14 置き去りの極秘文書と再加熱の鉄板餃子
カイルが去った後のカウンターに、一通の黒い革綴じの冊子が残されていた。
「忘れ物かしら?」
理恵が手に取ろうとした瞬間――結衣がその手を制した。
「待って、お母さん。その紋章……聖騎士団の封印章がついている。これはただの忘れ物じゃない、団の極秘任務に関する資料よ」
結衣が慎重に中身を改めると、そこには驚くべき内容が記されていた。
『境界の店における希少食材の軍事転用調査報告』
さらにカイルによる書き込みがある。
「ここの店主――四和大吾の腕は兵士の士気を極限まで高める戦略兵器に等しい」
「戦略兵器? お父さんが?」
陽菜が声を裏返らせる。聖騎士団の参謀カイルはわざと資料を残し、四和一家に「どれほど危険な存在として中央に見られているか?」を暗に警告したのだ。
カイルの忠告は見事に的中した。
翌日、店を訪れたのはエルザやカイルとは打って変わった、鉄の規律を絵に描いたような五人の重装騎士たちだった。彼らはカイルの部下であり、軍の上層部から店の接収も視野に入れた実地調査を命じられていた。
「我々は軍務としてこの店を査定する。まずは我々の渇きを癒してみせろ」
リーダー格の男が剣の柄を叩きながら高圧的に言い放つ。店内は氷のような冷気に包まれ、ガーゴイルは牙を剥いて唸っている。
「お父さん、どうする? 逆らえば店が壊されるかもしれない」
大吾はドワーフ鋼の包丁を手に取った。
「接収だの査定だの知ったことか――俺がやることは一つだ。結衣、あの万年氷で寝かせた炎豚の挽肉を出せ」
大吾が選んだのは一皿で完結する爆発的な旨味の塊――餃子だった。万年氷のクリスタルの横で熟成させ、脂の旨味を凝縮させた炎豚。それをドワーフ鋼の包丁で粗く叩き食感を残す。餡の配合はキャベツ、ニラ、そして理恵のハーブ園で採れた活力を与える根菜。これにエルフの清水で作った出汁を練り込み皮の中にスープを閉じ込める。
熱した鉄板に餃子を並べて一気に焼き上げる。
――バチバチバチッ!
凄まじい音とニンニクとニラ、そして肉汁が焦げる暴力的な香りが、騎士たちの規律を内側から崩し始めた。
「よし、仕上げだ。エルザのハーブを漬け込んだ特製辣油を回しかけろ! さあ、食え。これが俺たちの回答だ」
大吾が鉄板ごと騎士たちの前に突き出した。熱々の鉄板の上で羽根つきの餃子が踊っている。騎士たちは互いに顔を見合わせながらも、一人また一人と箸を餃子へ伸ばした。
(――――っ! ぐぐぐ、おおおおお!)
一口噛んだ瞬間、騎士たちの脳裏に戦場の風景ではなく、故郷の収穫祭のような生命の爆発が起きた。カリッとした皮を突き破り、炎豚の濃厚なスープが口中に噴き出す。辣油の辛味が汗を誘い、精進出汁の滋味が喉を潤す。
「なんだ、この力は! 身体中の細胞が沸き立っている! 剣を握るよりも今はこの皿を空にしたいという衝動が抑え切れん!」
鉄の仮面を被っていた騎士たちが、なりふり構わず餃子を奪い合い飯を掻き込む。軍務、査定、接収。そんな言葉は大吾の鉄板の一撃の前ではなんの意味もなさなかった。
「完敗だ。我々の負けだ、四和の料理人よ」
満腹で動けなくなった騎士たちの背後から、ひょっこりとカイルが姿を現した。
「カイル、貴方という人は!」
結衣が資料を投げ返すとカイルはそれを軽やかに受け取った。
「失礼。君たちの価値を上層部に納得させるには、これくらいの手荒な実食が必要だったのですよ。これで連中も店を奪うのではなく守る側に回ってくれるでしょう」
カイルは悪戯っぽく笑い大吾に向き直った。
「大吾さん、貴方の料理はやはり兵器ですよ。平和を維持するためのね」
大吾は鼻を鳴らして空になった鉄板を洗い場へ放った。
「次に来る時は、まともに予約してこい。お代は二倍だ」
カイルは満足げに騎士たちを引き連れて去っていった。テトラ・アコードはまた一つ食欲という名の平和な同盟を勝ち取ったのだった。




