24 研ぎ澄まされた純白、月晶石の塩と究極の結び
異世界から帰還した翌夜――店は源斎一人のために貸し切りとなった。特に理由はなかったのだが、居座られてしまうと、なかなか追い出せない迫力は健在だった。
「ほう。主、昨日のサンドイッチは動の味だった。今夜はどんな静を見せてくれる?」
源斎の問いに大吾は答えず、ただ真っ白な布巾で手を拭いた。その傍らでは結衣が月晶石の塩を乳鉢で微細なパウダー状に挽き、陽菜がオーブを使って米が最も美味しく炊き上がる一瞬を嗅ぎ分けている。
「お父さん、今だよ! お米が『今、結んで!』って叫んでる!」
大吾が炊き立ての釜を開けると、真珠のような輝きを放つ湯気が立ち上がった。手粉として月晶石の塩を薄く、均一に熱々の米を潰さず、しかし崩れぬように絶妙な加圧で三度だけ回して三角形に整える。
「月晶石の成分が米のデンプンと結合し、甘みが通常の1.5倍に引き出されています。今がピークですね。これ以上は雑味を加えるだけになってしまいます」
添えるのは自家製のぬか漬けと昨日森で摘んだハーブを添えた銀鱗マグロの塩叩きだ。
「食ってくれ。これがあんたが持ってきた塩の正体だ」
源斎は一切の飾りがない真っ白な結びを手に取った。一口食べると、その瞬間、老剣客の背筋がぴんと伸びる。
(――――っ! これだ)
「雑味が微塵もない。塩が米の甘みを斬り出し、米が塩の鋭さを包み込む。主、この結び、俺が一生をかけて追い求めてきた無駄のない一太刀と同じ味がするぞ」
昨日のエルザが見せた守りの剣や源斎の解体の剣、それらすべての原点にあるのは、こうした素朴で力強い調律であることを源斎は一粒の米の中に見たのだろう。
「見事だ。この塩、残りは店で好きに使え。俺にはこの一個で十分だ」
「持ち帰りも準備してあるんだ、持って帰れよ」
「それはそれ、これはこれ、慎んで頂こう」
源斎は満足げに笑い腰を上げた。
「おじいちゃん、また遊びに来てね! 今度はもっと美味しいお漬物、漬けておくから!」
陽菜が元気に手を振ると源斎は「ふん、長生きせにゃならんな」と呟き夜の闇へと消えていった。伝説の剣客もテトラ・アコードでは忖度のない一人の客なのだ。
カウンターに残されたのは、僅かな塩と、娘たちが戦って手に入れたという自信だ。四和家の絆はこの白という原点に立ち返ることで、より深く強固なものとなったのである。




