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ミッション終了

 昨日は一睡もできなかった。里美のせいだ。

 何か良い事をしていたのではない。

 あの後、里見達を部屋に送り届けた俺は、自室に帰るとベッドに潜り込み、今の今までグズグズと悩んでいるのである。

 あの告白はどう受け取ればいいのか。酔っぱらいの戯言?酔っていたが本心としての告白?もしかして何も覚えていないなんて事は?

 それで俺はと言うと、「俺も好きだ、嫁になってくれ」と言ったのだ。後で、里美が15才になったらと条件は付けたが、告白を受け入れたのだ。どうして断らなかったのだ。

 それは里見が可愛かった、俺を見つめる真剣な里見の瞳に、俺は一瞬で恋に落ちた。

 さらに悪い事に、その場に智子と信子がいて、見て聞いている。無かった事にはできない。なによりも美里に対する俺の気持ちは本心だから、余計に性質(たち)が悪い。俺はこんなにも、だらしない男だったのか。

 いや、だらしないのではなく、チョロイのだ。俺はチョロ過ぎる。あの場にゴーラ様がいたら、俺の名前をリン太改めチョロ太に改名させられたかもしない。

 ミサコ達に何て言おう。呆れて出て行ってしまうかも、いや殺されるかもしれない。ランスは怒るだろうな。やばい。破滅の予感がする。

 しかし、いつまでも、うじうじと悩んでいても仕方がない。布団の中からはい出て、身なりを整える。朝食を取るため1階の食堂に下りる。身体も心も重い。


 食堂に下りてくると、そこはバイキング、既に人の列ができていた。その列の中に里美たち3人の後ろ姿が見える。楽しそうに笑っているのが後ろからでも解る。俺はこんなにも憂鬱なのに。

 智子が俺に気が付いた様だ。

「あっ社長、おはようございます」

 俺は片手を少し上げて答える。

「おはよう」

 里美と信子もニコニコしながら軽く会釈している。

 あれ里美、昨日の事、酔っぱらって覚えていないのかな。智子と信子も酔っていた里美の放言とでも思ってくれたのかな。

 そんな事を考えていると、里美が列を離れて俺の隣に来た。そして俺の腕を両手で抱え込むと。

「おはようございます。旦那様」

ぐっ。

「里美、昨日のあれは酔った勢いの事だったのだろう」

「いいえ、旦那様。私は真剣です。旦那様も受け入れてくれました」

「そうだな。俺も本心だ。お前が15才になったらそうしよう」

「分かっています。婚約の件、奥様たちには話しておいてくださいね」

ぐはっ。

 近い未来の事を思うとご飯がのどを通りそうにない。ご飯がのどを通らないなんて生まれて初めての経験だ。ある意味、女の子との初体験である。本当の初体験は未だ遠いのに、これは産みの苦しみと思いたい。これを過ぎれば幸せが待っている。たぶん、きっと、そうだと思いたい。


 トレイに料理を乗せ俺は4人掛けのテーブルに腰を下ろす。里美はすぐ隣に腰を下ろす。近い、腕と腕が触れ合う距離だ。嬉しいけど恥ずかしい、恥ずかしいけど嬉しい。

 智子と信子は俺達を気遣ってか、少し離れた所で食事をとっている。こちらをチラチラ見ながらキャキャと楽しそうだ。

 他の客に目をやると。険悪な目が少なからずこちらを見ている。「いちゃつくのなら部屋でやれ」とその目たちは言っている。

「里美、部屋に戻ろうか」

「旦那様、私は初めてを経験するのですね」

 里美の目は悪戯っぽく笑っている。

「こいつ」

 里美の悪ふざけで、やっと自分を取り戻した俺は、ここミリタムでやるべき事を思い出した。

「里美、新婚旅行ごっこは後にしよう」

 席を立ち、智子たちに「食事がすんだら俺の部屋に来るように」と告げ、里美を伴い部屋に帰ってきた。

 部屋に戻った俺はルームサービスを大量にオーダーする。

 直ぐにドアをノックする音がする。

 俺はドアを開けてやる。

 そこには智子と信子が立っていた。神妙な佇まいである。悪ふざけが過ぎて俺が怒っているとでも思ったのだろう。食事を半ばで切り上げてやって来たようだ。

 上目づかいに、智子が俺の後方を覗いている。そこには里美が座っているはずだ。どうせ舌でも出しているのだろう。

「みんな揃ったな。この旅行の目的を片付けよう。それが終わったらゆっくりと観光を楽しもう」

「「はい」」

 そこでまたドアをノックする音がした。信子がドアに駆け寄り「はーい」と返事をする。「ルームサービスです」とドアの向こうからの声。信子は俺に振り返る。

「俺が頼んだ。開けてやれ」

 大量の料理が運び込まれる。

「朝食が半ばだったからな。みんな遠慮するな。食べながら話そう」

 早速、信子が鳥の足にかぶりつきながら質問してくる。

「もぐもぐ、社長どうやって調査するか決めているのですか」

 俺は燕の巣入りスープを啜っている。

「これは美味いな、ズルズル、俺は何も考えていない。もぐもぐズルズル、里美、出発する前に結城組が取引したい事にするとか言っていただろ」

 里美は小龍包を食べている。

「ふーふーもぐもぐ、あれは出まかせです。もぐもぐ、ただ仁義切りがしたかっただけです。もぐもぐ」

 やはり出まかせか。仁義切りは俺も大変楽しかった。まっ良いっか。

 それにしても、こんないい加減な女に俺が惚れるとは、里見の目は人を虜にする魔眼ではないのか。・・・いや、俺がちょろいだけっだった。

智子は天津飯をがつがつやっている。

「智子は意見があるか?」

「がつがつ、おとり捜査は危険なのでやりたくありません。嫁入り前のこの体が心配。がつがつ」

 何の色気もないから大丈夫だと思うが、言わないでおこう。

 里美が小龍包の次に餃子を頬張りながら適当な意見を上げる。

「もぐもぐ、なら倉庫から出てきた売人をつけて、もぐもぐ、路地に誘い込み、もぐもぐ、タコ殴りはどうでしょう」

 大量の食事により、体中の血液が胃と腸に集まり、脳への血液が不足する。そのため考える事が億劫になる。

「それでいいや。飯が終わったら、みんなで行って、ちゃちゃと終わらせよう」


 はち切れんばかりに膨らんだ腹をさすりながら俺達は倉庫街にやって来た。すると例の倉庫から数人の男たちが大きな荷物を背負って出てきた。

 これから行商に出かけるところの様だ。グッドタイミングだ。俺達と同じ方向へ歩く、一人の男の後をつけて行く。

 町の角に入ったところで俺は信子に指示を出す。

「行け信子」

 信子は全速力で男の後ろから体当たりする。

「きゃ」

「ぐはっ」

 信子は倒れて痛そうに足を抑える。男も衝撃で前に倒れる。大きな荷物もあって体を支えきれなかったようだ。男は鼻血を流している。それでも男は倒れている信子を心配したのか、片膝をついて信子に声をかけている。

「御嬢さん。大丈夫かい」

 誠実そうな感じの男性だ。とても違法薬物を売るような犯罪者には見えない。

 だが、俺は走り寄り、その勢いで男を路地に蹴り飛ばす。

 男は路地の奥へごろごろと転がって行く。

「何さらしとんや、このくそ野郎。俺の妹に何する気や」

 男の胸ぐらを掴み、引き起こす。これからタコ殴りにしようと思ったが、既に男は意識を無くしていた。少しやり過ぎたかも。

 手早く男の所持品を検めると異なる薬屋の名刺数枚と違法魔性丹が出てきた。こいつ真っ黒や、人は見かけに拠らないな。金だけ取ってそれ以外は捨てておく。

 意識があるかないか解らないが、用意しておいた捨て台詞をはく。

「この金は妹の薬代や、これからは気付けて歩けボケ」

 意識が朦朧としている男をそのままにし、俺達は路地を奥にぬけ、旅館にもどった。

 今回の事件の詳細を書いたゴーラ様宛の手紙と、旅館で買った土産を一緒に送ってもらった。

 これで一件落着。


 ミリタムでやる事はもう何もない。この後は、ゴーラに戻り、領主様に詳しい報告をするだけだ。行きも観光を楽しみながら来たが、帰りも観光を楽しむ事に異論はない。

 しかし、心の中は憂鬱だ。家に帰るのが憂鬱なのだ。里美を嫁にする約束をした事だ。いや、里美を嫁にしたことは後悔していない。むしろ嬉しい。でも家で待っている妻たちが恐ろしい。どうにかならないだろうか。どうにもならない。いくら考えても、この危機を乗り越える策はない。

 俺の隣には、里美が俺の腕を両手で抱きながら、一緒に歩いている。もはや新婚旅行だ。

「ねえ、旦那様。このまま私だけを連れて逃げちゃう?」

「ぐっは」

「うそよ」

 俺の心を見透かしている。

 でも里美の今の言葉で腹は決まった。俺は欲張りのチョロ・チキンだ。家に帰って処刑されよう。良い人生だった。

「里美、真っ直ぐに帰ろう。お前をミサコたちに4番目の妻として紹介する」

「少し残念。新婚旅行?新婚旅行の練習かな?できると思ったのに」

 そうだ、もし、許してくれたら、生き残れたら、妻たちと新婚旅行したいな。

 何とかなるよね。チキンのくせに呑気な俺は一縷の望みを抱く。



 朝焼けの空の下、4人の渡世人がゴーラ市への道を進む。

 縦一列で進む最後尾の男、少し遅れ気味である。足が重いようだ。


 完


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