜を見れば飛んでいってしまうのだから。学校の良い所って、こういうとこだと思う。そんな訳で、道端のタンポポやスミレに春の訪れを感じつつ、春休み明け最初の登校日は、意気揚々と元気な足取りで通学路を進んだ。
そうして迎えた始業式。久々に制服の袖に腕を通し、期待に胸を膨らませ、通い慣れた学校に来たのは良いものの、そこでとんでもなく、とてつもなく嫌なものを見てしまった。
クラス替えの結果である。
我が中学では何故か毎年クラス替えがあり、各自が下駄箱前の掲示板で確認する事になっている。それに倣い、人ごみをかき分けつつ、表の前まで向かった。そして見た途端に、あたしは鞄を取り落とした。それこそ、合格発表の掲示板に自分の番号が無かった受験生みたいに。いや、無かった訳ではない。流石に、あたしの名前はあった。ただそこに、余計なものまで書いてあったのである。
あたしの宿敵、湖山の名前が。
奴はその名を湖山優と言い、勉強もそこそこ出来、スポーツ万能、容姿もなかなか。おまけにサッカー部のエースという事もあって、女子の評価は高い。あたしも第一印象は、名前通りの優しそうな人だと思ってしまう程であった。しかし話してみると、プライドのお高い感じがよく分かる。いかにも人を見下したような、上から目線の喋り方をするのだ。しかも責任転嫁が上手く、決して自分には厄介事が回って来ないようにしている。それが分かったのは、奴と顔を合わせてから何度目か経った、ある日の事だった。
その日はいつものように、月に一回の全委員会の代表者が集まる会議に行く為、理科室へ向かった。あ、言い忘れていたが、去年まであたしは学級委員をやっていて、湖山とはそこで出会ったのである。すると、その道中、後ろから声を掛けられた。
「水嶌さん」
「湖山君、どうしたの?」
振り返るとそこには、マスクをしていかにも具合が悪そうにしている湖山がいた。
「ごめん、実は今風邪ひいててさ。今日の報告、代わってくれないかな?」
「それは良いけど、大丈夫?」
「ああ、うん。じゃ、これ資料ね。よろしく!」
病人の割には嫌に早い速度でファイルを押しつけ、彼はそのままあたしを追い抜かして、先に室内へと入っていった。何故、この時あたしは奴を疑わなかったのか。未だに思い出すと悔やまれて仕方が無い場面である。
そうして、あたしは何故か湖山の代わりに定期報告をやる事になったのだが、その内容が最悪だった。実はその月、挨拶運動をやるのが二年生学級委員の仕事だったのだが、行事やら何やらで結局出来ずじまいになってしまったのである。いやまぁ、間接的には同じ委員であるあたし達にも責任はあった。だが、他の学年や委員会が黙ってはくれない。皆、同じ条件の中で、学校を良くしていく為に仕事をしているのだ。あたしは頑張って説明し、あちこちから挙がるヤジに真摯に対応した。その結果、来月に側溝掃除も一緒にやるという事で、どうにか話を着けられた。
会議が終わり、皆にねぎらいの言葉をもらったあたしは、へとへとになりながら教室に戻った。そして、帰り支度をしている途中、またもや後ろから声を掛けられる。もう聞きたくもない、嫌味にしかとれない声だった。
「君なら上手くやると思っていたよ。頼んで正解だった」
わざわざあたしのクラスまで来た事は評価に値するが、その台詞から化けの皮が剥がれている事は言うまでも無い。しかも教室の中にまで入り込み、お疲れ様とでも言いたいのか肩を叩かれそうになったので、バスケのピポッドの要領で華麗にかわしてやった。あんな奴に触られる事が嫌だったのだ。まぁ、その為にあたしはそれまで振り向かず、その時になって初めて、対峙する格好となった訳でが。しかし奴は、まるでそうなる事を予期していたように、特に食い下がる事も無くそのまま去っていった。むしろ、思ったより顔が近くにあって一歩後ろに引いてしまったあたしの方が、情けなかっただろう。
そしてあたしは、あの日から奴を君付けで呼ぶのを止めた。
まぁその後も本性を現した湖山は、何かにつけてあたしに災いを振りまくようになった。それは対処しようと思えば何とか出来る範囲の物であったが、気分を害するには十分だった。だって、あたし以外の人には猫かぶったまんまみたいなんだもん。折角同士を募ろうと思ったのに、奴のファンクラブに返り討ちに遭いかけたのは、今となっては良い思い出である。
それでも我慢出来たのは、湖山とは違うクラスだったからだ。奴との因縁は、委員会の時だけのはずだった。それなのに……。
――神様も酷いもんだ。何も、あんな奴と一緒のクラスにする事無いのに。
溜息をつきながら重い足取りで教室に向かって歩いていると、待ち構えるかのごとく、そこには湖山が立っていた。
「よう。これからよろしくな。水嶌桃香サン」
――でた。お得意の嫌味ったらしい喋り方。
突然の襲来にあたしが何も言えず、その場に立ちつくしていると、
「あれ? どうしました? これから一緒のクラスになるんですから、仲良くしましょうよ~」
そう言って、わざとらしい笑みを見せ、ご丁寧に手まで差し出してきやがった。
「ええ、そうですね」
あたしも呼応するかのように営業スマイルを浮かべ、それだけ言うと、あえて大周りをし、足早にその場を去った。
「……可愛くないヤツ」
後ろで何か呟かれたが、放っておく事にした。だって、どうせただの嫌見事だろうから。
出鼻をくじかれ、やっとの思いで教室に辿り着くと、
「あ、桃香ちゃんだ! おはよう」
「水嶌、はよー」
温かい笑顔で迎えてくれる二人の姿があった。元のクラスで仲が良かった、愛莉と辰弥である。そう、今回のクラス替えでは、彼らの他にも仲の良い子と大勢、一緒のクラスになる事が出来たのだ。何も悪いことばかりじゃない。
「おっはよー! 今年もよろしくね!」
いざとなれば奴の事は無視をしようと決意を固め、あたしは笑顔で教室に入った。
クラスメイトとの挨拶もそこそこに、がらりとわざと大きな音を立ててドアを開け、担任がやってきた。その音で皆、とりあえず席に着く。
「えー、私がこの度、三年三組の担任になった辻元だ。よろしく」
新しい担任は、いかにも体育会系といった、赤ジャージの熱血教師だった。あたしは幸い、この人の授業を受けた事は無いが、男子によるととにかく暑苦しいんだとか。曰く、しょっちゅう南中している太陽を背に、“さぁ、あの太陽に向かって走るぞ!”と言い、生徒に“先生、太陽がまぶしすぎて目がくらんで走れません!”とつっこまれる、一連のやり取りがあるんだとか。まぁ、行事とかは盛り上がりそうだし、悪い先生ではないと思うのだが、しかし。
「さて、君達もとうとう中学三年生になった訳だが、三年生と言えば最高学年だ。君達は下級生の模範にならなくてはいけない。分かるな? 君達も去年までは、上級生の後姿を見て学んできたようだ。あの格好良い様を思い出して、先輩方の名に恥じないよう精進してほしいと思う。その為にはまず、態度から改めなければ」
うんぬんかんぬん。結局、他のクラスの先生がもうすぐ式が始まるからと呼びに来るまで、そのありがたーいお話は続いた。ありがた迷惑ここに極まれり、である。
その後、体育館では校長先生のこれまた長い話が続き、あたし達のクラスは皆、疲れ切っていた。
――なんで先生って皆、話好きなんだろう……。
幸い、年度初めという事もあり、表彰関係はなかったので、長い長い話の後に待ち構える物は無い、誰もがそう思った。ところが。
「えー、では三年生はこれから学年集会を行いますので、残って下さーい。一、二年生はすみやかに教室に戻るように」
声の主は、我が担任だった。正直、彼が悪魔に見える。あたしは彼の頭に、にょきっと生える角を見た気さえした。
そんな訳で、へとへとになりながら教室に戻った。
「よーし、皆帰ってきたなー。ってあれ? 何でそんなにぐったりしてるんだ?」
――誰の所為だと思ってるんだ!
クラスの声も一つになった所で、ようやく自己紹介が始まった。あたしの番になった時、どこからか視線を感じたが、気にしない事にする。それも一段落すると、今度は係決めをする事になった。そこで、またしても最悪な事態が、あたしを待っていた。
「じゃあ、まず学級委員を決めるかー」
半ば定石通りに、担任は切り出した。おそらく、さっさと司会進行の座を明け渡したいのだろう。しかし、これもまぁ通常運行だが、誰一人として自ら手を挙げるような事はしなかった。あたしも、去年でもうこりごりである。今年は絶対にやるもんか、と固く心に誓っていた。
一通り教室を見渡してから、彼は悪魔の言葉を口にする。
「誰もいないか。そんじゃ、誰か推薦したい奴はいるかー?」
出た。このいかにも代表者に選ばれるなんて、君はなんて友人達からの信頼が厚いんだろう! と錯覚させる作戦。いやまぁ、実際こうやって決めるのが一番早いし、選ばれた方も何となく乗り気になってはしまうのだが、しかしあたしはこのやり方が嫌いだった。それでも意見しないのは、他に言いやり方が思いつかなかったからである。どこかのクラスではくじ引きで決める等という、一件超公平な手段を取っている所もあるらしいのだが、あれはあれで問題がある。人には向き不向きがあるのだ。それを運だけで決めてしまうのは、いただけないと思う。
とまぁ、こんな事を思っていても口出ししないのは、つまるところ、下手に目立つととばっちりを喰らうからであった。
「はい、湖山君が良いと思います」
そのうち、クラスメイトの誰かが、最初にこう言った。奴は去年一昨年と二年続けてやっているので、名前が挙がるのは当然と言えば当然である。
「湖山、どうする?」
「他にいなければ」
これで、男子は確定したも同然。
「じゃあ女子はー」
何となく嫌な予感がして、あたしはとっさに気配を消した。
「水嶌で良いんじゃないか? 去年もやってたコンビって事で」
しかし、それは的中する。他の皆も納得顔だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしは別にこいつと組んでた訳じゃ」
そんなあたしの声は、届くはずもなく。
「じゃあ、多数決を取ります。二人が学級委員になる事に賛成の人」
面倒な役職は、他薦でさっさと片付けるもの。三分の二程が手を挙げてしまい、気がつけばもう、全てが終わった後だった。
――そんなぁー!
「ほい、じゃあうちのクラスの学級委員は、湖山と水嶌って事で。あとよろしく」
パチパチパチ。ちらほらとあがる拍手の中を、仕方なくあたしは立ち上がった。
「よろしくね、水嶌さん」
影でウィンクまで決められたが、何も反応する事は出来なかった。
その後、放心状態のあたしは虚ろな目で、次々と埋まっていく名前を黒板に書きなぐっていた。
てきぱきとした司会進行で、あたし達のクラスは早々に全ての役職が決まり、どのクラスよりも先にHRは終わった。湖山という男、あれで実はちゃっかり仕事は出来る奴なので、こういう時には心強いのだが。
複雑な気分を抱え、あたしは愛莉と共に家路に着いた。
「も、桃香ちゃん。そんなに落ち込まなくたって……」
「うう~」
肩をがっくりと落とし歩くあたしを見かねて、彼女はフォローを入れてくれる。
「私も何かあれば手伝うし、それにほら、湖山君だって良い人そうじゃ」
「それだけは、絶対に、ない!」
突然大声を上げ、高らかに宣言したので、愛莉はしばし唖然とする。
「桃香ちゃんってば、前から湖山君の事嫌いみたいだけど、一体何があったの……?」
「色々ありすぎて……。でも、あいつが最低最悪の人間だって事は嫌って言うほど知ってるわ」
握りこぶしを固め、今にも何かに殴りかかりそうになったので、すかさずなだめられた。
「もう、そんな物騒な事言わないの」
「はーい」
同い年なのに、愛莉は大人っぽいというか、しっかりしているというか。優しくてちょっと内気な所が可愛い、あたしの一番の親友である。
「それじゃあ、また明日ね~」
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気が付けばいつもの分かれ道まで来ていた。
「ばいばーい」
――はぁ、でも本当、これからどうしよう……。
愛莉と別れ、一人悲しみに暮れながら歩いている時だった。
「危ない!」
突然大きな声がして振り返ると、車がものすごいスピードで此方に来るのが見えた。
――やばいっ!
とっさに避けようと思ったのだが、そこはガードレールもなければ近くに脇道もない住宅街。いつもは野良猫の通り道になっており、手を伸ばせば楽々届く塀も、この時ばかりは高い壁のようにそびえ立っていた。
鳴り響くクラクション、背中に当たったとてつもない衝撃。もう何が何だか、分からなくなって
あたしの意識は、そこで途切れた。
第一話からいきなり物騒な終わり方をしてしまいましたが。
この後はあらすじ通りに進みます。ので、次話以降の展開にご期待(?)ください。




