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11 銀髪の騎士と心まで滲みる四和流おでん

 暦が巡り東京の路地裏には粉雪が舞っていた。

 テトラ・アコードの藍色のタイル壁は、万年氷のクリスタルの影響か、どこか透き通った冬の青を帯びている。


「お父さん、例のものがいい具合に浸かってるよ」


 陽菜が厨房の片隅に鎮座する四角い錫製のおでん鍋を覗き込んだ。


「ああ。エルフの清水で引いた出汁に、ドワーフの包丁で面取りした大根だ。もう芯まで黄金色だろう」


 大吾が蓋を開けると、優しくも深い、鰹と昆布の香りが立ち上った。カランと控えめにドアベルが鳴り、白銀の甲冑を纏ったエルザが姿を現した。


「寒中、失礼する。少しばかり、あの温もりを思い出してしまってな」


 彼女の肩には雪が積もり吐く息は白い。


「エルザさん! 待ってたよ。さあ、今日はとびきり温まる特等席へ」


 陽菜が暖炉に近いカウンターの角席へ彼女を導く。


「今日はまず、これを飲んでみて。日本酒というお酒を温めたものよ」


 理恵がお猪口に注いだ透明色の液体を差し出した。


「日本酒? ほう、温かい酒とは珍しいな」


 エルザが一口含む。


「――これはっ! 喉を通る時、まるで熱い愛撫を受けているようだ。米の甘みが凍えた内臓に染み渡っていく」


 そこへ大吾がおでんの皿を静かに置いた。


「うちの冬の定番『四和流おでん』だ。まずはその大根からいってくれ」


 皿の中には箸ですっと切れるほど柔らかく煮込まれた大根。その上には柚子を少し削った味噌が添えられている。エルザはドワーフ鋼の包丁で完璧な円柱形に整えられた大根を口に運んだ。


(――――なんて優しいんだ)


 エルフの清水が大根の繊維の奥まで出汁を運び、噛み締める度に旨味の爆発が口の中で起きる。


「信じられない。ただの根菜が肉よりも豊潤な喜びをくれる。この出汁の深さは私の国のどの宮廷料理にもない」


 二杯目の熱燗が運ばれる頃、エルザの白い頬には淡い朱が刺していた。彼女は籠手の防具を外し、細い指でお猪口を弄びながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私は没落した貴族の娘だった。父は戦死し、母は病に倒れた。私が剣を握ったのは誰かを守るためではなく、ただ居場所を失うのが怖かったからだ」


 彼女の翡翠色の瞳がおでんの湯気の向こうで揺れる。


「騎士団では常に完璧を求められた。鎧を脱ぐ暇さえなかった。だが、あの日ここでオムライスを食べた時、私は初めて『自分を許してもいい』と思えたんだ」


 理恵が優しく彼女の背中に手を置いた。


「頑張ったのね、エルザさん。ここでは、ただの女の子に戻っていいのよ」

「ああ。このおでんのように時間をかけて、ゆっくりと、芯まで温められたのは初めてだ」


 エルザはふふっと力なく笑い三杯目の酒を飲み干した。やがてエルザはカウンターに突っ伏して寝息を立て始める。その寝顔は戦場の死神と恐れられる騎士とは思えないほど幼く安らかだった。


「お父さん、エルザさん、本当にお疲れだったんだね」


 陽菜が毛布をかける。


「酒は心を映す鏡だ。彼女は今日、ようやく本当の休息を得たんだろう」


 大吾はまだ温かいおでん鍋の火を弱めた。


 翌朝、エルザはシャキッとした顔で「昨夜は失礼した!」と赤面しながら去っていったが、その背筋は昨日よりもずっとしなやかに伸びていた。

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