名付け
妄想していた日から4日目、遠くに町らしきものが見えてきた。今は整備された道を歩いている。
しかし近づくにつて分かってきたことがある。これは町ではなく立派な都市である。
さてどうするか。このまま歩いて町に入るのはあまりにも不用心である。
俺は茂みから櫓のある町の入り口を観察する。櫓はあるがその上に見張りはいないようだ。門には門番らしき犬の半獣が二人 ボー と立っている。
門の向こうに見える通りには、半獣や人間、中には鬼族であるゴブリンも通行しているのが見える。
これは行けそうだ。魔物も普通にいるじゃないか。
僕は意を決して、門に向かって歩いて行った。幾分緊張してきた。
門番を見上げながらもじもじしていると門番の方から話しかけてきた。
「どうした。何か用か?」と言っているようだ。多分あっているはず、目つきと態度で大体わかるのである。それに人の言葉のようだ。
俺は勇気を出して話しかける。
「僕はゴブリン村からタヌ蔵に会いに来ました。タヌ蔵はこの町にいらっしゃいますか。タヌ蔵の家を教えてください。」
どうせ魔物の言葉なぞ解らないだろうと思い、固有名詞のタヌ蔵を連発してみた。
しかし、門番の獣人は俺にわかる言葉で返してきた。
「お前、人語喋れないのか。タヌ蔵なら町の中央広場に面した大店の一つが、タヌ蔵がやっている貉BANKと言う金貸し屋だ。行けばすぐにわかる。」
凄い。門番が人語の他に魔物語も話した。犬の半獣のくせに、門番のくせにと思うが、バイリンガル様ですか。もしかしてこの都市を守る部隊の隊長様であらせられますか。
途端に不安になってきた。門番の獣人でも、人語と魔物語を普通に話せる。俺のような者がこんな都会に来て生きていけるのだろうか。
「ありがとうございます。僕頑張ります」
俺、何言っているの?頑張るって何よ。
「ああ、頑張れよ」
俺は門番様にペコペコと頭を下げたあと町の中央広場に向かって歩いた。
中央広場には石材で作られた建物が立ち並び、地面も同じく石畳を敷き詰めていた。
「やばいここは大都会だ」
手が汗ばんできた。僕は生唾を飲み込んだ。
「行くしかない」
タヌ蔵がやっている金貸し家は直ぐにわかった。看板に金と狸の絵が描いてあった。俺には読めないが貉BANKと書いてあるのだろう。
多分ここで間違いない。俺は重い足を動かして店に入っていった。
「いらっしゃいませ。」元気な声がかかる。
俺はカウンターに近寄り、受付の女性狸半獣に話しかける。可愛い。
「あの、タヌ蔵さんはいらっしゃいますか」
「どういったご用件でしょうか」
「僕、ゴブリン村の村長の紹介でここに修行にきました。これ村長からの紹介状・・」
紹介状を受付嬢に渡しそうになって直ぐに思い出した。これをここで渡したら良くてもいたずらだと思われる。
「・・です。村長から直接タヌ蔵さんに渡すよう言われています」
「わかりました。少々お待ちください」
受付嬢は奥の偉そうなおばさん狸獣人にこそこそ話している。声は小さくて聞こえない上に人語のようなので聞こえても解らないが、こちらをちらちら見る二人の目つきからおよその見当はつく。
多分「小汚いゴブリンのガキが店で働きたいと言っている。紹介状はあるみたいだがどうしましょう。追い出しましょうか」とこんな感じかな。
萎縮した俺の心はネガティブな事ばかり思い浮かべる。
こちらを見るあの目付きから、あまり好意的な感情は期待できないと思ってしまう。
しかし、予想に反して戻ってきた受付嬢からの言葉は違った。
「ご案内します。こちらにどうぞ」
もしかして、この受付嬢は俺に気があるのかな。とたんにポジティブな気持ちに切り替わる。
個室に案内され、椅子に腰かけボーとしていると。奥のドアからひときわ大きな狸の獣人が二人入ってきた。
一人は標準的な獣人であるが、もう一人の獣人の見た目は殆ど狸である。狸が服を着て二足歩行しているだけに見える。それに太っている。
太っている者をドラム缶とか言うけどこの方は円錐型である。頭が丸いから円錐の頂上程には尖がってはいないが、剥げている。
「俺がタヌ蔵だ。ここの頭取をしている。おまえゴブリン村から来たんだって。村長のゴブ蔵は元気か」
「はい、村長は元気です。その村長から紹介状を預かっているのですが、その絵のような表現が多い書でして決して他意のあるものではありません」
俺は恐る恐る紹介状をタヌ蔵に差し出す。
「どれ、なるほどゴブ蔵は相変わらずだな。よし分かった。お前は見かけよりは頭が悪くないようだな。うちで雇ってやろう。で、お前の名前はなんて言うだ?」
「ありがとうございます。でも僕には名前はないです」
「そうか、しかし名前がないと不便だな。俺がつけてやるがいいか?」
キター! これ名持になるやつだ。
色んな物語である、あれでしょ。主人公から名前を付けてもらった瞬間、知能や体力、戦闘能力がけた外れに向上するやつ。
「ぜひお願いします。僕頑張ります」
「よし。ゴブ太だとあいつとかぶるからリン太でどうだ」
「ありがたく。・・・・・」
・・・・あれ何も起こらないぞ。
だよねー。狸に名前もらっても変わる方がおかしだろ。
その上、恥ずかしい病気の名前に似ているし。
「なんか不満そうだな。別のにするか?」
「いいえ。とんでもありません。このリン太とても嬉しいです」
「そうか。ふむリン太は人語が喋れないし、字も読めないのだろ。なら仕事は限られてくる」
タヌ蔵は後ろに控える獣人に振り返る。
「こいつに適当な仕事を与えてやれ。見込があるようなら夜間学校に通わせても良い」
タヌ臓は傍らの獣人に指示すると
「ま、ボチボチやりな。」
と言い部屋を出て行った。
タヌ臓から指示された彼はややげんなりした表情をしたが
「リン太よろしく。私はバンだ。ここの事務長をしている。当面は住み込みで清掃員兼雑用として働いてもらうことにする。で、その腰にぶら下がっている魚は何だ。頭取への土産か。あんまり喜ばないと思うぞ。」
「よろしくお願いいたします。これは旅の食料です。途中で捕獲加工した干物です」
俺はバンにここまでの旅程を含め、猪や魚の捕獲、加工した事を詳しく説明した。
バンはコオロギ料理については顔を顰めていたが、猪の捕獲や皮の加工方法などを話していくと感心した表情に変わって行った。
「なるほど、頭取の言ったとおりリン太は見かけより使えそうだ。夜間学校に通わせてやる。すぐに人語を学べ。干物は、お前がこれから住む大部屋の連中にやるといい。喜ぶと思うぞ」
「わかりました。」
「そうか、なら今日は特にないから明日また昼ごろに来い。お前の受け入れ準備をしておく」
俺は一度町から出て、森近くの河原で最後の野宿をする。
何はともあれ、この町で生活できそうである。人語も学べそうだし、寝るところも心配ないみたい。俺は夢にググっと近づいた感じだ。
でも俺の見た目ってそんなにアホっぽいかな。
まあ今日は高評価を頂いたようだ。いつも悪い奴がたまに良い事するととてもいい評価されるのと同じかな。アホ面も案外良いのでは。
しかし、今日は何度も緊張した。とても疲れたもう寝る。今夜も星空の下で丸くなって目を閉じた。口元はニンマリしたままである。
周りからは虫の音が聞こえてくる。コウロギかな・・・。
気が付けば今も腹ペコだった。干物の魚を同僚のお土産にした事を後悔した。




