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13 銀髪の参謀と心を解く黄金色の肉じゃが

 雨上がりの夕暮れ。いつもより早く店を訪れたのは、エルザと同じ白銀の紋章を胸に刻んだ、物腰柔らかな男性だった。眼鏡の奥で知性が光るその男は――名をカイルという。エルザが所属する聖騎士団の参謀であり、彼女の右腕とも呼ばれる男だ。


「ここが我が団長が心酔するテトラ・アコードですか。なるほど空気の密度が違いますね」


 カイルは理恵の案内でカウンターに座ると優雅な所作でメニューを眺めた。


「理恵さんとお呼びしてよろしいかな? 貴女のような方の手から生まれる料理なら毒であっても美酒に変わるでしょう」

「まあ、お上手ですこと」


 理恵が頬を染めると厨房の奥で大吾がちっと小さく舌打ちした。ドワーフ鋼の包丁を研ぐ音が、いつもより少しだけ鋭い。


 大吾が今日の一皿に選んだのは日本の家庭の味の象徴――肉じゃがだった。エルザが持ってきた炎豚の端肉と万年氷で甘みを引き出したジャガイモ。大吾はジャガイモを完璧な多面体に切り出す。煮崩れを防ぎつつ味が奥まで浸透するようにだ。


 味付けは醤油、みりん、そしてエルフの清水。理恵が味を整える間、カイルはその横顔を熱心に見つめていた。


「料理というのは――その人の歩んできた人生が味になる。理恵さん、貴女の料理には誰かを守り抜こうとする強い母性の香りがします。私の亡き母も……貴女のように美しい人でした」


 カイルの声は低く、どこか切なげに響いた。


「まあ……お母様を?」


 理恵が思わず箸を止め、しんみりとした表情でカイルの言葉に聞き入ってしまう。


「おい、理恵。火が通り過ぎるぞ」


 大吾が焦ったような声を出して強引に鍋を奪い取った。その顔は煮込み料理の熱気のせいだけではなく微かに紅潮している。


「ただの『肉じゃが』だ。食え」


 大吾がぶっきらぼうに出したのは琥珀色のつゆが染み込み、今にも弾けそうなほど瑞々しく煮上がったジャガイモと肉の小鉢だ。カイルは微笑みを絶やさず一口運ぶ。


(――――っ!)


 その瞬間、カイルの雄弁な唇が止まった。

 口の中でホロリと崩れるジャガイモ。炎豚の力強い脂を吸い込んだそれは、単なる甘辛い煮物ではなく、五臓六腑に染み渡る家族の絆そのものの味がした。


「えーっと……参りましたね。理詰めで味を分析しようと思いましたが無理だ。この一皿には言葉など不要な愛が詰まり過ぎている」


 カイルは眼鏡を外し少しだけ疲れたように笑う。


「エルザが帰りたくなくなる理由が――ようやくわかりましたよ」

「カイルさん、そんなに褒めて頂けるなんて。大吾さん、カイルさんにお代わりを差し上げたら?」


 理恵は嬉しそうに言うが、大吾は「勝手に食え」と背中を向けたまま、必死に冷蔵庫の中を整理し始めた。


「お父さん、もしかして妬いてるの?」


 結衣が耳元で囁くと大吾の肩がびくりと跳ねた。


「馬鹿を言うな。あんな口先だけの男に俺の料理が理解できるはずがない」

「ふふ、でも今、お父さんの手、震えてるよ」


 陽菜がくすくすと笑う。

 カイルは満足げに店を後にした。去り際、彼は理恵の手を軽く取り紳士的な礼をする。


「理恵さん、また貴女の笑顔とご主人の嫉妬のスパイスが効いた料理を楽しみにしていますよ」

「あいつ、絶対また来るぞ」


 大吾が悔しそうに唸り理恵は楽しそうに鼻歌を歌いながら洗い物を始めた。テトラ・アコードにまた一人、厄介で愛すべき常連予備軍が増えた夜だった。

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