引越は誤解の元
朝早くから二頭立ての荷馬車を借りて、ヒロミと一緒にカナコの部屋へ行く。今日は社宅に入居する女の子たちの引越しである。
「おはよう。カナコ準備はできているかい」
「OKだよ。ヒロミも来てくれたんだ、助かる。ありかとう」
「うん。実は私の荷物もあるから」
「ヒロミは寮住まいだから大した荷物無いよね」
「ヒロミの奴、寮に入りきらない荷物はサヌキ屋の倉庫に預けているそうだ」
「えへっ」
腹が立つが、こいつは可愛いので許してやる。
しかし腹が立つ、いつも俺をこき使っている気がする。
ヒロミには思うところがあるが、取敢えずカナコの荷物を馬車に積んでいく。荷台は隙間なくいっぱいになった。これが女の子一人分の荷物か。先日運んだ俺の荷物は片手で持てるだけしかなかったのにカナコの荷物は大変な量だった。
これをまずは社宅に降ろし、また次の現場に向かう。カナコの部屋から始まり、サヌキ屋の倉庫、ミサコの自宅、ニナのアパートを回る予定だ。
次はサヌキ屋だ。前日に連絡しておいたからサヌキ屋の女主人が倉庫前で待っていてくれた。
「おはよう。ヒロミちゃん。貴族街のお兄さんの所に引越しするんだってね。お兄さんはあの鬼人のリン社長だそうじゃないか、町中の噂になっているよ。黒豚の幹部5人を八つ裂きにしたそうじゃない」
「それは間違いです。紹介します兄のリン太です」
「リン太です。妹がお世話になりました」
「君がヒロミちゃんのお兄さんですか、よく似た素敵な兄妹ですね。噂はあてにならないね。そちらの可愛い御嬢さんはもしかしてお兄さんのお嫁さんかしら」
「はいカナコです。義妹がお世話になりました」
違うだろ。カナコの顔を見ると、ニタリと意地悪な顔を向けてくる。俺の反応をみて楽しんでいる。無視だ。無視しよう。
ヒロミの荷物もカナコと同じぐらい多かった。これも社宅に降ろし、次はミサコの自宅に向かう。
ヒロミとカナコは社宅に残してきた。連れて行けばミサコの両親に何を言うか分かったもんじゃない。
ミサコの家に到着すると、ミサコとそのご両親が玄関の前で迎えてくれた。
「始めまして、ゴーラ&リンのリン太です」
「初めまして、ミサコの父です。娘がお世話になります。この子が何かとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
「いいえ、ミサコさんにはお世話になっています。今は小さな会社ですがミサコさんたちと頑張って大きくしていきます。心配しないで期待していて下さい」
「つたない娘ですが。よろしくお願いします」
「私は早く孫の顔が見たいわ」
「母さん、それはまだ早いよ」
うん?何か嬉しい誤解があるような。ミサコを見ると知らん顔をしている。
荷物は前の二人と同じぐらいあった。年頃の女の子の荷物はこれが標準なのかなと思った。
最後はニナのアパートだ。
こちらもアパートの前に人が数人集まっていた。
「ニナちゃん。貴族街に行ってしまうのね。お母さんはまだ見つかっていないようで心配だけど、いい旦那さんと結婚出来て良かったね。幸せにね」
「おばさん違うよ。私は貴族街にある社宅に引っ越しするだけです」
「隠さなくてもいいのよ。この前私見たの。そちらの方と腕を組んで仲良さそうに買い物をしている二人を、だからここらあたり人はみんな知っているのよ」
ニナは赤くなって俯いている。ここでも同じか。
自宅兼社宅に着き、全ての荷を降ろし終え、各部屋に運び込んだ時には夕方になっていた。ガランとしていた屋敷は、見違えるように生活感に溢れ、賑やかになった。女子4人のエネルギーは半端ない。
片手で持てるほどの俺の荷物は書斎の片隅に置かれている。肩身が狭そうに感じる。俺自身も何となく居場所がない様に感じる。お腹も減った。
「リン太、元気ないね。疲れた?ご飯にしようか」
カナコが俺の座っているソファーに腰を下ろし、身を寄せてくる。
良い香りがする。カナコってこんなに可愛かったかな。急にドキドキしだした気持ちをおさえ立ち上がる。
「おう。みんなお腹減っただろ。焼き肉大王に行こう」
カナコは少し不満そうな顔をしたが、直ぐに立ち上がる。
「引越しのお祝いだ。社長のおごりだ。腹いっぱい食おう」
「「えいえいおー」」
戦いに行くかのようだ。
女の子4人、男子1人の5人で焼き肉大王に入店した。店長とはもう顔見知りだ。
「リン太さん今日は華やかですね。リン太さんが来るといつも店は赤字ですが今日は安心ですね。ごゆっくりどうぞ」
「あはは、今日も御馳走になります」
席に案内され、みんな席に着く。ギラギラとした目をだれも隠そうとしない。
「みんな引越しお疲れ様でした。それではお腹いっぱい食べて、明日からも頑張りましょう」
俺の挨拶と同時に戦端は開かれた。
テーブルに所狭しと並べられた料理はあっという間になくなり、白いお皿が積み上げられていく。店長の顔は黄色から赤へそして青に変わる。
「焼き肉大王、打ち取ったり」そんな声が聞こえてきたような気がする。
家を出る前の掛け声はこういう意味だったのだ。お腹いっぱいになった俺たちは終戦の時を知る。俺たちの完全勝利、敵側の無条件降伏どころか皆殺しに近い。
俺は敵将があまりにも哀れに感じて料金は10人前払っておいた。今までの事を考えたら足らないとは思うが気持ちだけ。出入り禁止にされたくないのが本音だ。
来た道をまた5人で歩いて帰る。みんな凄く食べるのにスタイルはいいなと思いながらついて行く。そんな気持ちを敏く気付くのがヒロミである。
「兄貴、今嫌らしい目をしていたよ。誰のお尻を見ていたの」
「見てねえよ」
家に到着すると、ヒロミを除く女性たちは蜘蛛の子散らすようにそれぞれの部屋に入る。中からガチャと鍵のかかる音が全てのドアから聞こえてくる。
ヒロミは意地悪な顔で下から俺の顔を見上げる。
「兄貴警戒されているよ。さっきの嫌らしい目が原因だと思うよ」
「お前の言葉が原因だ」
「そうかな?世間一般的にはゴブリンは女性の敵だから仕方ないね」
「俺もゴブリンのお前に襲われないよう鍵かけて寝よ。おやすみヒロミ」
「また明日ね、兄貴、おやすみ」
また明日か。彼女たちの食欲は素晴らしい。でも養っていくのは大変そうだ。
ベッドの中に潜り込み、ミサコの事を思う。同じ屋根の下でいる。物理的距離は急接近だのに今一親しくなれない。周りからはハーレムだのと言われるが、現実は一人でもんもんとしている。
これは極楽というより、地獄に近いと思う。




