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21 陽菜の恋占いと桃色のスフレ・オムライス

 ある午後、店を訪れたエルザから陽菜はこれまでにない香りを感じ取った。


「くんくんくん……あ! エルザさん、なんだか今日の匂い、いつもと違うよ。まるで満開の桜に蜂蜜をかけたみたいな……これは恋の匂いじゃない?」

「こ、恋? なにを言う、陽菜殿! 私は修行の身、そのような浮ついた心などないっ!」


 エルザは顔を真っ赤にして否定するが、動揺して剣の鞘をテーブルにぶつける始末だった。


「嘘だあ、オーブがこんなにキラキラしてるもん。お相手は誰かな? やっぱりあの眼鏡が光ってるカイルさん?」


 その言葉に厨房の影で聞き耳を立てていた大吾の包丁がぴたりと止まった。


「お姉ちゃん、お父さん! 今日はエルザさんのために世界で一番甘酸っぱい恋を叶える料理を作らなきゃね!」


 陽菜の勢いに押されて結衣は分析を開始する。


「陽菜の嗅覚がそう言うなら生理学的に幸福感を最大化させるメニューを組むべきね。お父さん、卵を極限まで泡立ててください。恋はふわふわしたものですから」

「陽菜だけならともかく結衣まで勝手なことを……だが卵の鮮度は万年氷で完璧だ。やってやるさ」


「恋には少しの刺激も必要よね」と理恵が自家製のフランボワーズを使ったソースを準備する。陽菜は庭の光るハーブをハート型に整えて皿の上に恋の魔法をかけていく。完成したのはまるで雲のように膨らんだ『桃色のスフレ・オムライス、初恋のベリーソースを添えて』だった。


「エルザさん、これを食べて勇気を出して! 告白の匂い、応援してるよ!」


 陽菜がキラキラした目でオムライスを差し出す。困惑のエルザは逃げ場を失い、スプーンを震わせながら一口食べた。


(――――っ!)


「な、なんだこの食感は! 噛む必要がないほど儚く、それでいてソースの酸味が胸を締め付けるように……ああ……なんだか本当に誰かに会いたいような気分になってきたぞ」


 エルザがうっとりと瞳を潤ませたその時、タイミング悪く(あるいは良かったのか?)、参謀のカイルが店に入ってきた。


「おや、エルザ。顔が赤いですよ。熱でもあるのですか?」


 カイルがいつものようにエルザの額に手を伸ばそうとした瞬間――陽菜が叫びました。


「今だ今だよ! エルザさん、好きって言っちゃえーっ!」

「陽菜殿――いい加減にしてほしい! 私が愛しているのはだな!」


 エルザは立ち上がりカイルの胸ぐらを掴むのではなく、大吾が磨いていた新作のドワーフ鋼の長剣を指差していた。


「私が恋い焦がれていたのは、先日バルド殿がこの店に預けたというあの名剣だ! あの流線美、あの鋼の輝き! 昨夜も夢に見て思い出すだけで胸が高鳴っていたのだ!」


 店内が静まり返った。わかっていたことだがエルザも生粋の変態である。しかし騎士としてドワーフの名剣に惚れてしまうのは仕方がないことかもしれない。


「あ、あれ? 剣への愛だったの?」

「陽菜、オーブは感情の種類は嗅ぎ分けられても対象までは特定できないみたいね。次からは早計な判断をしないよう気をつけて頂戴」

「まったく……紛らわしい真似を」


 カイルだけが「私よりも剣の方が魅力的に感じるのは騎士団の鑑ですね」と一人で納得して笑っていた。こいつも間違いなく変態である。

 結局、エルザは恋の告白の代わりに念願の長剣を鑑賞しながら、冷めても美味しいスフレ・オムライスを完食した。


「ごめんね、エルザさん。私の早とちりだったぴょん……あ、ツキマルの喋り方がうつったかもしれない」


 陽菜がしゅんとしていると、エルザは優しく彼女の頭を撫でた。


「いや、おかげで私自身の気持ちに正直になれた。このオムライスのように、私の剣への情熱もふわふわと、しかし熱く燃え上がっている」


 陽菜の嗅覚は今日も鋭いけれど、人の心はそれ以上に複雑だった。テトラ・アコードの夜は剣の輝きと、陽菜の少し反省したような苦笑いと共に更けていく。

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