カナコ、ミサコの入社とニナの昇任
出社すると、待ち構えていたランスに応接室へ引っ張られた。
「社長、内密にお話があります」
早速来たか。事前にカナコとミサコの副社長としての入社に関する人事発令通知をランスに渡しておいたのだ。オーナーであるゴーラ様には事前に了承をもらっているが、この人事が非常識である事は否めない。
「社長、彼女らは副社長ですか。私は平の執行役だから私より上の位置づけですね。仕事がやりにくくなります。考え直してください」
非常識を通すには、彼が知らない常識があることを言外に認識させることだ。
「副社長の職は俺の女という位置づけだ。実質的には平社員と思ってくれ。本人たちも納得している。ランスを序列1位の副社長に昇任させようかと思ったが、世間的には彼女は俺の女と認識されている。そこにランスを副社長にすると何かと誤解され、ややこしくなる。当然俺にそんな趣味はないのだが」
「そっ、そうですね。そんな誤解には、私は耐えられません。この状態でお願いします。しかし、今後副社長が増えそうなときは相談させてください。ああニナはOKですよ」
「そうか、気を使ってもらって悪いな」
カナコたちをこの会社に誘うときの安請け合いをした付けが回ってきた。ランスにはああ言ったが、あれも出まかせだ。配偶者の存在や性欲を理解できない吸血鬼のランスはゴブリン社会での常識と勝手に理解したのだろう。本当に悪いなと思う。
俺とランスは事務室に入り、カナコとミサコを紹介する。副社長の肩書は対外向けのものであり、仕事内容は平社員と同じである事も説明しておいた。
引き続きニナの副社長昇任についてもこの場で発表した。
「これで私は社長のものになったのですね。事前に教えて下さっても良かったのに、強引なんだから」
ゼノンとプラトンから拍手が上がる。
「こうなると思っていました。おめでとうニナ、幸せにな」
「ありがとう、みんな。私幸せです」
ニナの言葉を聞いてこの場にいた者は一斉に拍手する。
これは入社職員の紹介と昇任発表なのだけど、結婚式の祝福のような雰囲気はなに?
しかし、こうなる事もある程度予想はしていた。自分のついた小さな嘘や、適当な言い訳の積み重ねが招いた結果だ。でも望んだ結果でもある。ミサコは勿論であるが、カナコのこといつの間にか好きになっていた。ニナも同じだ。
ゴブリン村を出た時の初心とは随分違う方向に進んでいる気がする。町で可愛い女の子を見つけ山奥でひっそり暮らすはずだったが、今では都会の一等地にハーレムを作りかけている。これは良い事なのだろうか。
いやまだ確定していない。まだ誰ともキスさえしていないのだから、多分まだ大丈夫だ。何が大丈夫なのか知らんけど。
俺は先週のゴーラ様からの指示にしたがい、午後一番に登城した。
「ゴブリンの社会では社長の配偶者は副社長にする風習があったのだな。千年以上生きてきたが初めて知った。まあゴブリンが会社を創設するのも極めてまれな事だろうから、私が知らないのも頷ける。まずはお祝いを言わせてくれ。おめでとう、リン太。そして奥さんたちにも伝えてくれ、心から祝福すると」
「ありがとうございます。お伝えします。・・・」
ああこれで確定だな。領主から祝福を頂いたのだから、もう引き返せない。
でも、どうすればいいのだ。新婚生活?それも一遍に3人のお嫁さん。
「どうした。何だか辛そうだな。ご両親には挨拶したのか?それも3人の」
とどめを刺した後に追い打ちを掛けてくるゴーラ様はとても楽しそうだ。
死人に鞭打つタイプだ。それも敵も味方も関係なく。
「まあ、お前の言う社宅運営は経済的な事以外でも極めて難しいと思うが頑張れ。さて、お祝い事はここまでにして、大学の教授候補を紹介しよう。ジルベール、ライアン入ってこい。」
ドアが開きコツコツと大股で歩いてくる二人は、どちらも体格のいい壮年の男だ。
「紹介しよう、息子のジルベールと孫のライアンだ」
「初めまして、ジルベール様、ライアン様。私はゴーラ&リンの社長をしておりますリン太と言います。よろしくお願いします」
「母から聞いている。俺は研究さえできれば何所でも構わぬ。しかし、臨床実験は城の地下の方が、何かと都合がいいと思うが」
「リスクの高い実験はこれまで通り城の地下で、割かし危険度の少ない実験は城外にある大学の方が、被験者もストレスなく対応できると思います」
「なるほど、君は母の言った通りだね。出まかせばかり言うが一理ある」
「恐れ入ります」
ゴーラ様は俺の事、何と言っているのだろう。「いつも腹を空かせて出まかせばかり言っている嘘つきゴブリン」又は「可愛い女の子が好きなのにビビリだから何もできないチキンゴブリン」それとも「短気で何でも焼いちゃうマッドゴブリン」まとめれば「嘘つきで、チキンで、狂ったゴブリン」となる。
俺は最低だ。いいや、もしかしたら「計略家であり、慎重であるが決断も早いゴブリン」と思ってくれているかも。
「リン太何を考えている。悩みがあるのなら申してみよ」
「はい。恐れながら。ゴーラ様は私のことをどう思いになっておられるかと」
「嘘つきで、チキンで、狂ったゴブリンと思っている」
「やはり、そっちですか」
「そっちとは何だ。もう片方があるのか」
「はい。計略家であり、慎重であるが決断も早いゴブリンです」
「母上、リン太はとても面白いですね。気に入りました」
「そうだろ。最近の推しだからな。協力してやってくれ」
「リン太、俺のラボに遊びに来い」
「はい、大学の建設についての打ち合わせ等ありますので近々設計士を連れてお邪魔します」
「楽しみに待っている」
ジルベールはさっさと帰ってしまった。一言も喋っていないライアンは帰りそうもない。少し気まずい。俺から話しかけた方がいいのだろうか。
「ライアン様はどのような研究をされているのですか」
「俺は惚れ薬を研究している。吸血鬼はその分野においては枯れている者が大半だ。いや99%枯れている。青春は我々にとって文字通り一瞬だ。あの青春を取り戻すための研究だよ」
自分自身に使う薬なのかよ。少し興味がわいてきた。
「ゴーラ様、ライアン様、失礼とは思いますが、込み入った話を聞いても宜しいでしょうか」
「何でも聞くがよい」
「ジルベール様は、ゴーラ様ご自身がお産みになった方ですか」
「そうだ。私が20才の時の子だ」
「それではライアン様はジルベール様と女性の吸血鬼の方のお子様ですか」
「私の母は吸血鬼ではない。母はネコ族だった」
「ジルベールの父も吸血鬼ではないぞ。あれはイヌ族だ。いい男だったな」
遠い昔を思い出しているようだ。
「では吸血鬼の血はどんどん薄くなりますね」
「吸血鬼が吸血鬼と呼ばれる所以は、血の濃さではない。吸血鬼の能力が吸血鬼の証だ。血液魔法が使える者が吸血鬼であり、吸血鬼から生まれたから吸血鬼ではない。それと生まれてくる子供が吸血鬼である確率も極めて低い」
「話は少し戻りますが、吸血鬼が子供を産むということは性欲があるのですね。先日ゴーラ様は無い様な事を言っていましたが」
「あのことは99%の吸血鬼は性欲を持たないからだ。人間も80才90才になると流石に性欲は衰えるだろう。吸血鬼も同じだ。私も10代から50代まではあったと記憶している。私の年齢は1,055才だ。ジルベールは私が20才の時産んだ子だから1,035才、ライアンはジルベールが35才の時の子だから丁度1,000才だな。余程のことがない限り吸血鬼は死なない。吸血鬼社会は昔から少子高齢化が進んで今に至る。99%の吸血鬼が100才以上だ。吸血鬼としては極めて若い1%の吸血鬼には性欲がある」
「なるほど血液魔法で肉体は任意の若さを維持できるが、心が枯れて異性に対してときめかないのですね。そこでライアン様の惚れ薬の研究に繋がるわけですね。研究は進んでいるのですか」
「全く進まない、性欲の塊のようなゴブリンも研究しているが解らない。そもそもゴブリンは異性に対してときめいているのだろうか。生殖衝動だけなのでは。どうなんだろう、リン太君」
「他のゴブリンは知りませんが、私はときめきます」
「羨ましい限りだ」
俺を羨望の眼差しで見ている。俺このまま地下に連れていかれて実験材料にされないだろうか。
「ライアンそこまでにしておけ。リン太が怯えているぞ」
「これは失礼した。研究が行き詰っていてね、何か思い付いたら教えてくれ。枯れた私より、今ときめき中の君なら何か気付くかもしれない。私のラボにも遊びに来てくれ」
「承知しました。ジルベール様と同様お邪魔させてもらいます」
「ああ。楽しみにしているよ」
ライアンも退室して、部屋にはゴーラ様と俺だけになった。
「それでは、私もお暇します」
「そう慌てて帰る事もないだろう。少し話しをしていけ」
何が聞きたいのだろう。それとも伝えたい事でもあるのだろうか。




