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7 硝子の鎧の騎士と魂を解凍する焔のローストポーク

 その夜、商店街の街灯が一斉に暗く沈んだ。テトラ・アコードの窓ガラスに見たこともないほど厚い霜が這い上がる。入り口に鎮座するガーゴイルが、かつてないほど激しく喉を鳴らした。


 ――ギィ!


 重厚な扉が開くと同時に店内の温度が数度下がった。入ってきたのは漆黒の布を纏い、全身を透明な硝子の鎧で包んだ長身の騎士だ。兜の奥で青白い炎のような瞳が揺らめいている。魔王軍の北方征伐軍を率いる将軍――氷鋼のジル。触れるものすべてを凍らせる呪いをその身に宿し、数百年もの間、あらゆる温もりを忘れて戦い続けてきた。


「焔の果実を琥珀に変えて閉じ込めた料理人がいると聞いた。我が凍土の乾きを、その果実なら癒せるか?」


 彼女が歩く度に石畳に霜の華が咲く。


「ただならぬ冷気だな。理恵、室温を上げろ。陽菜、お客様の足元に火鉢を置くんだ」

「お父さん、彼女の鎧……あれは魔力の氷じゃない? 普通の熱だと溶けないよ。胃袋から直接、芯を温めないとね」


 大吾はドワーフの包丁を力強く握った。


「焔リンゴのジャムを隠し味ではなく主役に据える。理恵、厚切りにカットした豚の肩ロースを持ってこい」


 大吾が挑むのはジャムをソースとして使うだけでなく、肉を熱の檻で包み込むような豪快な一皿だ。ドワーフの包丁で豚肉の表面に細かな格子状の切り込みを入れた。これによって熱と味が奥深くまで浸透する。


 フライパンで肉の表面を一気に焼き固める。そこに理恵が作った焔リンゴのコンフィチュール、エルザのハーブとバルサミコ酢を合わせた特製ソースを投入した。ソースが熱で泡立ち、肉の脂と混ざり合う。焔リンゴの糖分がキャラメリゼされ、肉の周りに琥珀色の熱い膜を作り上げていく。


「仕上げだ。エルフがくれた『尽きぬ清水』で蒸し焼きにして、旨味を内側に閉じ込める!」


 蒸気が上がった瞬間、店内はリンゴの甘い香りと、肉が焦げる野性的な香りに包まれた。


「お待たせ致しました。こちら『豚肩ロースのグリル・焔リンゴの琥珀ソース仕立て』です」


 陽菜が熱を逃さないよう厚手の鋳物皿で提供する。ジルは無機質な硝子の手袋を外し、人間のような白い指を露わにした。その指先が皿から立ち上る熱気で微かに震える。


(温かい。いや、これは熱そのものか?)


 ナイフを入れると閉じ込められていた肉汁と焔リンゴのソースが、まるで溶岩のように溢れ出した。彼女が一口、その肉を口に運んだ瞬間。


(――――っ!)


 氷に閉ざされた彼女の味覚に焔リンゴの爆発的なエネルギーが飛び込んだ。肉の力強い弾力とリンゴの濃厚な甘酸っぱさ。隠し味のハーブが痺れていた彼女の神経を一本ずつ叩き起こしていく。噛み締める度、鎧の硝子がちりちりと音を立てて溶け始めた。


「身体の奥から脈打つ音が聞こえる。私はまだ生きていたのだな」


 ジルの頬に数百年ぶりに一筋の涙が伝い、それは蒸発して小さな虹を作った。


 完食したジルの周りには、もはや霜は降りていなかった。彼女の瞳の青い炎は暖炉のような穏やかな橙色に変わっている。


「礼を言う、四和の者たちよ。我が魂の冬を越えさせてくれた」


 彼女は対価として決して溶けることのない万年氷のクリスタルを置いていった。


「これで食材を冷やせば、永久に鮮度が保たれるだろう。また魂が凍えそうになったら訪れる」


 彼女が去った後、店内には春のような陽気が残っていた。


「お父さん、今の騎士、とっても綺麗だったね」

「魔王軍の将軍には見えなかったな」


 陽菜が窓の霜を拭きながら笑う。大吾は預かったクリスタルを冷蔵庫の奥に据えた。


「さあ、片付けだ。明日はこのクリスタルを使って、もっと旨い刺身やサラダが出せるぞ」


 四和家の物語は異世界の冷徹な女将軍の心さえも一皿の熱で溶かし続けていく。

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