18 四強の集いと不動の天丼
きっかけはカイルが流した些細な噂だった。
「テトラ・アコードに魔法の盾をも貫く、史上最強の硬度を持つ料理が現れたらしいですよ」
その噂を真に受けた(あるいは単に食欲に負けた)面々が、開店と同時に店内へ雪崩れ込んだのである。カウンターには銀髪を靡かせたエルザ、硝子の鎧を纏う冷徹なジル、不敵な笑みを浮かべる参謀カイル、そして椅子が軋むほどの巨体を誇るヴォルグ。魔王軍と騎士団の幹部が肩を並べる一触即発の状況だ。
「ほう、私の凍気を耐え抜く衣があるというのか? 真偽を確かめずにはいられぬな」
「ドワーフの斧を弾くほどの食感……口にせねば魔王軍の幹部は名乗れぬ」
「お父さん、大変! 空気がぴりぴりして、お店が爆発しそう!」
「陽菜、安心しなさい。この人たちは話の内容がおかしいだけで行儀よく椅子に座っているでしょう? この前に来店したどっかの課長代理のほうが余程迷惑だったわ」
「ああ、あの飲んだくれて演説始めちゃった人ね。部下の人たち平謝りで可哀想だった」
陽菜とは異なり結衣は冷静にカウンターの四人を観察し、タブレットで各々の咀嚼力を算定していた。仕事というより趣味の意味合いが強いが、弾き出す数値に手を抜くことは一切ない。
「お父さん、エルザさんはリズムを、ヴォルグさんは破壊を、ジルさんは温度差を、カイルさんは複雑さを求めています。衣の配合は最強のバリバリで固定してください」
大吾はドワーフ鋼の包丁を構えた。
「言われなくても。天丼の衣は一度タレという屈辱を味わってもなお、再び立ち上がる不屈の鎧だからな。天ぷらとの違いを見せてやろう」
「うちのお父さんも発言内容いろいろおかしいよね?」
「陽菜も大人になったのね。お父さん職人じゃなかったら絶対に社会不適合者よ」
大吾は通常よりも卵白を増やし、強力粉を極限まで冷やして、粘り要素であるグルテンをコントロールしながら高温の油で揚げ切る。ガリッという金属音に近い音を奏でるまでだ。
「これが『不動のバリバリ天丼』だ」
大吾が四人の前に丼を突き出した。もちろん蒸らしに必要な時間も伝えている。蓋を開けた瞬間、タレの蒸気と共に、バリバリと衣が弾ける音が響く。
「ほう、熱々の白米に天ぷらを乗せただけとは違うのだな」
「つまりこのまま丼の中身を搔っ込めばいいんだろ? 変な作法を強要されるより俺好みだ」
「うちの上官は魔王軍に比べて随分と静かだね」
「私は店主を信じているからな。出された料理を黙って食べるだけだ」
――ガリッ、ザクザクッ!
四人の咀嚼音がシンクロし、店内に小気味よい音が響き渡った。
「これは凄いぞ! タレに染まっているのに私の剣よりも真っ直ぐな食感だ! 噛む度に心が奮い立つ!」
わちゃわちゃとエルザは米を口へ掻き込む。
「ガハハハハハッ! この衣、まるで戦場の盾を砕いているようだ。満足だ、これこそが俺の求めていた破壊の味だ!」
ヴォルグも称賛を惜しまない。
「驚いた……私の氷の呪いが届かない。衣の内側に閉じ込められた熱気が、このバリバリという壁に守られ、私の舌を焦がしていく……敗北だわ」
しかしジルの表情に悲壮感はない。
「なるほど……計算外ですね。タレの水分による軟化を衣の組織構造が完全に無効化している。ふふ、実に合理的で狂った硬さだ」
カイルは両手を組んだ場所に顎を置いた。さっきまでの殺気はどこへやらである。ただひたすらに四人は無言でバリバリという快楽に身を任せ丼を空にした。
「ふう、店主、この衣の製法を我が軍の防具に応用できないか?」
ヴォルグは真剣な面持ちで聞いてくる。陽菜はからくり人形のような動きで結衣の顔を見た。
「それはお断り致します。料理は人を幸せにするためのものですから軍事転用は禁忌です」
「そうだよ、ヴォルグさん! 食べ物は仲良く食べるものなんだから!」
陽菜が空になったお茶を注ぎに回ると、ヴォルグはバツが悪そうに鼻を鳴らした。立場も種族も仕える王も違う四人である。しかし彼らの胃袋は今、大吾の作ったバリバリの天丼という一つの絆によって、かつてないほど調和していたのだ。




