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12 二つの顔の白銀騎士と炎を呼ぶ豚キムチ鍋

 雪が止み晴れ間が覗く午後。

 テトラ・アコードの扉が勢いよく開いた。


「店主! 昨夜はまことにまことに失礼致しました!」


 顔を真っ赤にしたエルザが深々と頭を下げる。その手には巨大な麻袋が握られていた。


「これは故郷で獲れた炎豚の肉だ! 昨夜の礼だ、どうか受け取ってほしい!」


 彼女が差し出したのは燃えるような赤みを帯びた見るからに質の良い豚肉だった。


「まあ、炎豚! これなら芯から温まる鍋が作れそうね」


 理恵が目を輝かせる。


「エルザさん、お昼まだでしょう? よかったらこの炎豚で、みんなで鍋を囲まない?」


 陽菜が誘うとエルザは恐縮しながらも「お言葉に甘えよう」と席に着いた。大吾が炎豚の肉をドワーフ鋼の包丁で薄切りにしていく。


「炎豚は一般的な豚肉の数倍の熱量を持つ。だが、脂は驚くほどさっぱりしているな」


 理恵が白菜とニラ、玉ねぎ、そして自家製キムチを大皿に盛り付ける。結衣はエルフの清水と、鷹の爪、それにエルザのハーブを合わせた特製のスープを用意した。


「よし、炎豚の力強さを最大限に引き出す。陽菜、鍋を温めてくれ!」


 卓上のカセットコンロに土鍋が置かれ準備が整う。使い込まれた土鍋は魚介や各種肉ごとに分けていて、水を温めるだけでもその味が染み出してくるのだ。


「さあ、まずは炎豚からどうぞ!」


 陽菜が取り皿に肉をよそる。エルザは箸使いがまだ慣れないようで、細い箸がぷるぷると震え、ようやく掴んだ肉を汁に落としてしまった。


「ああっ! もったいない!」


 陽菜が慌てて網ですくい上げ、エルザは「すまない」と顔を赤らめる。


「ふふ、エルザさんも可愛いところあるのね」


 理恵が笑い結衣も眼鏡の奥で微笑む。熱々の鍋から立ち上る湯気と、ピリ辛の香りが店内に充満する。


「う、美味い! 辛い! でも身体の奥から力が湧いてくるようだ! これなら、あと十日は戦える!」


 エルザは汗をかきながら豪快に炎豚を頬張る。日本の鍋という文化と炎豚の強烈な旨味が彼女の心を一瞬で解放したのだ。


「エルザさん、その炎豚、実は故郷で戦いの後に食べる肉として有名なんだよね?」


 陽菜が尋ねるとエルザは目を輝かせて語り始めた。


「そうだ! 我が国ではこれを食べながら戦功を語り合う。だからこれは友との絆を深める肉でもあるのだ! 私も今でこそ部下を持つ身となったが、新人の頃は、炎豚をどれだけ狩れるかが武功の一つになったものだ」


 わちゃわちゃと身振り手振りで説明し、そんなエルザを陽菜と理恵は笑顔で相槌を打つ。刹那――店の扉が乱暴に開かれ三人の男たちが乱入してきた。


「おい! ここの店主、魔王軍とつるんでるって話じゃねえか! 良いもん持ってんなら寄越しな!」


 彼らはヴォルグが店に来たという噂を聞きつけ、この店を魔王軍の隠し金庫と勘違いしたらしい。陽菜が怯え理恵と結衣は一瞬にして表情から笑顔を消した。


「貴様ら、何事だ?」


 エルザが低く唸る。その瞳から先程までのわちゃわちゃとした雰囲気は完全に消え去っていた。騎士としての迫力が伝わってくる。僅かな所作から格付けが済んでいるように感じた。


「ああ? 女だてらに粋がってんじゃねぇぞ! てめえも魔王軍の一味か?」


 輩の一人がエルザの肩に手を伸ばそうとした瞬間――


 ――ビュッ!


 エルザの箸が――まるで銀の閃光のように走り男の指先を掠めた。


「いってぇ! なにしやがる!」


 男が怯む。エルザは静かに――しかし有無を言わせぬ威圧感で立ち上がった。


「下衆が……我が身に触れることは許さぬ。そしてこの店の聖域を穢すことも許さぬ」


 彼女の全身から微かに白銀の魔力が立ち昇る。


「貴様らの愚行は私がここで正す。剣を取るか? ならば相手になってやろう」


 輩たちはエルザの放つ歴戦の騎士特有の死の気配に身体を硬くした。


「ひっ、ひぃ! ば、化け物だ!」


 彼らは悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


 エルザは深々と溜め息を吐くと、何事もなかったかのように再び鍋の席に戻った。


「ああ、箸が滑ってしまったな。申し訳ない」


 彼女は気恥ずかしそうに再び炎豚の肉を鍋に入れる。大吾はそんなエルザの姿を静かに見つめ、そして意味深な笑みを浮かべ土鍋の蓋を開けた。


「さあ、もっと美味しくなってるぞ。エルザ、もう一杯どうだ?」


 陽菜が笑顔でお猪口を差し出し、理恵と結衣も温かい視線を送る。


「ああ、是非!」


 エルザは再び笑顔になり鍋を囲む。テトラ・アコードには炎豚の熱気と家族と友が囲む温かい笑顔が満ち溢れていた。

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