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15 王宮の秘蔵ワインと四和家のオードブル・ワルツ

「この度は我が団の参謀が多大なる迷惑を――」


 店の扉を開けるなりエルザが膝を突かんばかりの勢いで頭を下げた。その後ろには気まずそうに――しかしどこか楽しげに微笑むカイルが控えている。


「いいのよ、エルザさん。結果的に騎士団の方々も満足してくれたみたいだしね」


 理恵が優しく宥めるとエルザは「せめてもの償いだ」と重厚な木箱を差し出した。中には深い碧色のガラスに銀の鎖が巻き付いた、見たこともないほど古めかしいボトルが一本ある。


「これはアステリア王宮の地下深く、三百年もの間眠っていたとされる『星堕る夜の雫』だ。王族の祝宴でしか開けられない伝説の古酒らしい。私も飲んだことがないので味は保証できないのだけどな」


 カイルが眼鏡を押し上げ解説を加える。


「このワインは注ぐと微かに星のような光を放つと言われています。これに見合う料理を是非」


 大吾は静かにボトルを眺めコルクを抜いた。その瞬間、店内に広がったのは熟したベリーの香りに湿った森の土、そして時間そのものが醸し出したような重層的な芳香だった。


「なるほど……これは一皿で太刀打ちできる相手じゃないな。理恵、結衣、陽菜。コース仕立てのオードブルを組むぞ」


 万年氷で冷やした銀鱗マグロを薄く叩き、ドワーフ鋼の包丁で極小のサイコロ状にする。そこにエルザのハーブを加えて深海のタルタルを作る。


 焔リンゴのコンフィチュールをエルフの清水で軽く伸ばして白カビチーズと合わせる。焔リンゴとカマンベールのカナッペだ。有翼人の少年からもらった雲の欠片をメレンゲにしてオーブンでサクッと焼き上げる。その上に自家製の鶏レバーパテを添えた。庭に咲く夜に光るハーブの小花を散らして皿の上に銀河を再現する。



「お待たせ致しました。こちら『四和家特製・三界の恵みのオードブル・バリエ』です」


 結衣がワインをグラスに注ぐとカイルの言葉通り、グラスの中で小さな銀色の光が渦を巻いた。エルザとカイルは圧倒されながらフォークを伸ばした。


「このタルタル……マグロの脂がワインの渋みを完璧に包み込んで……まるで海と山が手を取り合って踊っているようだ」


 エルザが感嘆の声を上げる。


「驚きました。雲の欠片の軽やかさがパテの濃厚さを天にまで引き上げている。これはもはや料理ではなく詩ですよ」


 カイルも毒舌を封印し、心からの敬意を表した。


 ワインが半分ほど空いた頃、店内はいつになく穏やかな熱気に包まれていた。大吾は残ったワインを本人と理恵、そして成人している結衣のグラスに少しだけ注ぎエルザたちに向けた。


「迷惑料はこの味で相殺だ。次からはつまらん書き置きではなく、直接旨いものが食いたいと言って来い」


 大吾の不器用な言葉にカイルは「肝に銘じましょう」と苦笑し、エルザは晴れやかな笑顔でグラスを掲げた。


「この素晴らしい夜に乾杯!」


 カチリとクリスタルの乾杯の音が、異世界と現代の境界線を今夜も優しく溶かしていった。

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