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硝子目

 「世界は情報であふれている」

 いつか昔の偉人はそう言って息を引き取った。

 今から数十年前、世界は莫大な情報に溢れ、瞬く間に社会問題となった。デジタルの発展により、世の中の効率が格段に上がった一方、若者の自殺率の上昇など、良くも悪くも脳に多大な影響を及ぼした。そして、最もその弊害を受けたのは目であった。


目彩


 『おはようございます。6月15日木曜日、本日の天気は全国的に雨となるでしょう。加えて、気温は37℃と酷暑日。お出かけの際は、日傘を持つなどして暑さ対策をしっかりしていきましょう。それにしてもこの暑さ、狼狽えてしまいますね。』

 『本当ですね。いやぁ、暑い!私たちの子どもの頃はもっと涼しかった気がするんですがねぇ。』

『辛うじて外で遊べる夏があった、と祖父母からよく聞いていましたが、今じゃ信じられないですよね。さて、本日はこんな夏に欠かせない最新の暑さ対策グッズを紹介していきます!』

 「ちょっと、歩珠葉(あずは)。準備に時間かかりすぎじゃない?」

 「黙って。今いいところなの。あー、負けた。最悪。」

ウィンドウに表示されるYOU LOSE。あとちょっとで勝てたのに、苛立ちを感じながら時刻を見ればもう8時を回っていた。メイクしてない、と慌てて洗面台に行き、今日もカラーコンタクトをつける。この時間が一日の中で一番大事で一番嫌いだった。


 はぁ、相変わらず憂鬱だ。夏はじめじめしているし、暑いし、なにもいいことがない。昔読んだ四季の擬人化漫画はなかなかのセンスで、夏をいい感じに皮肉っていた。そう、いつの間にかほぼ存在が消えている春と秋は、大変日本人らしい精神をしているとのことで。やっぱり皮肉っているのは春と秋のことなのかもしれない。ちなみに私は春が好きだ。一瞬で過ぎ去るけれど。理由はまだない。ないのである。そんなどうでもいいことを考えていると、ふと誰かの手が肩にやさしく触れた。

 「悠華(ゆうか)?」

振り向くと、そこには悠華が立っていた。彼女はにこりと笑うと、おはようと口を動かした。

 「おはよう悠華。こんな時間に登校なんて珍しいね。」

 「ねぼう、したの。」

 「え、らしくなーい。優等生の坂森(さきもり)さんがー?」

 「私、だって、ある、もの。」

 「ごめんってば。それより、大丈夫?今日はラグくない?」

その言葉に悠華は、髪をわけて、耳に触れる。そこにあるのは補聴器だ。

 「うん、だいじょう、ぶ。聞こえてる。」

 「そっか、良かった。んじゃ行こ、講義始まっちゃう。」

気持ち早く歩いて辿りついた教室には、もう何人もの学生が我こそは、と後ろの方の席に次から次へと座っていた。

 「うわー、やっちまった。前の方しか空いてないじゃん。」

致し方なく前の方の席に座る。悠華は何も言わず、バッグから教材とノートを取り出すと、ウィンドウで動画サイトを開き、動画を見始めた。それを横目に見ながら、ぼーっとしていると、気づいた悠華がどうしたの?と言いたげにこちらを見て首を傾げた。悠華の目が、私を残酷なまでに射貫く。清々しいほどに澄み渡った快晴の空をそのまま映したかのような水面に、浮かぶ一つの桜の花。それが彼女の瞳、目彩だ。私とは違う、華やかで美しくて、誰が見ても羨ましがるような目彩。


 私には、目彩がない。


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