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23 異世界の深森と白銀の守護騎士

 裏庭のアイビーを抜けた先は、太陽が二つ輝く異世界の深森だった。


「陽菜、結衣、私から離れるな。魔力計の感度はどうなっている?」


 エルザが鋭い視線で周囲を警戒する。源斎はといえば腰に下げた古びた刀を弄びながら欠伸混じりに先頭を歩いている。


「くんくんくん……お姉ちゃん、右の方から腐った毒キノコみたいな嫌な匂いが近づいてくるよ! でも植物じゃなさそう。むしろ泥団子と言えばいいのかな?」

 

 陽菜がオーブを握り締めて感想を述べた。


「陽菜の直感、解析完了。間違いありません。泥の魔物『スラッジ・ゴーレム』の群れですね。数は十五を超えています!」


 結衣が即座にタブレットで敵をマーキングした。刹那――足元の地面が急激に隆起し、巨大な泥の腕が陽菜を掴もうと伸びてくる。


「ひっ!」

「陽菜!」


 結衣が事前に準備していた魔導具を構えるが、不意を突かれた泥の飛沫に視界を奪われてしまう。常連客から魔導具の使い方は学んでいたが、所詮は戦闘において素人でしかないのだ。


「そこまでだ、泥の塊ども!」


 白銀の閃光が走る。普段よりも重装備のエルザが二人の前に割り込み、大盾で泥の剛腕を真っ向から受け止めた。それから異世界の儀礼なのか名乗りを上げる。


「我が名はエルザ・アステリア! 私の仲間に指一本触れさせはしない!」


 エルザは普段の店でわちゃわちゃしている時とは別人のような冷徹で力強い覇気を纏っていた。彼女の剣は攻めるためではなく、弱きを守る時にこそ、その重みを強く増すのだろう。


「はああああああああああっ!」


 大盾でゴーレムを弾き飛ばし、一瞬の隙に泥の核を斬り裂く。エルザの献身的な守りに源斎が細い目を開いた。


「ほう。小娘、守りに入る時の太刀筋は悪くないな。だが、まだ力みが過ぎるぞ」

「ここは私が――源斎殿は二人を頼みます」

「そうはいかん。主と約束しているのでな」


 エルザは叫ぶが源斎はふわりと彼女を追い越した。無駄のない動きで最前線へ躍り出る。


「見ておけ、これが素材の狩り方だ」


 源斎が刀を抜いた瞬間――空気が止まる。舞うように泥の群れの中を通り抜け刃を振るった。それは攻撃というより、まるで筋に沿って解体するような流麗な動き。ゴーレムたちは斬られたことにも気づかぬまま、泥の塊へと戻り、中心にあった泥の核だけがコロコロと地面に転がる。


「源斎殿、老いてますます盛んですね」

「馬鹿言え。全盛期の半分くらいしか動けんわ」

「信じられない。あんなに硬い核を一度の動きで全部――」

「おじいちゃん、すごいっ! 泥の匂いが一瞬で浄化されて風になったよ!」


 戦闘が終わり静まり返った森の広場で陽菜はリュックを下ろした。どこから魔物が飛び出してくるかわからないことに目を瞑れば景色は荘厳で美しい。


「みんな、お疲れ様! お父さんが持たせてくれたサンドイッチ食べよ!」


 包みを開くと大吾が夜明け前から仕込んだ、端正な断面のサンドイッチが並んでいた。


「エルザさん、さっきは守ってくれてありがとう。これ、エルザさんが一番好きな卵サンドだよ。それともシャキシャキサラダがいい?」

「まずは卵サンドを頂こう」


 陽菜から手渡された卵サンドを一口食べると、エルザの強張っていた肩の力がふっと抜けた。


「美味しいな。陽菜、結衣、君たちが無事で本当によかった。万が一怪我でもさせたらテトラ・アコードへ寄れなくなってしまうからな」

「私たちのこと絶対に心配してないじゃん!」

「軽口が叩けるくらい仲良くなったと考えればいいんじゃない?」

「分析はしなくていい!」


 源斎も無造作にハムサンドを口に放り込む。


「ふん、これだけバリバリと歯ごたえが良ければ歯茎の衰えも気にならん。わしもまだまだ現役だ。小娘、お前も食って無駄な力みをこのサンドイッチと一緒に噛み砕け」


 源斎の不器用な言葉にエルザは「はい師匠」と、いつものわちゃわちゃとした笑顔で答えた。


「お姉ちゃん見て! あのゴーレムがいた場所、土がキラキラしてる!」


 陽菜が指差した先――泥が消えた跡地から異世界の高純度な結晶が顔を出していた。


「これは……月晶石の塩。お父さんが言っていた岩塩には違いないんだけど……また最高級品の岩塩になっちゃったね。これだけの量があれば店のメニューがまた一つ進化するのは確かだろうけど――なにか一言あるだろうね」


 結衣の言葉に一行は満足げに頷き夕暮れ迫る境界の扉へと歩き出した。

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