16 傷ついた月の使者と目覚めの三色お月見団子
「お父さん、お姉ちゃん! 大変、変な子が倒れてる!」
陽菜が抱きかかえてきたのは、雪のように白い毛並みを持つ、人間の子供ほどの大きさのウサギだった。しかしその耳は驚くほど長く、先端には金色の三日月紋が浮かんでいる。
「これは……異世界の月兎族ね。月の魔力を糧にする種族よ」
結衣が資料を捲り、ウサギの容態を検分する。
「足に深い傷があるわ。それに魔力が枯渇して体温が下がっている。昨夜の星堕る夜の雫の香りに誘われて、境界を越えてきたのかもしれないわね」
ウサギはうっすらと目を開け「月が遠い」と消え入りそうな声で呟いた。
「月の魔力ね。それなら太陽の力を蓄えた食材で対抗するしかないな」
大吾が選んだのは日本古来のエネルギー源――米と滋養強壮に優れた根菜である。上新粉と白玉粉を黄金比で配合。エルフの清水を加えドワーフ鋼の包丁の背を使って、餅のような弾力が出るまで叩き練り上げる。
紅は焔リンゴの果汁を練り込み生命力を高める。白はそのままの味に微かにエルザのハーブを加えて気を整える。緑は庭の光るハーブを擦り潰して解毒と癒やしを与える。仕上げに有翼人の雲の欠片を甘い蜜で溶かし、ふわふわの綿菓子のようなソースを作った。
「よし、これで胃袋から熱を注入するぞ」
「食べてみて。月の光より、ずっと温かいわよ」
大吾が完成を告げると、理恵はすぐさま提供する。陽菜がウサギの小さな口元に出来立ての温かい三色団子を運んだ。
(――――っ!)
ウサギの鼻がひくひくと動き、小さな前歯で団子を齧り始めた。その瞬間、焔リンゴの熱烈な甘みと、大地のハーブの清涼感が、ウサギの血管を駆け巡った。
(温かい。お日様の光をそのまま食べているみたいだ!)
一口ごとにウサギの白い毛並みが輝きを取り戻し、耳の三日月紋が眩いばかりの黄金色に発光し始めた。
「ぷはぁ! 助かったぴょん! もう駄目かと思ったぴょん!」
ウサギは突然元気よく跳ね起きると、独特の語尾で喋り始め四和一家を唖然とさせた。
ウサギの名前はツキマル。月宮殿の薬草園を管理する役目だったが、珍しい薬草を探して境界に近づき過ぎ、魔物(昨夜の騎士団騒動に紛れた影)に襲われてしまったらしい。
「お礼にこれをあげるぴょん! 月の裏側でしか採れない銀のゴマだぴょん。これを料理に使うとどんなに疲れた人も一晩で元気になるぴょん!」
ツキマルはキラキラと銀色に輝く不思議なゴマの袋を置き、窓から差し込む朝日を浴びて、光の中に溶けるように月に帰っていった。
「賑やかな子だったわね」
理恵が笑うと大吾はその銀のゴマを一粒ほど指で摘まんで確かめた。
「香りがいいな。よし、今夜の賄いはこのゴマでおむすびを作るか?」
テトラ・アコードには、また一つ、宇宙の彼方との縁が結ばれたのだ。




