17 黄金の鎧とバリバリの矜持
ある日のランチ時、店を訪れたのは、かつての騒動で大吾の料理に魅了されたドワーフのバルドだった。
「大将! この間、異世界の店でテンドンってのを食ったんだがよ……タレがかかった途端に衣がふにゃふにゃで、俺の自慢の髭に衣がこびりついちまった。ありゃあガッカリだぜ!」
バルドは不満げに鼻を鳴らした。
「へえ、異世界にも天丼ってあるんだね」
「まあ、最初は珍しがられて流行るからな。それに不味いわけじゃないんだよ。微妙に美味しくないというか――食べれなくはないけど別にこれじゃなくてもいいみたいな感じだな」
「バルドさんの舌が肥えているだけじゃない?」
「割と雑食のつもりなんだけどな」
「なるほど……天ぷらと同じ揚げ方で天丼を作ったんだな」
大吾は包丁を置き静かに語り始めた。
「バルド、天ぷらには二つの命がある。一つは揚げ立てを塩で食う軽やかなサクサク、そしてもう一つは、飯の上でタレと蒸気に揉まれても屈しない剛健なバリバリだ。今日はお前に本当の天丼を食わせてやる」
「お父さん、衣の配合を変えるのね?」
「ああ。結衣、計算してくれ。ご飯の温度がタレの水分でこれまでの1.5倍だ。どうする?」
結衣は即座にタブレットを叩いた。
「標準の薄力粉に異世界の岩竜の粉を30%ブレンドしてください。さらに卵の量を増やし、あえて少し温度を上げた油で衣を焼き固めるイメージですね。タレを吸ってもなお、内部の蒸気を逃さない鎧を構築します」
大吾はドワーフ鋼の包丁で銀鱗マグロの切り身と旬の太いアスパラを切り分けた。
「陽菜、油を熱しろ! 普段より5度高くな」
「はいっ! 油くん、今日はちょっと強気でいこうね!」
陽菜が温度を調整しながら揚げ鍋を見守る。大吾が衣を潜らせネタを油に投入した瞬間。
――バチバチバチバチバチッ!
いつもより激しい力強い音が店内に響いた。
「見て、お姉ちゃん! 衣が花開くんじゃなくてネタをがっしりガードしてるみたい!」
陽菜が感心したように声を上げる。大吾は衣がしっかりとバリバリの硬度を持つまで、ギリギリのタイミングを見極めて引き揚げた。蒸気の中でも死なない食感を保つため熱々の炊き立てご飯の上に、特製の甘辛いタレをくぐらせた天ぷらをどさりと豪快に乗せた。
「待て、バルド。乗せてから30秒……この蓋をして蒸らす時間こそが天丼の仕上げだ」
大吾が丼の蓋を閉じる。普通ならこれで衣はねちゃねちゃと死んでしまうが、結衣と大吾が計算したバリバリの衣はここからが本番だ。バルドがゆるりと蓋を取ると、立ち上がる湯気と共に、なおもパチッという音が聞こえた。
「なんだあ? タレがしっかり染みてるのにまだ衣がピンと立ってやがる」
バルドが一口、豪快に齧りついた。
――ガリッ! バリッ!
「おおおおおっ! 歯ごたえがすげえ! 噛んだ瞬間、タレの旨味と一緒に衣の香ばしさが口の中で暴れやがる! 飯の蒸気に負けてねえどころか、蒸気のおかげで中身がふっくら仕上がってやがるぜ!」
「大吾さん、大成功ね。おでんの時みたいに染み込ませるのと守るのを両立させるなんて」
理恵が微笑むと大吾は少しだけ照れくさそうに言った。
「まあな。天丼は天ぷらの乗ったご飯じゃない。丼という小宇宙の中で蒸気とタレと衣が戦い、融和した果ての完成形なんだ」
「お姉ちゃん、今日の格言メモした? 天丼の衣はバリバリに限る!」
陽菜が笑いながらノートに書き込む。その夜、四和家の食卓にはもちろんバリバリの天丼が並んだ。それはある料理好き妻の言葉を、職人の夫が証明してみせた、最高に力強い一杯だったのである。




