22 老剣客と黄金の断層サンドイッチ
ある日の午後――店に現れたのはボロを纏いながらも、その身から放たれる殺気だけで店内の空気が張りつくような老人だった。名は源斉というらしい。
「ここか……エルザの小娘が伝説の剣より心惹かれる味があると抜かした店は? 主、俺にその味を見せてみろ」
源斉はエルザが心酔した新作の長剣をじろりと一瞥してカウンターに腰を下ろした。大吾は動じず包丁を研ぎ直す。発せられる言葉は辛辣ではないが、料理人としての正論だった。
「生憎、うちは道場じゃない。腹を空かせた客に飯を出すだけの場所だ」
陽菜がオーブをかざし、くんくんと鼻を鳴らす。まず判定までに要する時間が減っており、嗅ぎ取る性能も格段に上がっていた。少し間を置いてから大吾に助言する。
「お父さん、このおじいちゃん古い鉄の匂いと乾いた風の匂いがするよ。あんまり重たいものは食べられないみたい」
結衣が即座にタブレットを操作する。
「高齢ですが顎の力と反射神経は現役の騎士以上。咀嚼することで脳を活性化させ、かつ片手で食べられる機能的な戦術食――サンドイッチが最適解です」
大吾は二人の娘を交互に見やる。
特製の天然酵母パンをドワーフ鋼の包丁で正確無比にスライスし、断面を荒らさず食材の水分がパンに染み込まないようにする。
理恵の用意したエルフの清水で締められたシャキシャキレタスは、まるで氷細工のような透明感を醸し出している。しかしそれを敢えて温めの湯に浸した。
「サンドウィッチって具材の冷たさだけが際立って味がよくわからないなんてことあるでしょう? 人肌くらいの湯に通すとシャキシャキ感は失わずに味もしっかり伝わるのよ」
「ハムは折り畳んで層にすると、もっと美味しくなるはずだよ!」と陽菜が工夫を凝らす。供されたのは『三種の黄金断層サンドイッチ』だ。
極厚ハム&シャキシャキレタスサンド
万年氷の熟成卵サンド
焔リンゴとクリームチーズのデザートサンド
源斉は箸を使わず無造作にサンドイッチを掴み口へ運んだ。
――シャキッ! ズバッ!
「ほう。このレタスの断絶音、まるで名刀が竹を割った時のようだ。そしてこのパン……柔らかいくせに具材をがっしりと支えて離さぬ柄のような安心感がある。実に面白い」
源斉の殺気が一口ごとに穏やかな満足感へと変わっていった。食後、源斉は満足げに息を吐く。なにか提案があるのは見て取れた。
「主よ。これほどの腕を持ちながら、ここに籠もっているのは惜しい。週末、娘たちを貸せ。俺が直々に異世界での素材の狩り方を教えてやる」
「ええっ! 私たちが異世界に行くの?」
「お父さん、異世界の食材を直接この目で見るのは今後のメニュー開発に有益です」
大吾はこれまでにない渋い顔をしたが、娘たちのやる気と、源斉の「礼代わりに守ってやる」という言葉に折れた。もちろん危険を察知したら即時帰還も約束になっている。
「陽菜、結衣。帰りに『最高級の岩塩』を拾ってくるなら許可してやる」
「岩塩?」
「異世界の食事を基礎から試したいんだよ。うちの常連が置いていく食材や器具は庶民の暮らしとはかけ離れていそうだからな」
「あはは、それはわかる」
週末――陽菜はリュックいっぱいに大吾が作った特製バリバリ衣の天ぷらおむすびと冷めても美味しい卵サンドを詰め込む。結衣は魔力測定器と護身用の魔導具をチェックしていた。
「お父さん、お母さん、行ってきます!」
白銀の鎧を纏ったエルザも加わり、一行は源斉に連れられ店裏のアイビーの茂みの先、異世界の深い森へと足を踏み入れた。




