恐祖様
俺は、昨日のお礼を申し上げるために登城した。
「ゴーラ様、昨日はありがとうございました。お陰様で今朝から注文が殺到しています。でも何故、今までこの商売を行う者がいなかったのでしょう」
なんだ、そんな事かという顔をして、ゴーラ様は説明してくれた。
「簡単な事だ。山賊が出るからだ。護衛を付けようとしても、高速で移動する馬車に護衛がついて行けない。必要な人数の護衛を馬車に乗せると、その分乗せられる荷が減って採算が合わない」
「私どもは2回ラーベに護衛なしの荷馬車で行き来していますが、危険な目には会っていません」
「それは、荷馬車にゴーラ&リンのロゴが貼っているからだ。この会社はゴーラ領主の会社だと知れ渡っている。私の荷馬車が襲われる事はないからな。だが対策をしておく必要はあるぞ」
その通りだ。中には食いつめの山賊が、やけっぱちになって襲ってくくるかもしれない。
「そうですね。ゴーラ様の荷馬車と同じ対策をさせて下さい。と言う事でゴーラ様もラーベで本場の海鮮丼を食べたくありませんが」
「どう言う意味だ」
「このお城で働いている吸血鬼たちは100人程でしょうか。その人たちの慰安旅行としてラーベにご招待します。往復の馬車は、私どもの荷馬車を改造して二人分の客室を作りますので、それを利用してもらい、宿泊は会社で費用を負担します。いかかでしょう」
「なるほど。馬車の護衛は吸血鬼にやらせようとしているのだな。・・・宿泊費は会社で持つと言っても、この会社は私が全額出資しているのだら私の金じゃないか。それなら福利厚生費として私が直接負担したほうが聞こえがいい。城の奴らも少しは私に感謝するだろう」
「決まりですね。ラーベ行きの日程表を持ってきますのでよろしくお願いします」
よし。懸念していた事は片付いた。次はヒロミの件で貉BANKの頭取に会いに行こう。
貉BANKの秘書室で頭取に面会を申し込むと直ぐに応接室に通された。例の素敵な秘書がまた美味しいお茶を出してくれた。このお茶だけ頂いて帰ろうかな。あの頭取に頭を下げるのは、弱みに付けこまれそうで嫌だな。
「やあ久しぶりだな。リン太取締役、それとも今日はリン太社長の方かな。また美味しい話を持ってきてくれたのかい」
何が久しぶりだ。 昨日試食会で会っているだろう。昨日は呼びつけた側だったから嫌味かな。嫌味だな。
「今日はゴーラ&リンの社長として謝罪に参りました。私の妹ヒロミが突然退社することになって申し訳ありませんでした。そのお詫びに当座口座の開設と融資を受けようと思いまして」
「なんだ。普通は融資を受けるのがお詫びにはならないだろう。お願いの間違いじゃないのか」
このタヌキ、解っていて嫌味を言っているな。
「では、融資の申し込みはなしとします」
「冗談だよ。リン太社長、是非融資させてくれ。それで何に使うつもりだ」
タヌ蔵は悪い顔になっている。金の臭いを嗅ぎつけた悪役そのものだ。
「ただの事業拡大ですよ。荷馬車の増設、ラーベに支社、この商業地区の私の家を改装してゴーラEXPRESSの拠点にしようと計画しています」
「リン太取締役、その工事を請ける業者に心当たりはあるかね」
「勿論、今回もトン太郎組です」
「分かった。今月の報酬も期待していてくれ」
あれ、俺の給料や報酬はもらっていない気がする。
「そのことですが、私の報酬はどこで受け取ればいいのですか」
「あれ、言ってなかったか。リン太取締役の個人口座に振り込んでいるぞ。窓口で確認してみろ」
初めて聞いた。バンの所によるついでに聞いてみよう。
1階の営業部に下りてバンを眼で探すと、忙しそうにしている彼を直ぐに見つけた。彼も俺に気が付いた様で近づいてくる。
「リン太社長、昨日はご馳走様でした。今日はどのようなご用件ですか」
「私の妹を突然退職させたお詫びに参りました。それと私個人の口座預金を確認させてください」
「お詫びなど必要ありませんよ。御社との事務レベルの関係が強化されたのですからお互いにメリットのあることです」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。それからこれがリン太取締役の通帳です」
通帳の中を見た俺は驚いた。
「これは本当に私の預金ですか。思ったより多いようです」
「間違いありません。ボーナス、役員報酬については直接頭取からの指示で振り込んでいます」
以前言っていた頭取の言葉は本当だった。
・・・頑張って使わなければ勿体無い。でも欲しい物は思い付かない。奥さんたちに聞いてみようかな。
会社に帰ってきて自分の椅子に座る。今日俺の予定は全て終了している。
しかし、他の者は忙しそうである。話しかけるのも憚られる感じだ。大学の工事現場でも見て回るかな。
大学予定の本館に来て後悔した。中で働いている人たちは大変な忙しさだ。直ぐにこそこそと出てきた。居場所がないので、邸内の庭を散歩することにした。
庭は庭で分譲された所の店舗が、凄い勢いで建築中だ。ここにも俺の居場所はない。
もう家に帰って魔法の練習でもしようかなと思っていると、プラトンが走ってくるのが見えた。
「社長、大変だ。カナコ副社長とミサコ副社長がさらわれた」
何それ。
息を切らせ、ぜーぜー言いながら説明するプラトンによると、商業地区を歩いていた彼女たちは突然馬車から降りてきた数名の男に取り押さえられ、馬車で連れ去られた。男達はオークらしい。
オークと言えば黒豚組しか心当たりはないが、黒豚組は今下請けで使っているから、こんな過激な事件を起こす事はないと思う。
ゴーラ&リンも立ち上げたばかりで、どこから見ても零細企業である。営利誘拐の線もないように思える。犯人像が見えない。
「おまえは会社に戻って人を集め、すぐに東西南北の門番へ走らせろ。馬車のと犯人達の特徴を伝えろ。俺は城に行ってゴーラ様に応援をお願いに行く」
登城した俺はゴーラ様に緊急の面会を申し込む。
「ゴーラ様、カナコとミサコがさらわれました。捜索救助の応援をお願いします」
「式神で見ていたから知っている。暗部の者を派出したので直ぐに解決するだろう。犯人達の潜伏場所は商業地区の外れにある倉庫だ」
今回もゴーラ様ののぞき趣味に助けられた。事件が発生して1時間も経っていない。カナコたちは無事救出されるだろう。
しかし、犯人達はその場で殺される可能性が高いな。実行犯と指示した者が別の場合、殺してしまっては手掛かりがなくなる。
「ありがとうございます。私も直ぐに向かいます。事件の背景を知るためにも犯人達は生きて捕えたいと思います」
「心配するな。カナコたちに切迫した危険がおよばない限り、生きて捕えろと命じてある」
そうだった、ゴーラ様は、殺生をあまりやらない人だった。生きてとらえて新薬開発に貢献「人体実験」させる人だった。
それは、博愛や人命の尊重ではない。それは被害者及び罪人の意思に関係なく、ゴーラ様の都合だけが優先される。
見かけは、可憐な少女だが、慈悲も情けもない、合理的な為政者である。
俺はゴーラ様から教えてもらった場所に急行した。
が既に、カナコとミサコは無事救出されていた。犯人たちも捕らわれている。更に暗部の者は見当たらず、刑部に引き渡された後のようだ。
「ミサコ、カナコ大丈夫か」
彼女たちはキョトンとしている。誘拐されて、数十分後には救出された。自分たちに何が起こったか理解できないのも当然だ。
「うん。大丈夫。良く解らないけど、乱暴な事は何もされていない。どちらかと言えば、丁寧なあつかいだったと思う」
近くでは、犯人達が刑部から権利の説明を受けている。権利を読み上げているのは婆ニャンコの獣人だ。
「お前たちには黙秘権がるニャー。それしかないニャー。あるのは義務ニャー。でも私にも慈悲があるニャー。ニャン化教に入信すれば言い訳ぐらいは聞いてやるニャー」
黙秘権があるゴーラ領の法律は先進的だと一瞬思ったが、どうやらそうではないらしい。
それに刑部の婆ニャンコが今やっているのは脅迫ではないか。金を要求しているわけではないが、あれは弱者に対する強要に思える。
でも、死刑囚に坊主が心の安らぎを説く事は許されている。ならばあれはセーフかもしれない。アウトと思うけど。
どうでもいい事を考えていると、捕らわれている一人の男が吠えるように訴える。
「俺たちは逮捕される事などしていない。あれは救出だ」
「お前たちは、拉致、誘拐、監禁の現行犯で逮捕されているニャー。誘拐は重罪ニャー。それにお前たちに発言権はないニャー。あるのは黙秘権だけだと今説明したニャー」
言い終わるやいなや。婆ニャンコは鞄から針と糸を取り出し、必死に言い訳する男の唇を縫い始めた。
「う、う、うがー」
唇を縫われた男は、眼から鼻から液体を垂れ流し呻いている。
恐ろしい。俺とカナコ達は目の前で行われるホラー映画真柄の光景に言葉も出ない。
俺たちよりもっと恐怖を感じているのは、捕らわれている者たちだ。
「「入信します。教祖様」」
「私は教祖でないニャー。それに入信したなら語尾にニャーを付けるニャー」
「解りました恐祖様。入信しますニャー」
「だから私は教祖でないニャー」
ホラーなのかコメディなのか良くわからなくなった光景にドン引きの俺たちは取敢えず自宅に戻ることにした。




