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6 時を止める果実と母娘の琥珀ジャム

 ドワーフのバルドが再訪した際、彼は礼代わりにずっしりと重い麻袋を置いていった。


「俺たちの山にしか生えねえ『焔リンゴ』だ。そのままだと硬くて食えたもんじゃねえが、あんたらならどうにかするだろ?」


 袋から取り出したのは燃えるような紅蓮色の小ぶりな果実だった。表面は水晶のように硬く、大吾の鋭い包丁ですら刃が立たない。


「なるほど。これは食材というより、天然の宝石に近いな」


 大吾が唸る中、結衣はそのリンゴを一つ手に取った。


「お父さん、バルドさんが残したドワーフ鋼の包丁を試してみませんか? 伝説ではこの鋼は魔力を持つ硬い物質ほど、バターのように断ち切ると言われています」


 理恵はリンゴを一目見て、ある計画を思いついた。


「これ、ただ硬いだけじゃないわ。内側に火山の熱を閉じ込めたような強烈なエネルギーを感じる。結衣、この果実の糖度と酸のバランスを測ってくれない?」


 大吾がドワーフ鋼の包丁を構える。リンゴに刃を当てた瞬間、吸い込まれるようにスッと割れた。断面からは果汁ではなく、淡く光る熱を帯びた蜜が溢れ出す。


「糖度は一般的なリンゴの三倍。でもクエン酸が極端に少ないです。お母さん、セシルさんの尽きぬ清水とレモンを多めに使おう。それからハーブ園の月見草の種を加えて熱を安定させましょう」


 理恵は大きな銅鍋に薄くスライスされた焔リンゴと、透明な清水、そして厳選された砂糖を投入した。


「保存食は素材の一番いい瞬間を永遠にする魔法よ」


 ゆっくりとヘラが円を描く。


 煮詰め始めて三十分。

 厨房から溢れ出したのはキャラメルのような香ばしさと、冬の朝の陽だまりのような、どこか懐かしく温かい香りだった。通りがかった近所の人々が思わず足を止めて「なんていい匂いかしら」と空を仰ぐ。


 その香りに誘われるように店の扉が開いた。

 現れたのは小さな翼を持つ有翼人の少年である。彼は異世界の空を飛び続け、極度のハンガーノックを起こしていた。


「お……お腹が……力が……出ない」


 陽菜は慌てて彼を支えて椅子に座らせる。


「ちょうどいいわ。試食をお願いしてもいいかしら?」


 理恵は出来立ての焔リンゴのコンフィチュールを、こんがり焼いた厚切りのトーストにたっぷりと乗せて差し出した。


 トーストの上に乗ったそれは、煮詰められたことでルビーのように透き通り、美しい琥珀色の輝きを放っている。少年はぶるぶると震える手でパンを頬張った。


(――わっ、熱い! 身体の中が燃えてるみたいだ)


 焔リンゴの熱烈な甘みが舌から直接脳を揺さぶる。ドワーフの山で鍛えられた果実のエネルギーが、コンフィチュールになることで凝縮され、少年の冷え切った血を一瞬で沸き立たせた。


「すごい。翼の先まで力が漲ってくる。これなら――あと千マイルだって飛べそうだ!」


 少年の灰色の翼がリンゴの熱を得て鮮やかな朱色に染まっていく。


「お代は……これ僕が飛んできた場所にある雲の欠片です」


 彼は不思議な光を放つふわふわとした綿菓子のような物体を置き元気よく空へと飛び去っていった。


 厨房の棚には琥珀色に輝く小瓶がずらりと並んでいる。理恵が手書きのラベルを貼っていく。

追加されたのは『四和家特製・焔リンゴのコンフィチュール・ドワーフの山とエルフの水の出会い』だ。


「お父さん、これ、お店の定番メニューにしようよ。ヨーグルトに入れてもお肉のソースにしても絶対美味しいからさ!」


 陽菜が提案し、大吾は無言で、だが満足げに頷いた。結衣は少年が置いていった雲の欠片をどう保存するか、また新しい知識の探求を始めている。


 四和家が作る保存食は、ただの食べ物ではない。それは異世界の人々が再び過酷な旅路へ戻るための勇気を詰めたものだった。

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